第147話 エリート野球への対抗
5回のウラになり、ついに覇世田実業が本気を出してきた。
園田のストレートにだんだん合わせられるようになり、霧矢は徐々にファールで粘るだけでなく研究もしてきた。
そしてついに園田のジャイロボールを攻略し、霧矢はスリーベースヒットを放った。
次の鳳零二もキャッチャーとして複数もあるストレートを見分ける癖を見抜いたのか、カットボールを簡単に弾き霧矢をホームに返す。
2対2の同点になった今、夜月はタイムを取って選手として伝令に行き、監督代行として園田に助言する。
「園田、おそらくお前のストレート、ツーシーム、カットボール、ジャイロボールのストレート系を投げるときの癖が見抜かれてる可能性がある。だが俺にはその癖が分からないんだ。吉永も何か見覚えはないか?」
「いえ、俺にはそんな癖があるようには……」
「これは単純に可能性というか、疑うわけじゃないんだがあえて言う。吉永、お前カットボールやツーシームの時に無意識に内や外に小さく移動してないか?」
「あ……!」
「園田も疲れからか体が開き始めている。きっと握りでバレてしまってるんだろう。ベンチに戻ったらちょっとベンチで場所借りて俺がマッサージしてやる。それまで耐えて忍んでくれ」
「わかった」
「吉永もスライダーのサインにカットボール、ツーシームにはスクリューボールと織り交ぜた方がいいかもしれん。ストレートと一緒だとどうしても違う方向だから動かざるを得ない」
「確かにカットボールは外に動くストレートで、ツーシームは内に動くストレートですもんね。わかりました」
「ストレートのサインはジャイロボールと縦のスライダーでいいだろう。縦ならそんなに横に移動する必要はないし、落ちるから捕るのに苦労はするが癖は落ちる球もストレートも同じ捕球位置ならバレやしない。あいつらは頭がいいからそれくらいはしないとな。心理戦も同時にやっていると思え」
「おう」 「はい」
そう言って夜月はベンチに戻り、園田と吉永は改めてサインを決め直した。
すると捕球こそちょっと苦労はしたものの、紫吹をセカンドのダブルプレー、帝を見逃し三振に抑えきった。
6回の表ではチャンスこそあったもののなかなか得点に絡むことが出来ず、吉永の見逃し三振で六回のウラへ。
すると皇がセーフティバントを決め、桐生院がセンター前ヒットでランナーが一塁と二塁に。
そこで四番の日向が――
「もらった!」
カキーン!
「何だと!?」
「クッソ……まだ伸びるのか!」
カコーン!
日向のフルスイングがようやく決まり、スリーランホームランで勝ち越しとなった。
5対2になった6回のウラで、園田に追い打ちをかけたのが星宮だった。
「それっ!」
カキーン!
「ライト! 追ってくれ!」
「あ、これもうだめだな……」
カコーン!
「入ったー! 二者連続ホームラン! 星宮、斧で素振りした成果を見せつけたー!」
「ドヤ!」
「いいね紅! これは穏やかじゃない試合になるよ!」
「さすが俺たちの幼なじみだな。今度は守備が上手くなろうな」
「えへへ~……」
「もう園田は限界だな。タイム!ピッチャー交代、ファーストの田村がピッチャー、二番ファーストに野村です!」
「すまない田村……」
「6回までよく投げたよ。後は僕に任せて」
「ありがとう」
「お疲れ様、夏樹くん。次の試合でリベンジしようね」
「あおい……」
「園田、よく投げ抜いた。次の試合までにしっかり反省してそれを活かそう」
「夜月……ありがとう」
「夜月、言葉遣いも大分監督らしくなったな」
「監督、高校を卒業したら大学に通いつつ、監督の指導塾に通いますよ」
「ほう、夜月の進路は大学か。どこの大学の予定だ?」
「有原に誘われて決めたのですが、常海大学の教育学部です」
「ほー、俺の指導塾があるところじゃないか。また君を教え子にできるのを楽しみにしてるぞ」
