第149話 勢いだけでは
6回の表になり、東光学園はピッチャーの川口から一年の佐藤に交代し、佐藤のピッチングはいつもニコニコと笑顔なので相手にとっては不気味だった。
三番の東郷、四番の三ノ輪を三振に抑えて五番の加賀城もセンターフライにした。
6回のウラ、二番の野村に打席が回り、夜月に言われたことを実践する。
「最小限の力で最大限のパワーを発揮する……。夜月先輩の助言はよく当たるからやってみよう。来い!」
「何か吹っ切れたような顔をしているな。こういうバッターは後で勢いがついてくる。野村は二安打と調子がいいしこれ以上打たせるのはまずい。三振で自信を奪わせてもらうぞ」
「オッケーです。俺の剛速球はそう簡単に打てやしないからねっ!」
「今は我慢だ……」
パシッ!
「ボール!」
「耐えてよかった……!」
「選球眼もあるし、じゃなきゃ二安打はあり得ないか。それなら三振よりも打たせて取った方が安全かな」
「かもしれないです。いくら剛速球でも無敵ではないから時にはペース配分も考えないとですしね。野村くんには悪いけど、抑えさせてもらうよ!」
「いいアウトコース! これなら見逃す……」
「迷うな、俺なら打てる! ここだっ!」
カキーン!
野村の迷いのないフルスイングはアウトコースに逆らわずにフルスイングし、上手く流し打ちが出来た。
その結果、打球はレフトスタンドに入り野村はスラッガーとして覚醒した。
野村はシャイな性格ながらあまりの嬉しさに感極まってガッツポーズを大きく掲げた。
「ナイスバッティング野村!」
「さすが野村先輩です!」
「やればできるじゃねえか! チームバッティングだけじゃなくたまには自分が目立ってもいいんだぞ!」
「はい! おかげで自信が持てました! でも……やっぱり自己中プレーはしたくないです」
「責任を持って自由に仕事をするのと自分勝手にプレーするのは別物だ。お前は仕事をきっちりやったから自己中なんかじゃないんだ。よくやった」
「先輩……!」
「俺もいつまでも熱いだけじゃないってところ見せるぞ……」
その後は松田がツーベース、四番の朴もライト前ヒットを放った上に一塁から二塁へ盗塁を決め、前沢が三振に倒れるも坂本がヒットエンドランで3対1に勝ち越した。
高田もまた送りバントフェイントからのバスターでサード強襲でランナーが一塁と二塁に。
木村と津田が足を早く上げて余裕を持って打つのに簡単に適応し、木村がフォアボールと津田がセンター前ヒタイムリーで4対1と待つことでボールが見えるようになった。
「今まで俺はタイミング遅くて振り遅れて詰まってたんだな、夜月には感謝するぜ」
「キャッチャーは打てなくてもいいっていうけど、高校野球ではそれが通用しないから夜月先輩はありがたい存在だよ」
「さあどんどん打っていけ!」
「まずい、向こうも勢いのあるチームだった……。このままではうちの流れに持っていけない!」
犬吠埼風太の予想は当たってしまい、東光学園の勢いは収まらなかった。
一番の山田が右中間を大きく抜けて足を活かしスリーベースタイムリーでランナーを一掃。
これで7対1となる。
打者が一巡して野村がスクイズを決め8対1、三番の松田がセカンドフライでようやく讃州中央の攻撃に入る。
7回の表、ようやく乃木の目が覚めて起き始めた時にはもう遅かった。
それでも乃木はレフト越えのツーベースを放ち、弥勒も乃木家と同じ野球の名家として意地を見せるツーランホームラン、犬吠埼風太のスリーべースと勢いをつけ始める。
しかしどんなに打たれても笑顔を絶やさない佐藤に讃州中央は不気味だと感じ始める。
その時が佐藤の真骨頂なのだ。
「えへへ、やっぱり野球って楽しいな。どんなに打たれてもアウトさえ取れれば嬉しいし、味方がどんどん点を取ってくれる。頼もしい味方がいると楽しくて仕方ないよ!」
「うわっ!?」
「ストライク! バッターアウト!」
「あのピッチャー、何があっても笑顔だから何考えてるかわからない……」
「不気味すぎてこっちまで恐怖に感じる……」
「どうしてあんなに彼は笑顔なんですか?」
「俺に聞くなよ……」
楠、犬吠埼伊月を二者連続三振に抑え、三番の東郷はピッチャーフライとなかなか後が続かなかった。
そう、その佐藤の笑顔には『理由』があった。
~回想~
