第138話 嫌な思い出
準決勝を終えて居残り練習のために夜月はグラウンドに戻って素振りを繰り返す。
夜月はまるで心のモヤモヤを無理してでも晴らそうとオーバーワークをしていた。
それに気づいた天童が隣で素振りを開始し、夜月に話しかける。
「やっぱりお前はそうなるよな」
「天童……」
「お前のことだから中学時代の悪夢を思い出して、無理やりにでも晴らそうとしているんだろ?」
「もうみんなには話しているし、井吹や光太郎、それに木下から聞いてる後輩もいるだろうし隠しても無駄か。そうだな……あいつらのラフプレーでみんなが野球を嫌いになっちまうのも怖いし、それで選手生命が絶たれてプロに行けなくなるのも正直怖い。それに……あいつらなんかに負けた時に自分の生きてきた人生をすべて否定されるのが一番怖い」
「お前の暴力事件、水瀬から詳しく聞いたが……さらに詳しく話してくれないか? 小学校の時の活躍からどうして一転してしまったのか」
「ああ……お前になら詳しく話してもいいだろう。実はな……」
夜月は嫌な思い出ならが無理のない範囲で話そうとしたが、天童にはもう腹を割って全部話す決意をする。
夜月の壮絶すぎる中学時代は――
~回想~
中学に入学し、小学校から一緒だった同級生の半分が神木中学校、もう一つが梶ヶ谷中学校に進学し、神木中は部活も勉強も力を入れている伝統校だった。
少年野球で全国に出場していた夜月も当然期待されていた。
夜月は気合を入れて野球部に入部し、一年ながらいきなりレギュラーを勝ち取った。
同時に夜月の観察眼で先輩たちも覚醒し、同級生もみんな才能が開花し始める。
「夜月! お前のおかげで野球部は全国に行けたよ!」
「ありがとうございます! みんなも大分覚醒し始めましたね! このままなら優勝行けると思います!」
「だな! しかし俺が恐れているのは、その覚醒したみんなが『いい気になって他人を見下したり、自分のミスを他人のせいにしたり』しないか不安なんだよね。そうならないように監督をやってるんだけどさ」
「その時は俺も監督と一緒に支えますよ。あいつらも天才級と期待されてる連中ですし、小学時代に別チームで競い合ってきましたから」
「君みたいないい子がうちに来てよかったよ。校長先生も顧問の先生も喜んでたからね。期待しているよ?」
「うす!」
中学一年まではレギュラーで活躍し、他の選手たちも夜月プロデュースで成長の兆しが見えている。
先輩たちは夜月の能力で遅咲きの覚醒に喜び、徐々に有名高校にスカウトされていった。
しかし中学二年に進級した直後、最悪な事件が起こってしまった。
それは――
「緊急ニュースです!ただいま日本民主党を中心とした日本革命隊によるクーデターが発生! 川崎市議会や教育委員会を乗っ取られてしまいました! 日本共和党議員である夜月市長がこれで失脚してしまいました!」
「じいちゃん……! どうしてあんな奴らに……!」
夜月の祖父であり、かつては世界を救うヒーローでもあった元トレナパレス国王の夜月の祖父、バルクス三世こと夜月街雄が暴力的なクーデターによる革命で失脚。
夜月の祖父はかつて自然災害で海に沈んだトレナパレスという南太平洋の島国の国王で、国の滅亡後に日本へ移民して日本の政界に入り込み川崎市を住みやすく差別のない、でも秩序がしっかり保たれている理想郷を作り上げた功績がある。
悪人にはどんな理由があろうと厳しく、人種や民族、宗教問わず暮らしやすい街を本当に作り上げた。
だが日本民主党は愛国心と多様性の両方を取り入れた日本共和党が気に入らず、『どんな人間にも平等で悪人にも人権を』と訴えたが、それは口ばかりの無法主義による左翼政治団体だ。
それも自分たちの理想のために他人のせいにして、どんな手を使ってでも蹴落とす日本政府公認のテロ組織と繋がりのある政党だ。
平等は悪く言えば努力しなくてもよく、悪人でさえ人権を得ることで普通の市民を苦しめ恐怖に陥れ、もはやルールとは何なのかわからなくなってしまう無法地帯になりかねない。
さらに言えば平等は本当に必要な人には足りなくなり、いらない人には余ってしまうリスクもあり、結局不満は溜まっていき、共産主義が過去を見ても上手くいかなかった理由でもある。