「うす」
田村は念入りに投球練習し、公式戦初登板なので吉永とサインを決める。
田村はサウスポーでピッチャーとしては野手をやりながらなので中継ぎ中心である。
そして田村の投球は――
「ストライク! バッターアウト! チェンジ」
「あいつ何か笑顔だから何考えてるかわからねえし不気味だわ……」
「確か一年の佐藤くんもニコニコしてて不気味でしたよね?」
「俺も田村くんに手も足も出なかった……」
「ナイスピッチです、田村先輩!」
「ははは……僕、甲子園で通用したぞ……!」
「田村、どうだった?」
「緊張するにきまってるじゃないですかぁ~……」
「いつもより笑顔が引きつってたからなぁ~w夜月もなかなか鬼監督だろ?」
「うぐ……!」
「いえ、僕ならやってくれるって信じてくれたんです。補欠でもチャンスを与え、仕事をきっちりさせてくれる。普通の監督ならレギュラーに依存しててもおかしくないのに補欠をも信頼してくれてるんですよ」
「田村……」
「はっはっは! 補欠をも試合に使う部分は俺に似ているが、夜月は俺以上に使ってくれるか! 俺もまだまだ教え子たちに教わってばかりだ! 年を取ったからって学ぶのを諦めたら終わりだもんな! 君たちはまだ俺より圧倒的に若い! 失敗してもいいからどんどん挑戦して、成功したら喜んで失敗したら反省して次に生かせばいい! 高校野球に次はないが試合が終わらない限り次がある! 取られたら取り返すぞ!」
「はい!」
7回の表に石黒監督の鶴の一声に木下が目を覚まし、『盗塁よりも出塁して打ったら次の塁に積極的に進もう』と心掛けると、次の野村がチームバッティングで流し打ちをしてタイムリーツーベースで6対3にする。
次の布林もファールで粘り打ちして、12球に及ぶ勝負の結果はフォアボール、四番の朴の出番だ。
朴はいつも通り性格が豹変し、いつも通りにフルスイングをしてレフト前ヒットを放つ。
満塁の場面で五番の清原が打席に立とうとした。
すると夜月はベンチを出て清原に交代を告げる。
「タイム! 清原に代わって代打、俺! 清原、腰は大丈夫か?」
「ああ、昨日守備についてからちょっと痛いわ」
「なら代われ。お前には三回戦でも打ってもらうからさ」
「だな。お前も立ちくらみには気をつけろよ?」
「任せろ、いざとなったら代走を出す。じゃあ行ってくるわ」
夜月が自ら代打宣言し、鳳零一を相手に立ち向かう。
鳳兄弟は兄弟の絆で固く結ばれ、サインがなくても以心伝心で伝わる厄介なバッテリーだ。
夜月は石黒監督の指導で甲子園で木製バットを使っている。
「甲子園から木製バットか、いいねぇ……! 実力に自信があるのか、金属バットと相性が悪いのか知らないが、そのバットをへし折る瞬間が好きだ!」
「うっ……!」
「ボール!」
「少し力みすぎたな……」
「兄さん! そんな力まなくても大丈夫だよ!」
「こいつ、神奈川予選決勝で致命傷を負ったんだよな。それでもこの試合に出るという事は、よほど執着心があるのだろう。それに……清原はやたら腰を気にしていたし、身を案じて次の試合に頑張ってもらうのか。うちに勝つ前提でいるとか……よほど選手を信頼しているんだな。いいぞ……面白くなってきたぞ!」
「インコース……しまった!」
「ストライク!」
「ナイスボール!」
「ふう……」
鳳零一は夜月の強気な姿勢とチームメイトを信じ切る絆に感動し、夜月がたとえ調子が悪くても『全力で勝負するのが礼儀』と思い全力で投げる。
夜月も『お気遣いなく』というオーラを出し、鳳零一の心を刺激して立ちくらみしながらもフルスイングをする。
ファールを連続で打ってなかなかヒットが出ない中での9球目……
「お前との勝負は楽しかった。だが……これで終わりだ!」
「カーブ……だが足を上げるタイミングが早かったからか待てるぞ! 今は我慢して……そこだっ!」
カキーン!
