第153話 継投
6回の表、聖英学園に逆転されて追い込まれた東光学園は前沢の一発に賭けるしかなかった。
前沢はスロースターターのためになかなか打てなかったが、普段からウォーミングアップを済ませたからか徐々にギアが上がって沢村のタイミングが分かりづらいピッチングにすぐに適応してきた。
その結果――
「うらぁっ!」
「うおっ! あの前沢が真っ先に打った!?」
「レフト!」
「あの沢村が初心者に打たれるとは……!」
「ナイスバッティング!」
「がははは! どうだ! 天才バッターの力は!」
「石黒監督、そろそろ代走を出しましょう」
「だな、夜月の作戦は割と当たるからな」
「タイム! 前沢に代わって代走、高田!」
「俺か、わかった!」
「お前は走塁が上手いからな。ただ盗塁は苦手だから無理に盗塁しなくていい、だが次の塁を狙う積極性は持ってくれ」
「ああ、わかった」
高田が代走に入り、これでチャンスが広がる。
前沢も足は速いが走塁が苦手で、なおかつ沢村は左利きなのでうっかり牽制に引っ掛かるのを危惧したのだ。
次の野村は左打ちで左ピッチャーとは相性が悪かったが、それでも堅実かつ長打力もあり、ツーベースヒットを放つ。
野村はシャイなので長打を狙いつつもチームバッティングを心がけている。
それから『ホームランは狙える時は狙う』というのも最近覚えたのだ。
次の木下は『犠牲フライが通用しない』と判断し、『ライナーで左中間か右中間を抜こう』という作戦に切り替える。
しかし沢村の独特のピッチングフォームに苦しみ三振、西野のショートフライ、坂本も上手くタイミングが合わずにライトフライに終わった。
6回のウラには御幸もギアが上がったのか、榊の球に慣れてきてソロホームランを放つ。
これで4対2になり、前園にもソロホームランを浴びて二者連続で被弾する。
しかし夜月はレフトについているので、タイムを取るには遠すぎた。
そのため、田村がタイムを取って夜月の方へ駆け寄り、選手交代するかどうかを確認する。
その答えは――
「東光学園のピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャーの榊くんに代わりまして、田村くん。背番号17」
「まさかの僕かあ。この大事な準決勝でエースを攻略されたら流れが悪くなる、そう考えてるところ夜月くんらしいね」
「田村、お前の笑顔であの流れを止めてくれ。あいつらの積極的な打線は怖いぞ」
田村に交代後、その笑顔に不気味さを少し感じた東条をファーストフライ、麻生をセンター前ヒットを許すも、結城がサードゴロのダブルプレーで見事に抑えきった。
7回の表は東光学園の三者凡退、7回のウラには田村から鈴木に交代し、連続の左ピッチャーとなった。
金丸がセーフティバントで奇襲を仕掛けるも、布林の高速チャージのおかげでバント失敗に終わらせた。
次の倉持はセカンドへのいい当たりになったが、山田のファインプレーで外野に抜けることなくセカンドライナーでツーアウト。
小湊は木製バットのしなりを利用したバッティングで二遊間を抜けるヒット、しかし白洲が鈴木の緩急にタイミングをズラされ抑えきる。
8回の表は夜月が意地のスリーベースを放つも後続が続かず、高田から交代した清原が三振に倒れる。
すると野村は――
「夜月先輩、あれやりましょう」
「勝利への執着か、お前には一発打ってほしかったが仕方ない」
「そんなのさせるかーっ!」
「咄嗟にショートバウンド……!? でも悪くない判断だが捕らなければ……!」
「それはさせないっ!」
コンッ!