そんな政治団体が革命を起こしてしまい、夜月は中学が川崎市立というのもあって祖父の失脚を原因にいじめに遭ってしまう。
「おい夜月! お前のジジイが失脚したのは差別主義だかららしいな?」
「は? なんでだよ!?」
「とぼけんじゃねえよ! 俺のじいちゃんは民主党支持者ってだけで公安から監視されて生きづらい生活送ってるんだぞ!」
「私なんて……ちょっとお金稼ごうとおじさんからお金取ろうとしたのに……犯罪だからって無理やり没収された……!」
「あーあ、女を泣かせる市長の孫は最低だな!」
「ふざけんな! じいちゃんはそんなふざけたことはしねえ! 大体お前らがあんな奴らを支持して、自分の過ちを他人のせいに責任転嫁して無意味な暴言と暴力に明け暮れたテロリスト集団じゃねえか!」
「何だと……!?もういっぺん言ってみろ! お前を殺してやる!」
「うるさいぞ! 席に着け! 今から教員の大規模なリストラを行う。今の校長は鳩山市長の方針で川崎市の教育にそぐわないと判断し、クビにすることにした。今日から辻本校長の下で教育を行う。口答えしようものならわかっているな?それと夜月……あのジジイの孫ということでお前だけはすべての成績を最下位にさせた。悪く思うなよ?」
「は!? 何でだよ!? 何で俺がそんな……何も悪いことしてねえじゃねえか!」
「うるさい! 口答えするなと言っただろ! それともお前の命を粛清され、大事な家族に何かあってもいいのか?」
「くっ……!」
夜月は革命で乗っ取られた川崎市と教育委員会、そして学校の都合により成績は何をやっても評価されず、部活でも監督が交代して試合に出してもらえなかった。
出してもらってもどんなに活躍しても、夜月が試合に出るとチームのみんなもやる気が出ず、負けたのは全部夜月のせいにして部から追い出した。
そして前の監督が恐れた事が現実になり、覚醒して誰も止めることが出来ないくらいに快進撃を続けて全国中学野球選手権では三連覇を果たす。
それに天狗になってたのか野球の名門校から声がかかると思った。
ところが……
「ええい! 何故わが校から名門校からの声がかからんのだ!」
「校長! 川崎市の生徒のほとんどが推薦入学を拒否されています! このままでは学校が持ちません!」
「むむむ……ん? そうだ! 夜月以外を東光学園に受けさせるのだ。あそこは推薦がなく誰でも受験する資格がある! それで我が校の素晴らしい生徒たちを輩出して宣伝しよう!」
「さすが校長! やりますね!」
「……。」
校長室の密会を聞いていたのは幼なじみの瑞樹。
瑞樹だけは夜月の味方で、夜月の祖父とは幼いころからの付き合いで、日本民主党のような嘘の主張を信じなかった。
そのようなことをする人じゃないことくらい、付き合いの長い瑞樹だからこそ知っていたから夜月の味方をした。
今でも夜月の祖父の無実を訴えるべく、同じ少年野球チームの後輩の木下や井吹、弟の水瀬光太郎を中心に学生運動もした。
そして受験シーズン、夜月と瑞樹だけ東光学園に合格し、神木中の生徒は二人以外全員落選した。
原因は民度の低さと性格や行動と言動の悪さだった。
誰がどう見てもそれが明確なのに、同級生の中でも野球で天才と言われ始めた植木は悪魔の子と嫌っていた夜月が合格したことを気に入らなかった。
「くそっ! 何であんな奴が合格で俺らが全員不合格なんだよ!」
「私たち……天才じゃなかったの?」
「差別主義者の悪魔の子の癖に……あいつさえいなければ……!」
「まだわからないんだ?」
「水瀬……」
「そうやって誰かのおかげで強くなったのに自分の手柄にして、他人のミスを責めた上に自分のミスを他人のせいにして、努力したのに報われないのは世の中がおかしいと思ってる時点で東光学園に入れなくて当然だよ? 私は晃ちゃんだからこそ正義感が強く、カッコよくて優しい人だから入れて当然なんだよ。自分たちの悪いところに目を背けて、他人のいいところを見ようとしないで悪いところばかり見る。その悪い癖を直した方がいいよ?」
「何よ! 選ばれたあんたなんかに言われたくないわよ!」
「水瀬……てめえ!」
ガシッ!