「なっ……!?」
夜月は足を上げるタイミングを早めることで溜めて打つことが出来、カーブという緩急にも対応できるようになった。
夜月の打球はライト方向へ大きく伸び、ライトの紫吹は高身長を活かしながらフェンス際でジャンプした。
しかし紫吹の努力もむなしく、夜月の打球はライトスタンドに入った。
「ホームラーン! 夜月、意地の同点ホームラーン! チームバッティングを心がけてる夜月がようやくスラッガーとして活躍する瞬間です!」
「おっと! 夜月くんやっぱり立ちくらみしてますね、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です、ちゃんとホームインしました!」
「へへ、やってやったぜ……!」
「大丈夫かよ、おい……?」
「大丈夫だ……。前沢、次に五番バッターになったらお前が出ろ」
「先輩……うっす! 必ずホームランを打ちますっ!」
夜月の意地のホームランから流れがよくなり、緊張で固まってた坂本もノッてきたのか足を活かした内野安打、水瀬も先ほどのホームランで吹っ切れたのかセーフティバントで自分も生き残るバントに成功した。
西野もヒットエンドランで奇襲を仕掛け、坂本が足を活かしてホームイン、これで逆転した。
これが決勝点となるも、9回の表で前沢がまさかのソロホームランで8対6として追加点を取った。
そして9回のウラ、田村から井吹に交代し、井吹は淡々と仕事をこなしていって最後の日向をキャッチャーフライに抑えて試合が終わる。
「ただいまの試合は、東光学園と覇世田実業高校の試合は、8対6で東光学園の勝利です。では……礼っ!」
「「ありがとうございました!」」
「お前の執念と仲間への信頼、見事だった。この勝利はお前抜きでは叶わなかっただろう。絶対に優勝してくれよな」
「おう、お前らのエリート野球には苦労させられたよ。帝応義塾もデータや癖を見抜く天才だったから二度とやりたくねえわ」
「なるほどな、経験済みってわけか。だが俺たちは覇世田大学に進学して六大学に挑戦する。お前も六大学に来てほしい」
「それは無理だ、俺にそこまでの学力はねえ。だが全日本大学野球選手権で待つ」
「ああ、約束だ」
こうしてデータを見抜いて相手の癖を利用した計算高いエリート野球を下し、三回戦は香川県立讃州中央と琉球高校の勝者となる。
その偵察をチーム全員で行うと、琉球高校のローランドと夏海が存在感を示すもピッチャー陣があまり期待通りの活躍をせず、県立讃州中央の犬吠埼風太と結城友也によって勢いづいて完全に甲子園を県立讃州中央の空気に変えてしまう。
その結果、琉球高校のピッチャーは公立応援の波に吞まれ思うように投げれないのだ。
そして――
「9対5で県立讃州中央の勝利です! では……礼!」
「「ありがとうございました!」」
「勢いのある雰囲気のいいチームか……」
「うん、中途半端に自分がってなると相手のペースに呑まれちゃうね」
「夜月、お前ならどうオーダーするんだ?」
「そうですね……キーマンになるのは津田と木村、そして松田だと思います。木下の鈍感さと朴の熱血への豹変、前沢のスーパーポジティブも考えてますが雰囲気だけでは勝てません。大事なのはいかに観客を味方につけて勝負するかです。なので俺はこの三人を試合に出します」
「おー、俺がキーマンなのか? 女の子の黄色い声援は任せとけ」
「俺でいいんすか!? よっしゃー! 俺も頑張るぞー!」
「へへっ! 俺の一打で熱男を叫んでやるぜ!」
「お前らうるさいぞ、ふざける暇はないぞ。お前らのムードメイクは本物だ。『ただのうるさい馬鹿』とは誰にも言わせない。県立讃州中央に勝つにはお前らの雰囲気作りにかかっている。同時に責任感も持ってることを俺は知ってるからお前ら三人をキーマンにしたんだ。頼んだぞ」
「夜月……」
「はっはっは! おチャラけ野郎どもがまさかの一喝でぐうの音も出なくなったか!本当に夜月は俺以上に鬼監督だな」
「監督みたいに煽り上手ではないですけどね。芸人みたいで面白いから俺は好きですけど」
「こいつ~、監督代行になってから俺のことも把握しているな~?」
「かもしれませんね」
「はははははw」
夜月は気付いていないが、チームのみんなは夜月の厳しい一喝からの褒めて伸ばすスタイルを気に入っている。
全否定でも全肯定でもなく、両方を上手く使い分けて空気をよくしているのだ。
たまに言いすぎてしまうこともあるが、それに気づいたときはちゃんと謝罪するのでチームのみんなも信頼している。
果たして公立の奮闘という空気を乗り越えることが出来るのか。
つづく!
 




