第146話 覇世田実業
次の対戦相手が覇世田実業に決まった東光学園は、短い練習で済ませて甲子園に備えてケアをする。
夜月監督代行は覇世田実業に合わせたオーダーを一人で考えてると、ふとキャッチャーに不安を覚えた。
天童も津田も頭の良さでは、あの覇世田実業のキャッチャーには敵わないだろう。
しかし夜月はふと彼のリード面を思い出し、ついにオーダーが完成した。
そしてついに覇世田実業との試合の二回戦が行われる。
先攻・東光学園
一番 センター 木下泰志 二年 背番号8
二番 ファースト 田村孝典 三年 背番号17
三番 サード 布林太陽 一年 背番号5
四番 レフト 朴正周 二年 背番号7
五番 指名打者 清原和也 三年 背番号13
六番 ライト 坂本大輝 二年 背番号18
七番 セカンド 水瀬光太郎 一年 背番号25
八番 ショート 西野崇 一年 背番号6
九番 キャッチャー 吉永祐介 二年 背番号22
ピッチャー 園田夏樹 三年 背番号10
後攻・覇世田実業
一番 センター 帝凪 一年 背番号8
二番 ファースト 皇煌一郎 二年 背番号3
三番 サード 桐生院ジャン 三年 背番号5
四番 レフト 日向武蔵 三年 背番号7
五番 指名打者 星宮紅 一年 背番号13
六番 セカンド 天草礼音 二年 背番号4
七番 ショート 霧矢蒼 一年 背番号6
八番 キャッチャー 鳳零二 二年 背番号2
九番 ライト 紫吹紫音 一年 背番号9
ピッチャー 鳳零一 三年 背番号1
――となった。
吉永と田村は夜月に前日に言われたことを思い出す。
~回想~
「監督、吉永と田村を借りてもいいですか?」
「ああ、構わないぞ」
「ありがとうございます。吉永と田村、ちょっといいか?」
「はい!」
「わかった」
夜月は田村と吉永の二人を途中で上がらせ、止まっている大部屋に呼び出す。
二人は何のことなんだろうかと考え、夜月はその二人を察してか、自動販売機で買った水を手渡す。
そしてついに二人に試合のことを話す。
「吉永、キャッチャーの天童と津田のリードについてどう思う?」
「えっと……二人とも声かけや強肩での盗塁阻止率は俺よりも申し分ないです。でも、やっぱり配球が強気すぎて単純なところがあります」
「だろうな。覇世田実業は帝応義塾と同じでエリート校だ。持ち前の頭脳を使った計算尽くしのプレーをする。頭よりも勘だけでやってしまえば単純すぎて計算する必要もないだろう。だがお前は正直声かけが不器用すぎる。それでもお前を選んだ理由はちゃんと考えた末での配球、状況判断を誤らないその判断力、そして何が起き打てもパニックにならない理性を持つお前しか覇世田実業戦は考えられない。そこで声掛けが不器用なお前をカバーすべく、落ち着いて空気を和ませる布林と田村をサードとファーストに置く。田村は常に笑顔で場の凍った空気を上手く読んで和ませられるからな。ピッチャーがパニックになっても簡単に元通りにした田村にしか頼めない。しかもお前ら二人は六大学にも行けるほどの学力と頭脳がある。エリートにはエリートをぶつけてやりたいのさ」
「なるほどね、目には目をってやつだね、夜月くんらしいや。それなら僕に任せてくれ」
「俺も田村先輩の負担を減らせるよう頑張ります。夜月先輩の期待に応えてみせます」
~回想終わり~
整列を済ませ、先攻である東光学園は一番の木下が打席に入る。
木下は悪い空気が読めない代わりに、悪い空気をいい空気に天然で変えられるチャンスメーカーだ。
足も速いので進塁も可能で、バッテリーの鳳兄弟は警戒する。
しかし零一はなかなかギアが上がらずフォアボール、二番の田村は送りバントのフリをして見逃した上に木下に盗塁を許す。
さらに田村にフォアボールを許して三番の布林だ。
「来い!」
「兄さん、何でピンチなのにそんなに平気そうなんだよ……。この布林は『粘り打ちからの確実な固め打ちが特徴』なのに。もし彼に打たれたら完全に相手の流れだ、この悪い流れを変えたい……」
「俺が招いたピンチだ。ここで凌げなきゃみんなに申し訳ないな。だがピンチの場面で急にギアを上げて相手をどん底に落とす……いいっ! この作戦で行くぞ!」
「ストレート……!? 思ったより伸び……しまった!」
「サード!」