同級生たちが瑞樹に論破されたことに怒りを覚え、感情的になって殴りかかろうとする。
すると幼い妹の暁子を連れた夜月がそれを素手で制止する。
瑞樹は夜月の顔を見てホッとし、助けられたことのお礼を言う。
「晃ちゃん、ありがとう!」
「何があったか知らないが、指摘されたくらいで暴力はよくないぞ。それとも他人の暴力は許せなくて自分たちの暴力は正義だから許されるのか? だとしたらお前らの方が民主党に染まった偏った思想の差別主義者だ。今なら見逃してやる、とっとと消えろ」
「へえ……ちょうどいいカモいんじゃんか。おいガキ!」
「ひっ……!」
「お前の兄ちゃんのせいで俺たちは夢を奪われちまったんだ。悪いけどお前には犠牲になってもらうぞ」
バシッ!
「痛いっ!!」
「暁子ちゃんっ!」
「痛い……! 痛いよお……!」
「暁子っ! てめえら……!」
「動くな! 動くとこのガキをぶつぞ!」
「卑怯な……!」
「どうするの?」
「女子はこのガキに正義の鉄拳を下せ。俺たち男子は水瀬を犯す。目の前で大事な女を奪われたらさすがのあいつも心が壊れるだろうよ」
「いいねそれ! 夜月、いや、悪魔の子よ、お前の正義もここで終わりだ……」
パシーン!
「痛い! いやーっ! やめてーっ!」
「暁子ちゃんっ!」
「おっと! お前の相手は俺たちだ! しかしいい体してんな……」
「どうするよ?」
「決まってんだろ。こいつを孕ませて寝取ってやるのさ。幼なじみだか何だか知らねえが、よくも邪魔しやがったな。早く脱がせて犯すぞ」
「やめて! お願いだからやめて!」
「瑞樹! てめえら……もう許さねえ! 暁子と瑞樹を泣かせんじゃねえ!」
暁子は女子に殴られ、瑞樹は男子に服を脱がされたり首を絞められたりした中で、夜月はついに激怒してしまい、手に持っていたバットで同級生たちを薙ぎ払った。
夜月は怒りのあまりにバットを振り回し、暁子と瑞樹から離れさせて同級生たちを撤退させる。
それでバットを絶対に体にぶつけないように心掛け、防犯カメラの存在に気づいていたのであえて近い距離で空振りして追い払うことで潔白性を見せた。
暁子は真っ先に夜月に抱きついて大泣きし、瑞樹は助けられたことに安心して座り込んで泣きじゃくった。
その翌日、夜月と瑞樹は校長に呼ばれて尋問される。
「さて、うちの生徒を傷つけた落とし前をつけてもらうが、君から何か言う事はないか?」
「だからさっきから言ってんだろ。俺はバットを確かに振り回したら体には当ててねえ。防犯カメラの映像も見てねえのか? それに通行人の証言も聞いてねえのか?」
「黙れ。たったお前やお前の妹や幼なじみ3人ごときよりも、100人以上もいる我が校の生徒の夢と将来を奪った代償を払っただけなのに暴力を振るった。それは許されることではない。」
「先に妹や水瀬さんに手を出したのはあいつらで……」
「悪魔の子の分際で私にクドクド言い訳をするんじゃない! いい加減に罪を認めてあいつらの犠牲になりたまえ! それとも……私の面子を潰すのかね?」
「痛っ!」
校長は夜月を脅迫するかのように罪を擦り付け、多数いる生徒の将来を優先して被害者の人権を奪おうとした。
八つ当たりのごとく手元にあったペンを夜月の右目に投げつけ、当たり所が悪ければ目が出血して失明しかねない事件になりかけた。
右の眉から血を流し、完全に頭にきた夜月は舌打ちをして校長を殴りかかる。
「ああそうかよ…… !真実よりも自分の名誉や多数の加害者を庇うのかよ! だったらもう遠慮はしねえ! ぶっ殺してやるよ!」
「ぐはっ……!」
「晃ちゃん! やめて!こ れ以上やったらもう信じてもらえないから!」
「はあ……はあ……!」
「いたた……! 暴力だ……こいつ校長に暴力を振るった! 東光学園の入学を取り消しだ! お前の将来をぶっ潰してやるーっ!」
「てめえ……いい加減に!」
「晃ちゃん! もうやめて!」
「瑞樹……」
「私に任せて……? 校長先生、本当にそれで名誉は保たれるんですか? 間違った教育方針で本当に川崎市はよくなるんですか? こんな教育ではいつか遠い将来には……国民の反感を買って二度と立ち直れない罪を背負うことになりますよ? それに……自分はよくて他人はダメなんですか? それって普通に差別だと思いますが?」
「水瀬くん……君は水泳でよく学校の宣伝をしてくれた。こんな悪魔の子なんか見捨てて自分中心に生きたまえ。それに……あいつのやってることはすべて悪だ。我々は正しいことをしている。世の中を直すためには自分さえよければそれでいいのだ。劣った人間や悪の思想を持つ人間を救うなんてバカバカしいのだよ」
ぺシーン!
