第142話 合流
夜月への危険球事件以来、川﨑国際は政府によって学校閉鎖処分が下され、東光学園の名誉を失うことはなくなった。
夜月の意識はまだ戻らないが、治療は成功し、意識さえ取り戻せばほぼ完治したような状態だ。
あの決勝戦から翌日、石黒監督だけでなく榊、園田、山田、天童、あおいも面会に訪れ、集中治療室で夜月の意識回復を待つ。
すると奇跡が起こる。
「んっ……」
「今、夜月の声が聞こえたな?」
「うん、聞こえた」
「もしかして……!?」
「ふぅ~っ……ふぅ~っ……」
「夜月! 目を覚ましたんだな!?」
「高坂! 先生を呼んでくれ!」
「うんっ!」
しばらくすると夜月は息を吹き返し、そのままゆっくりと目を覚ました。
喋ることはまだ出来ないが、仲間たちの声に反応できるくらいには回復した。
石黒監督は安心して胸をホッと撫で下ろし、あおいは嬉しさのあまりに涙を流した。
すると夜月は思い出したかのように石黒監督にゆっくり質問をする。
「あの……ここはどこですか? 俺は確か……川崎国際との試合で頭にデッドボールをくらって、それから……」
「夜月! やっと目を覚ましたな!」
「天童? 榊に園田、山田に高坂まで……。それで、俺が倒れてから試合はどうなったんだ……?」
「勝ったぞ。俺たちは甲子園に行けるんだ」
「そうか……。よかった……俺たちの野球は間違ってなかったんだ……」
「今はおとなしくするんだぞー。夜月キャプテンを失った悲しみは大きいけど、オイラたちもやる時はやるんだぞ」
「それでね、落ち着いて聞いてほしいんだけど……夜月くんが搬送されてから木下くんが代わりに出てくれて、それでその……監督が珍しく激怒して怒鳴り声で叫んでからコールドで勝ったの」
「あの温厚な監督が……? 本当なんですか?」
「ああ、本当だ。君を失うショックはこの俺にも大きかった。川崎国際の選手たちの精神的弱点を見抜き、論破された腹いせに君を殺そうとしていたんだよ。神聖な野球を穢されたのと、そんなくだらない理由で君の命を奪おうとした事に怒ったんだ」
「珍しいですね……監督が怒りを露わにするなんて。俺らがどんなにミスしても怒らなかったのに」
「ミスはつきものだし、怒鳴ったって意味なんかないからな。でも……俺の大好きな野球を戦争の手段にするのは絶対に許せない。身の一番にぶっ潰してやるさ」
「そうですか……。いてて……!」
「おい、あんま無理して起き上がろうとするな。まだお前の頭は痛んでるんだから」
「だな……悪いな天童。でも、俺の代わりに勝ってくれてありがとな。おかげで甲子園に行くことが出来たよ」
「優勝旗、お前に持ってほしかったぞ」
「そうだな。優勝旗を持つのは甲子園の開会式の時までお預けだな」
優勝旗を持ってほしかったと園田が本音を漏らし、夜月も甲子園の開会式までお預けなんだと実感しておとなしく眠りに着こうとする。
すると澄香が慌てた様子で病室に入る。
「晃一郎さんっ!」
「澄香……!?」
澄香は夜月が意識を取り戻したことを確認すると、嬉しさのあまりに抱きつこうとするも榊と山田に止められる。
澄香は夜月が倒れてからずっとつきっきりで見守り、今は寝不足のために廊下のソファで眠っていたのだが、夜月の声が聞こえて目を覚まして今に至った。
澄香は夜月の無事を確認すると大粒の涙をこぼし、泣きながら夜月に声をかける。
「よかった……! 本当によかったです……! 晃一郎さんに死なれたら私……!」
「澄香……ずっと見守ってくれてたんだな。ありがとな」
「はいっ……はいっ……!」
「どうやら俺たちはお邪魔のようだな」
「だな。多分だけどこの子が夜月の彼女だろう」