野村は咄嗟のショートバウンドに上手く反応し、スクイズは成功した。
サードの金丸もピッチャーの沢村も想定外の動きにやられ、御幸もホームベースカバーのために動けず夜月がホームイン。
そのまま野村は生き残って4対3に。
しかし木下と西野が今日は調子悪いのか連続で凡打に終わった。
木下は野村をアウトにするが自分の俊足でダブルプレーは防ぐ。
しかし西野はショートゴロで倒れ、もう後がなくなった。
そこで8回のウラにまたピッチャーを交代し、鈴木から川口へ変更。
川口の全力投球に球威を感じた白洲、御幸、前園の強力打線を抑えきる。
9回の表になり、聖英学園は夏の東東京大会で肘を痛めたはずの川上がマウンドに立ち、ここで抑えを出して勝つつもりだ。
もう後がない東光学園は――
「朴、お前の番だ。塁に出たら代走を出すから」
「俺でいいんですか? 足首痛めて温存してるんじゃあ……?」
「今日の坂本は普段でもチャンスでも全然打ててない。だから万が一のことを考え、一発もミート力も上であるお前に賭けるしかなくなった。行けるか?」
「やります! この俺に任せてください……絶対に負けられないぜ! うおぉーっ!」
御幸は噂通りの豹変ぶりに驚き、リードをしにくいと考えつつも切り替えて配球を考える。
しかし朴は夜月の期待の言葉に応えるべく……
「グレイトォォォーッ!」
「何だと!?」
「何という打球の伸び……!」
カコーン!
「入ったーっ! 朴正周、前の試合で足を痛めても執念のソロホームラン! これで4対4の同点打!」
「おっしゃー! 俺様の……みんなの応援で打てました!」
「ったく! 謙虚なんだか調子のいいんだかわかんねーな!」
「でもナイスバッティング!」
「お前が川崎国際なんかに残らなくてよかったよ!」
「山田、すまないが交代だ」
「マジか……!」
「光太郎、頼む」
「はい! お兄さん!」
水瀬も守備の勘を打撃に活かして川上のサイドスローに合わせ、流し打ちで一二塁間を抜いていった。
布林は肘を痛めたことを知っていて、いつもならカット打法で粘り打ちをするも『肘を悪化したら可哀想』という事で珍しく短期決戦で挑む。
ミート力はチームで一番なので簡単に出塁する。
しかし川上は調子を落とし始め、天童にフォアボールを出す。
ここで満塁男の夜月の番だ。
「来い! お前が肘を痛めてるのは知っている!」
「バレてたか……。ノリの肘はもう限界だ。でもマウンドは譲りそうにない。夜月でダメなら交代だ」
「そうだな。ここを抑えれば延長戦で投手の層が厚いうちの方が有利だ。後は他の選手に任せよう!」
「初球はシンカーか……やめておこう」
「ストライク!」
「なるほどな……解禁したばかりとはいえ、いいキレだな」
「ノリ、夜月に遊び球は通用しない。前までのこいつなら自分勝手に焦って自滅するが、もうチームのためにプレーしている今、置きに行くと危険だ。肘が痛いのはわかってる、シンカーとストレートを混ぜていこう」
「ストレートか、お前のリードは安心するよ!」
「くっ……!」
「ストライク!」
「ナイスボール!」
夜月はたった二球で追い込まれ、ノーアウトながらここで打てなかったら東光学園は負けの流れになる。
それでも夜月は『自分に出来ることさえやればいい』と考え、緊張しながらも自分を見失うことはなかった。
その結果――
「シンカーで終わりだっ!」
「肘を庇ってかやたらストライクしか入れないな。そんなに『球数増やすのが怖い』か?」
「何だと……!?」
「じゃあここで引導を渡してやるよっ!」
カキーン!
「これはまだ伸びる! しかし風に追いやられてホームランはなさそうだが落ちるか!? 落ちるか!? あーっと! レフトの麻生とセンターの東条がお見合いしてしまった! 左中間の際どい所で落ちた! ランナーは一掃して7対4! これで夜月のスリーベースタイムリーで逆転だー!」
「おし!」
夜月はパワーとミート力、守備ばかりに目が行きがちだが、足も池上荘に一緒に住んでる阿部直伝の走り方で足が非常に速くなったのを忘れてはならない。
そのことを忘れていた御幸は自分を責め、川上はノックアウトで肘を庇うように交代した。
しかし4番手のピッチャーでは東光学園打線を抑えきれず、清原と野村の連続タイムリーツーベースで9対4に。
しかし木下がレフトフライ、西野が送りバント失敗のキャッチャーフライ、朴も足が限界を迎え三振になる。
夜月のピッチャーへの判断は――