佐藤が中学の時、顧問がスパルタのパワハラ顧問で、ミスをするたびにどの部員にも暴力を振るって野球を楽しめないでいた。
そんな時に石黒監督がその顧問を説得し、アンダースローで球速の出ない佐藤をお払い箱にするかのようにスカウトを引き受けたのだ。
佐藤は『また自分に暴力を振るう監督に出会ったか……』と思ったが、東光学園の『のびのびしながらも厳しい野球』を見学し、ここなら『心から本当に野球を楽しめる』と思い、その理不尽指導な反動でちょっとしたことがあってもポジティブに考えられるようになり、常に笑顔でいられるようになった。
その笑顔は練習試合で夜月も注目し、甲子園を控えた練習では一緒に練習していた夜月に声をかけられる。
「佐藤、どうしてお前はどんな状況でも笑顔でいれるんだ?」
「うーん、そうですね……僕には野球しかないですし、『野球は楽しいもの』だってこの学校で気づかされましたからつい笑顔になっちゃうんですよ。じゃなきゃマウンドでバッター相手に投げられないじゃないですか。だからこそ今、野球をやれていることに感謝すると自然と笑顔になれるんです。たとえそれがどんなにピンチになっても。もちろん負けたら悔しいですが、その勝負を含めて楽しくて仕方ないんです」
「心から楽しむ姿勢、お前にはその心得を教わってばかりだな。俺も中学時代は酷かったからな、お前の気持ちは痛いほどわかる。だからこそお前は常に笑顔でいてくれないとな。そうすれば守備もいい空気でプレー出来るし、打たれてエラーしても気にはしてても悪い空気を作らずに済むから安心するだろう。でもエラーして反省してなかったら俺が言ってやるからな」
「ありがとうございます!」
~回想終わり~
7回のウラになり、四番の朴が素振りして張り切る中で、結城は強打者との勝負にワクワクしていた。
夜月は結城の笑顔を見て佐藤とは異なる笑顔でも、こういうピッチャーはチームをよくすることを承知していて恐ろしいピッチャーだと思った。
しかしまだまだ二年生、不安定なところもあり朴にあっさりと二遊間を抜けるセンター前ヒットを放たれる。
五番の前沢は送りバントのサインを出されても無視した。
そもそも夜月は前沢に送りバントなど期待していなかった。
それもそのはず、これは送りバントのフェイクサインなのだ。
そして……
カキーン!
「前沢がまた打った! この打球も伸びていく! 見送った! ホームラーン! 怪物ルーキーが現れた! これで本当に初心者なのか!?」
「おっしゃー!」
「お前三振かホームランしかないじゃんw!」
「宝くじ並みだな!」
「何おう!? ホームラン打ったのに!?」
「前沢、いい追い打ちだったぞ。四番の後ろにも怖いバッターがいるってよく証明できたな」
「がはは! 当然だぜ! 俺は天才ホームランバッターだぞ!」
「お前相変わらず先輩にタメ口……」
「いいんだ清原、そうじゃないと困るし木下で慣れてるだろ」
「木下はお前だけにだろ」
「まあそうだな」
「続いていけ坂本!」
その後は東光学園打線が止まらず、7回ウラだけでも4点を取って12対3となった。
そのまま9回表まで進み、佐藤から井吹に交代する。
しかし井吹の調子が上がらず四番の三ノ輪にライトへのツーベース、加賀城に送りバントを決められて乃木にレフトの頭上越えのツーベースで12対4、さらに弥勒には……
「これ以上打たれたら夜月先輩に申し訳がない……打たれないようにしなきゃ!」
「甘いぞっ! それっ!」
「えっ……!?」
「また入ったーっ! 弥勒真夕海、日本の野球の名家の意地を見せた! 絶対的守護神井吹の勢いもここまでか!? それとも県立讃州中央に勢いが付き始めたのか!?」
「監督、ちょっと伝令に行ってきます」
「夜月か、頼んだぞ」
「タイム! 井吹、今日のピッチングはお前らしくないな。どうしたんだ?」
「すみません……」
「やっぱりあの公立フィーバーに呑まれちまったか」
「うう……」
「そう背負い込むな、お前がプレッシャーに弱いのは知ってる。また俺の引退を背負ってるんだろ? だったらもう気にすることはない、お前はお前らしく淡々と仕事をこなし、打たれても逆転さえされなければいいんだ。今はこんなに点差がある、お前はお前のできることをすればいい」
「夜月先輩……わかりました。やってみます」