「夜月、彼女さんを大事にしろよなー」
「俺たちはここで出ていくよ。とにかく無事でよかった」
「先生の言う事を聞いて回復するんだぞ!」
「またね、夜月くん」
「はい」
「ぐすっ……ぐすっ……!」
「澄香、俺ならもう大丈夫だ。俺はお前と結婚するって決めたから、死ぬわけにはいかないよ」
「だって……! 晃一郎さんが殺されたって思うと……本当に辛くて……!」
「必ず俺はすぐに回復して甲子園でひと暴れしてくるからさ。澄香は俺の応援をしてくれ」
「ぐすっ……はいっ!」
こうして意識を取り戻した夜月は通常の病室へ移動し、リハビリでも順調すぎるほどの回復力を見せつけ、たった一週間で普通に歩けるほどにまで回復した。
チームに合流後は無理しない程度の基礎練習とリハビリメニューで体力の維持を試みる。
中等部からも応援が来るようになり、澄香も毎日夜月の様子を見に行ったりと心配ながらも順調なのでみんな安心する。
甲子園への移動日当日、たくさんのギャラリーに見送られた野球部はバスに乗って甲子園近くの宿舎に移動する。
もちろん彼女持ちの部員は――
「明! 甲子園で暴れてきてね!」
「サンキュー麻耶! そっちも女子バレーのインターハイ頑張れよ!」
「哲也くーん! 会えなくなるの寂しいよぉー!」
「はいはい、いいから応援に来てくれよな」
「雄大くん! これ、甲子園のお守り!」
「ありがとう! 大事にするね!」
「俺の彼女はさすがに中等部だから来ないか……。んっ? あの水色の髪はまさか……!?」
「はあ……はあ……! 間に合いました! 動画配信が思ったより長引いてしまってごめんなさい! 今日のこの瞬間だけは絶対に……見送りたいですから! 晃一郎さんっ! 私も全試合応援に行きますからね! 優勝してください!っ」
「おう! 澄香も無理しない範囲でな!」
「嫌です♪ 全試合観に行きます♡」
チュッ♡
「っ!?」
「うふふ、約束ですよ♡」
「おい! お前いつの間にあんな年下の可愛い彼女見つけたのか!?」
「まあ、小学校からの付き合いらしい」
「何だよそれ! 羨ましいぞ!」
「何だよ清原。嫉妬か?」
「うるせえ木村!」
「そういや木村は彼女いねえのか?」
「俺は焦ってねえからさ。焦って彼女作ったってどうせ長持ちしねえだろ?」
「この野郎……イケメンだからって余裕こきやがって!」
「まあまあ清原先輩、とにかく嫉妬は見苦しいですよ。僕も彼女はいませんから」
「わかってるよ! 楊に言われると調子狂うな……」
「夜月先輩……! いつの間に彼女がいたんですか……!? ショックです……! でも、夜月先輩が幸せならオーケーです。僕は夜月先輩の幸せを応援しますよ」
井吹はショックを受けつつも彼女が出来ても幸せを応援するいい子なのだ。
ただし『瑞樹だけは許さない』というだけで、ちゃんと幸せを願えるいい子なので憎めないのである。
バスが出発すると、野球部たちは少し寂しそうながらもみんなの応援を背負って甲子園に挑む。
池上荘メンバーは開催地が兵庫県西宮市と甲子園のあるところだが、全員インターハイに向かうために合流できなかった。
麻美も吹奏楽の県大会、クリスはチア部の日米合宿、有希歩は生徒会の仕事で野球部の裏方サポート、優子は大和流茶道の大事な会議で実家に戻り、さやかはプロ漫画家になるべく漫画編集者に作品を提出していた。
ようやく宿舎に到着した野球部たちは、長旅の疲れを癒すべくゆっくり休んだ。
ストレッチや栄養学の勉強、さらに学校の勉強会や受験勉強など文武両道を軽く意識がけて就職にも有利になるようにする。
こうして夏の甲子園が始まるのです!
つづく!