瑞樹は校長の狂った思想に限界を感じ、目に涙を浮かべながらついに校長の頬に平手打ちをした。
校長はあまりの出来事に驚いて無言になり、しまいには瑞樹に大粒の涙が流れていた。
そして校長はまた声を荒げて二人を大声で罵る。
「本当に最低っ! 自分だけよくて他人のはダメなんて……そんなの信じられないっ!」
「な、なーっ! 女に暴力振るわれた! これだから女は面倒くさいんだ! お前ら二人は卒業式に出ることは許さん! 退学だ! この学校から出ていけ! 警察に通報してやるーっ!」
こうした事件があり、夜月は校長に全治一カ月のケガを負わせた罪で夜月は傷害罪として逮捕された。
瑞樹も校長に平手打ちしたことで水泳部を強制退部、二人は卒業式に出席することを禁じられた。
そんな中だった――
東光学園の理事長がその様子を防犯カメラで見ていて、『暴力はよくないが正義感あふれる二人を東光学園にぜひ欲しい』と特別推薦で入学を許可し、野球部の石黒監督も夜月の観察眼を見抜いてスカウトした。
理事長と石黒監督は夜月をどうしても欲しいと両親に説得、そして学校の評判は5つ離れた姉の都子と3つ離れた兄の輝明のラブコールもあって入学が叶ったのだ。
これが夜月の壮絶すぎる中学時代だ。
~回想終わり~
「というわけだ」
「そういや榊たちの稗原中も、俺の立花中も学校の名誉に溺れ、間違った正義感に溺れて悪に染まった連中が多くなったな……」
「多分だけど、じいちゃんが言うには川崎市のどこかに闇の力を感じるらしい。このままいけば横浜や都内も、最終的に日本全国、いや……世界中が西暦時代の二の舞になる可能性がある。だからこそ、俺たちの野球で日本中の目を覚まさせてやろうぜ」
「だな! 川崎国際はその集大成の集まりだ! 俺たちの野球であいつらの思想や民主党政権を否定してやろうぜ!」
「ああ!」
「夜月先輩、やっぱり残ってたんですね」
「尾崎! 朴! 木下に光太郎に井吹もか!」
「僕たちだけじゃないですよ。ほら」
「お前ら全員……!」
「兄貴の過去の事は全部俺たちで話したよ」
「だからお前ら全員、俺に気を使って勝とうと……」
「水臭いっすね先輩! 俺たちは全員で勝ちに行くんですよ!」
「あいつらのやってることは俺たちも反対だ!」
「我々出陣外の者も協力しせんじよう」
「先輩の意思、俺たちがスタンドで応援します」
「ベンチ外のお前らまで……」
「じゃあいっちょ、オイラたちの野球で甲子園に行き……」
「優勝して川崎市を取り戻すぞ!」
「おー!」
「みんな! 川崎国際の選手の情報を全部集めたよ!」
「おおー! さすがあおいだな!」
「お前ら……ありがとう!」
ベンチ入りメンバーはおろか、ベンチ外のメンバーも話を聞き、チームはより団結力を固くした。
そんな中であおいが川崎国際の情報をありったけ集め、夜月たち選手全員は居残り練習を遅くならない程度にして決勝に臨んだ。
夜月の過去は木下や井吹、水瀬から聞いていて、一般生徒も池上荘のメンバーから聞いてきた。
その結果、東光学園の全校生徒は夜月の事を全力で応援し、川崎市に対しての怒りと悲しみに溢れた。
決勝戦を迎えた翌日、始まったころにはとんでもないことが起こった。
つづく!