「井吹、今日はお前は休んでくれ。決勝の抑えに回ってもらう。川口、お前が投げてくれ」
「はい、そうします」
「おう!」
「朴、ここで交代だ。津田、本職のキャッチャーじゃないけど外野で出れるか?」
「もちろんです! キャッチャーが多いから一応外野の練習しておきましたから!」
「なるほど、お前こっそり守備範囲を増やす自主練したな? 俺はこっそり見たからな?」
「バレてましたか……w」
「しかし津田に外野の守備を誰が教えたんだ?」
「俺ですけど?」
「やるな尾崎、何で津田を外野に?」
「肩も強いし足も速いっすから。それに単純馬鹿にキャッチャーは荷が重いと思っただけっす」
「何おう!?」
「それは言えてるな。吉永は頭がいいし守備もいい。それに引き換え津田は……守備は甘いから外野は不安だが、足の速さでカバーしてくれるだろ」
「夜月先輩! 地味にフォローになってないっすー!」
「心配すんな、俺が何とかするからさ。足の速さなら俺も負けないけどな」
「木下……ありがとな!」
こうして津田が急遽外野に入り、いつの間にか守備範囲が増えたことに一同は驚いた。
川口の全力投球は球数の少なさも幸いして遠慮なく投げれるようになり、いつもの全力全開ストレートが活きた。
東条と麻生を簡単に詰まらせてツーアウトにする。
ここで片岡監督は結城から代打を送る。
打てない結城からプレーが一か八かでエラーが多かったが、代打になると活躍する三年の樋笠浩二を出す。
スキンヘッドが特徴で無口だが一発が望めるバッターだ。
すると夜月がタイムを取り、キャッチャーを天童から吉永へと交代させた。
一か八か同士でぶつかると『心臓が痛いから:と考え、理性がある吉永にしようという作戦だ。
その作戦は見事に当たった。
カキーン!
「ライト!」
「おっしゃー! オーライだ!」
「木下先輩! 念のためにカバーに入ってください!」
「いや、津田なら大丈夫だよ! だって……尾崎が鍛えたんだからさ!」
「けど!」
「ん……? そういや津田って他のポジションでもエラーをしたことなかったような……? 光太郎! 西野! 津田なら大丈夫だ!」
「え……? どういうことですか夜月先輩!?」
「後輩たちは心配性だな。何のために二年生一同で津田を鍛えたと思ってるんだ。津田には足の速さと動体視力があるんだ。そしてキャッチャーだから捕球の重要さも知ってるんだよ。だから……」
「へへっ! ギリギリのフライでもいただきーっ!」
パシッ!
「守備は甘くても足も速いしスタートダッシュもいい、しかもキャッチャーだから捕球はとても上手いんだよな」
「水瀬くん……僕、津田先輩を甘く見てたよ……」
「僕もだ……。夜月先輩も木下先輩もすごいなあ……」
「へへ……ドヤ!」
「アウト! ゲームセット!」
「うおぉぉぉぉーっ! ウイニングボールゲットだーっ!」
「な、ナイスキャッチです津田先輩!」
「ただのうるさい先輩だと思ってすみませんでした!」
「ひどいぞ西野に水瀬! 俺をなめるな!」
「本当にすみませんでしたーっ!」
「何だお前、外野をちゃんとできるじゃねえか。これなら俺が引退しても安泰だな。でもキャッチャーの練習もしっかりな?」
「うす!」
「聖英学園と東光学園の試合は、9対4で東光学園の勝利です! 両校とも……礼っ!」
「「ありがとうございました!」」
「勝負強さと層の厚さ、そして意外性とチームワークのよさと隙のないチームだった。ここまで育てるのに監督も大変だっただろう?」
「その監督の負担を減らすべく俺も観察してたからな。おかげで監督代行としていい勉強になったよ」
「だろうな、それよりももう立ちくらみは大丈夫そうだな。この俺たちを倒したんだから絶対優勝しろよな? 面白そうだから決勝戦を観に行ってやるぜ」
「相変わらず性格悪いな、お前とは中学の時に試合したが二度とやりたくないと思ったのによ」
「言うね~、けど楽しかったぜ。またやろうな」
「絶対嫌だ」
「え~、ひどいなあー。でも応援には行くからな」
「ああ、ありがとう。決勝でも勝ってみせるぜ」
こうして聖英学園に勝利し、決勝の相手は前の時間に試合をして南海大学東福岡を下した京都の平安館学院となった。
一年の時の明治神宮大会のリベンジで、京都の紫がスクールカラーなので京紫軍団、武士道パープルズと呼ばれる西の名門校だ。
夜月は榊を休ませ、園田を中心にスターティングメンバーをすぐに決めた。
そのオーダーとは――?
つづく!