「おう! よっと!」
「アウト!」
「まだまだ! そらっ!」
「ああ……!」
「アウト!」
「やられた……! サード真正面で木下と田村が刺されたか」
その後はチャンスを活かせずに朴が三振に終わる。
覇世田実業の攻撃で一番の帝だ。
帝はとても見た目が幼いながらも実力でレギュラーに上りつめた一年だ。
帝は明るく審判に礼をし、バッターボックスに入る。
「園田先輩は最近新しい球を覚えたと言うけど何なんだろう……? しかもツーストライクまで取っておきたいなんて気になるな。とりあえず先頭 バッターは球数を増やさせてくるだろうし、ツーストライクまで行かせてもらいましょう」
「その方がいいな。吉永は慎重だけど考えて配球してくれるからありがたいぞ。そんでもってミットの構え方が投げやすいし助かるんだよな!」
「うおっ!?」
「ストライク!」
「ナイスボールです!」
「結構伸びるね! さすが元エース!」
「どうも。帝は今のでもビビらないんだな。さっきインコースに来たけど次は高めのアウトコースにしましょう」
「スライダーか。それならカットボール気味のスライダーに調整するか。ふんっ!」
「ストライク!」
「うーん、左利きだからスライダーが特殊に感じるなあ」
「ナイスボールです! ついにツーストライク、じゃあこのサインでいいんですね? どんな球なのか試させてもらいます」
「ついに来たか……。吉永相手に試すのも申し訳ないが、後逸がゼロの吉永なら試すのに不足はないし投げてみせるか!」
「ストレート、でも速すぎ……!」
スパーン!
「ストライク! バッターアウト!」
「痛い……でもナイスボール! あの球は何なんだ……? 回転が特殊なストレートだった……」
吉永が園田の新ストレートに違和感を覚えると、園田は安心したかのようにベンチに戻る。
一方応援席では、オカマの花宮が独り言を言う。
「花宮、お前に感謝するぞ。お前のおかげで『ストレートに無駄な感情』が残らなくなった」
「園田先輩、その調子よ。あたしの真骨頂のあの球を簡単にものにできるのは先輩しかいないんだから。しかも同じ左利きだからもっと貴重なのよ。このまま『エースはまだいたんだ』って思わせてください」
そう、この園田はピンチの際にストレートに『感情がこもりやすく、ボールの軌道が素直すぎる』弱点があった。
そこで甲子園に向かう前に、ベンチ外の一年生でオカマの花宮にジャイロボールを教わっていた。
その後はジャイロボールを使い分けて三者凡退に抑えきった。
「あのボール……? 伸びて見える……」
「何なんだあのストレート。俺にはデッドボールに見えるんだけど」
「ふむ……弟よ、あのボールはわかるか?」
「おそらくだけど、あれはジャイロボールかもしれない。ボールの軌道がジャイロ回転していたし、普通のストレートにツーシーム、さらにカットボールと小さな変化をするストレート系をそろえてある。そしてジャイロボールが加わって余計に脅威になってるかも。でもベンチメンバーにジャイロボール投げてる人いたかなあ?」
「もしいたとすればベンチ外の選手から教わったんだろう。ベンチ外が少人数とはいえ、下級生しかいない中で三年が下級生に教わるなんてなかなか出来ないことだ。しかもベンチ外から教わるなんて、相当絆が深いチームだぞ。だが……そこがいいっ!」
「兄さん……」
「相手はベンチ入りメンバーだけで戦ってない! ベンチ外の選手や応援してくれるみんなを代表して一緒に戦っている! 俺たちもエリート野球と言われているが、そんなものにこだわらず最高の野球をしよう!」
「「おー!」」
それ以降は清原と坂本を見逃し三振に、水瀬をセカンドゴロに打ち取って二回の表は終了。
2回のウラは園田の四種類のスライダー(横、斜め、縦、小さくて速い)を使い分けた上に内に落ちるスクリューボールも織り交ぜて三振の山を築く。
3回の表では西野のセーフティバントで出塁を果たし、吉永が送りバントでランナー二塁にするも、木下がセンターフライ、田村がファーストゴロでダブルプレーとピリッとしなかった。
そして3回のウラ――
「それっ!」
「なっ……!?」
「抜けたー! 紫吹が右中間を大きく抜いた! ランナーの霧矢がホームに走る! あっという間にホームイン! ついに園田が失点をした!」