「となると守備交代した方がよさそうだな。伝令と同時に守備を交代します。サードの松田に代わって布林。坂本に代わって尾崎」
「僕ですか?」
「俺みたいな空気を読まないやつは出さないんじゃなかったんですか?」
「井吹に必要なのは鉄な守備だ。出さない予定だったがそうも言ってられなくなったんだ。この勢いあるチームに確かに空気は必要だが、勝つためには臨機応変も大事ってわけさ」
「それで僕たちの番ってことですね。頑張ります」
「まあいいっすけどね。俺は試合に出れるだけ嬉しいから」
「相変わらず素直じゃないな、じゃあ行ってこい」
「ういっす」
井吹は弥勒に打たれたことで目を覚まし、後続の犬吠埼風太に内野安打こそ許すものの山伏と楠を抑えることに成功する。
犬吠埼伊月の打席で一か八かの代打を讃州中央は送った。
「二番の犬吠埼伊月くんに代わりまして、三好くん。背番号19」
「三好凛夏か……」
「女子みたいな名前だな」
「いや、あいつは背番号こそ低いが怪我さえなければ四番候補だったはずだ。だがここで代打に出したってことは勝負に出たか」
「来い! 名家の名に懸けて!」
「マジかあ……香川にどんだけ野球の名家がいるんだよ。弥勒家と三好家、そして東郷家に乃木家と四国の名家がそろってるんだもんな。その内に弥勒さんは引退、この三好に打たれたらせっかくの大量得点はなくなってしまう。抑えるぞ、井吹!」
「津田先輩のリードは単純ですが、よく言えばすぐ判断してくれますのでバッターに考える時間を与えません。そうとわかれば僕にできることは……テンポよく投げて考える隙を与えないこと!」
「球威が上がった……!? くっ!」
「ストライク!」
「手が出なかった……! あいつあんなに球が速かったっけ……?」
「よっしゃ! 球速が上がったことに戸惑ってるぞ! 井吹は夜月先輩の特訓で体幹トレーニングを重点的にしたからな。『筋トレでもウエイトトレーニングでの効果は見込めないなら、体感さえ鍛えれば全身の柔軟性を活かすことが出来る』って見込んでそうしたんだ。もう『ヒョロチビなだけじゃない』ところを見せてやろうぜ!」
「夜月先輩は僕を信じてあのトレーニングをしたんだ。ここで応えなければ……それに夜月先輩のお姉さんも忙しい中来ているんです。いいところを見せないと!」
「ストレート……ふんっ!」
「何っ!?」
「マズい、センターと二遊間の間……!」
「うおぉーっ!」
「朴!」
「これ以上一年坊主にプレッシャーを与えないためにも俺が捕る! 届けぇーっ!!」
パシッ!
ズザーッ!
全力疾走で打球に向かった朴が普通ならセンターかセカンド、ショートの誰かが捕るような打球をレフトの朴がダイビングキャッチ。
二塁審判が捕球したかを確認をしに朴の方へ向かい、朴は捕球したグローブを審判に見せるように掲げた。
結果は――
「アウト! ゲームセット!」
「朴先輩……!」
「うおぉぉぉぉぉーっ!!」
「ナイスキャッチ朴!」
「いっつ……!」
「大丈夫か? 立てるか?」
「高田先輩……ありがとうございます」
「さあ整列だ。俺が抱えてやるから頑張れ」
「うす……!」
「香川県立讃州中央と東光学園の試合は……12対6で東光学園の勝利です。では……礼!」
「「ありがとうございました!」」
「最後まで諦めない恐ろしいチームだった。三年が少ないお前らのチームは来年手強いチームになりそうだ」
「ああ、頼もしい後輩だよ。友也と東郷、そして凛夏、園介が覚醒することを期待しているぞ。そっちもすごい勢いのあるいいチームだった。優勝、必ずしてくれよ」
「ああ」
「しかしもう勢いだけでは東光学園には勝てないかぁ~……。名家が多くいるからって驕らず日々努力のみだ! 頼もしい後輩たち、後は頼んだよ!」
「「はい!」」
こうして東光学園は県立讃州中央に勝利し、次の準々決勝は大阪桐凛と北陸学園丸岡の勝者となった。
大阪桐凛とは一度明治神宮大会で当たったことがあり、当時は勝っていたが新戦力が台頭して強くなった。
一方の北陸学園丸岡も、同じく北陸学園系列の石川県の小松や富山県の高岡との合同合宿で全国の刺激を得た日本海屈指の名門だ。
結果は大阪桐凛に決まり、四番の巴とエースの鹿目が二枚看板となっている。
東光学園は大阪桐凛戦に備えて練習を開始する。
つづく!