「いいね紫音! 先制点とか穏やかじゃないね!」
「ははは、ジャイロボールはやっぱり芯に当てないと痛いな」
「やられましたね……」
「だな。だが大丈夫だ。幸いワンアウトでランナー一塁だ。そう簡単に盗塁はさせない」
「わかりました。俺も二塁牽制してみます」
霧矢にツーベースを打たれ、零二を三振に抑えるも紫吹にタイムリー先制をされる。
それでも帝と皇を外野フライに打ち取って最小失点で済んだ。
4回の表では布林が粘り打ちの末にフォアボールで出塁、四番の朴がレフトの頭上を越える長打でランナーが二塁と三塁とチャンスになった。
しかしチャンスに弱い清原がホームゲッツーとせっかくのチャンスを活かせず。
坂本もキャッチャーフライで終わって攻守交替。
しかし園田も負けておらず、桐生院にライトフライでワンアウトにする。
日向にツーベースを打たれるも、星宮を三振にしっかり抑え、天草をショートゴロに打ち取った。
5回の表、水瀬がガチガチになりながら打席に向かおうとすると、夜月はタイムを取って水瀬に近づく。
「タイム! 光太郎、大丈夫か?」
「お兄さ……夜月先輩。僕、やっぱり怖いです……。先輩の引退がかかった大事な試合で足を引っ張ったらって思うと……」
「そんな事を気にしていたのか。まあお前はまだ一年で普通なら『三年の引退の重み』を知らないからな。でもお前はそこまで気にするほど優しいやつなんだよな。だが……そんないらない気を使われて逆に『活躍できずに負けた方がよっぽど足を引っ張ってしまう』ぜ?お前には『勝負の勘が優れている』んだ、堂々とのびのびとプレーすればいいんだよ。俺たち三年に気を使える優しさを持ってるお前ならできる、自分らしいプレーで思い切りやり抜いて勝負してこい」
「お兄さん……ありがとうございます! おかげで目が覚めました! 今なら打てる気がします!来い!」
「光太郎くん! 夜月先輩の分まで打ってください!」
夜月の一声で水瀬は目を覚まし、夜月が大好きな井吹が水瀬に声をかけてバッターボックスまで見送る。
「一年生ながら先輩の引退を気にするほど優しいんだなあ。そういう一年って甲子園で化けたりするんだよね。水瀬くんはここまで勝ってるけど、油断せずに行こう」
「その方がいいな。弟の考えはよく当たるからな。だからこそ信用して投げれるんだ!」
「やっぱりまっすぐで来た。これならいけるっ!」
カキーン!
水瀬の放った打球はセンター方向へ大きく伸び、俊足な帝が追い付けないほど伸びていった。
すると次第に帝は追うのを諦め、バックスクリーンを見送った。
その瞬間――
カコーン!
「は、入ったーっ! 水瀬光太郎、甲子園デビューで初ホームランを放ちました! 下作延レンジャーズ不動の二番バッターここに復活だ!」
「やった……やったよーっ!」
「ナイスホームランだ水瀬!」
「お前チビなのにやるじゃんか!」
「さすが光太郎くんです。僕は信じてました」
「光太郎! 完璧に仕事したな。その勝負強さがお前の本当の武器だ。ナイスホームラン」
「お兄さん……はい!」
「光太郎ー! ナイスホームラーン!」
「ん……? 今、姉さんの声が聞こえたような? 気のせいかな……?」
水瀬の初ホームランで同点に追いつき、次の西野と吉永はそれぞれセンターライナーとセカンドゴロに倒れるも、幼なじみの後輩に負けないぞと言わんばかりに木下が左中間を抜くスリーベースヒットを打つ。
田村の打席で木下がホームスチールを仕掛ける。
田村はスクイズの姿勢に入りスクイズを仕掛ける。
ところが……
「しまった! スクイズなんかじゃない!」
「もらったよ!」
カキーン!
「くっ……!」
「あーっと! 木下がホームスチールを仕掛けてスクイズと思った覇世田実業、まさかのスクイズ姿勢からのバスターエンドランで奇襲を仕掛け二遊間を抜いた! これで2対1です!」
「やった!」
「いいぞ田村! お前って結構腹黒いな!」
「まさかこんなあり得ない奇襲を仕掛けるとは……。本当に器用で頭のいいやつだよお前は」
田村の奇襲で2点目を獲得し、後続の布林はいい当たりを打つもサードライナーでアウトになりチェンジする。
5回のウラ、逆転された覇世田実業は気合を入れ直して攻撃に臨む。
つづく!




