第130話 パワー野球
5回戦の試合は東光学園と青葉学院になり、試合は乱打戦になると予想をしていたファンが多くいた。
とくに夜月や朴、清原に天童と打てる選手も多くいる中で、青葉学院は全員が積極打法なのでお互いにピッチャーは苦労するだろうという予想だろう。
そんな中でのスターティングメンバーは……
先攻・青葉学院
一番 セカンド 奏流院明由 三年 背番号4
二番 ショート 山井トキ 二年 背番号6
三番 センター 上原彩弥 三年 背番号8
四番 ファースト 佐倉響介 三年 背番号3
五番 ライト ウラジーミル・ボイド 三年 背番号9
六番 サード 長田羅王 三年 背番号5
七番 指名打者 ボビー・アームストロング 二年 背番号13
八番 レフト 金剛大 二年 背番号7
九番 キャッチャー 北斗拳士郎 一年 背番号2
ピッチャー 阿部貴和 三年 背番号1
後攻・東光学園
一番 ショート 木村拓也 三年 背番号16
二番 セカンド 山田圭太 三年 背番号4
三番 キャッチャー 天童明 三年 背番号2
四番 ファースト 夜月晃一郎 三年 背番号3
五番 レフト 朴正周 二年 背番号7
六番 サード 布林太陽 一年 背番号5
七番 指名打者 清原和也 三年 背番号13
八番 センター 木下泰志 二年 背番号8
九番 ライト 坂本大輝 二年 背番号18
ピッチャー 園田夏樹 三年 背番号10
――となった。
「今回は非力な尾崎と西野は控えに回ってもらう。あの阿部の重すぎる球と謎の威圧感には小柄な選手には怖いだろう。だが水瀬には幸い小柄とはいえ身長がまだある方だ。それに布林も痩せたとはいえ、体重は増えているだろうから重い球にも耐えられるはずだ。木村と坂本は西野と尾崎と比べたらある程度の筋力があるから今回は出てもらう事にした。青葉学院の積極的なプレーにやられず、自分たちらしい野球を貫いてきなさい!」
「はい!」
「いいねぇ! 相手のチームも筋肉が仕上がってる選手も多いね! 東光学園はうちのラグビー部とは永遠のライバルって聞いたから相当意識し合って筋力を強化したのかな? だとすれば監督として僕は嬉しいよ!」
「街雄監督! 俺たちだって負けてませんからね!」
「そうですよ監督! 俺たちは筋肉野球を信じてここまで来たんだ! 全力で出しきってやろうぜ!」
「そうだね。みんなはこんなにハードはウェイトトレーニングに耐えてきた。おかげで瞬発力や体幹もついてきた。それに柔軟性や持久力など技術的なものも兼ね備えられるようになってきた。野球は筋肉だけでは出来ないスポーツ、だからこそ基礎をしっかりやってきたってところも見せてあげよう!」
「はい!」
「整列!」
「「行くぞ!」」
「「おー!」」
整列をして主将の夜月と佐倉が握手を交わし、ついに試合が始まる。
園田が投球練習をして調子を確かめ、天童のボールバック後のセカンド送球は距離感を確かめるように流し気味に投げた。
いつもなら全力で投げるのだが、肩を壊さないようにするのと、いきなり全力で投げたら距離感が計りづらいというバッテリーコーチの指摘を受け、今の様な事をしている。
奏流院の打席でいきなり先頭ランナーを出されるも、山井と上原を簡単に三振にしてみせた。
奏流院は園田の本格的なピッチングとクイックの速さ、それにサウスポーでもあるので牽制のしやすさから盗塁はしなかった。
ここで四番の佐倉の出番だ。
「おっしゃ―! 来やがれ!」
「そんなに大柄ってわけでもないのに場外を放つバッターだ。あの天海や永吉でさえ手に負えなかったやつに園田はどうなるかな?」
「不安な割には勝負に出るんだな。天童らしい強気なリードだな!」
「ストレート……でやぁっ!」
カキーン!
「ファール!」
「あー! 入ったと思ったのにー!」
「今の当たりがポール際のファールで幸いだったな、天童」
「危なかった……! 佐倉の規格外のパワーは夜月から聞いてた以上だな。もしあいつの同じ寮に郷田が筋トレを教えなかったらいくら園田でも軽々打たれてたぜ。となるとインコース攻めだけだと甘く入りやすい。ボール球を利用してやるか」
「お前にしては賢いリードだな。球数は増えるがボール球を利用するのも一種の心理戦だからな!」
「甘い! もらったーっ! げっ……!」
「ファースト!」
「オーライ!」
パシッ!
「アウト!」
佐倉は甘く入ったストレートと見たものの、急に小さく内に曲がって佐倉は打ち取られた。
園田は左利きで左打者から見れば内側に来たのだ。
その球種は……
「まさかスクリューボールを身に付ける事になるとはな、天童」
「サウスポーだしシュートだけでなくスクリューも覚えればいいかなって思っただけさ。園田はカーブ系が投げれない代わりにスライダーをいくつも投げ分けるタイプだ。内側の球種もいくつかあった方がいいだろうなと提案したのさ」
「天童くん! 入院中ずっと勉強してたんだなー! 俺は感心したぞ~! 津田や吉永も天童の勉強熱心なところを見習いなさい!」
「う、うす!」
「はい!」
天童が疲労骨折の入院中に夜月が地元の書店の本店で買ってきたキャッチャーのリード論の本や、ピッチャーのタイプ別で向いてる投球術の本をずっと読み続け、園田がスクリュー、川口がサークルチェンジ、榊がパワーカーブを投げれるほどになった。
一方の青葉学院は東光学園の投手陣の進化っぷりに悔しさを覚え、『次は絶対に打つ!』と闘志を燃やした。
2回と3回、4回では乱打戦になると予想されてたが未だに投手戦が続き、ファンはあの打ち勝つ青葉学院が苦戦をしていることにざわついた。
東光学園はヒットが出るものの、パワーヒッター陣の朴と清原がパッとせず無安打になっている。
5回の表、夜月の打席が回ってきた。
「来い!」
「夜月さんはスラッガーなはずなのに長打が少ないのは意外だ……。一体なぜこんな中距離打者みたいな事をしてるんだ? とにかくこの人を打ち取ればチャンスメイクは出来ないはず」
「あのバッターはいい男だな……。俺の好みのタイプだぜ。それに色黒でもあるからボディビル向きで気に入った。俺と……全力勝負やらないか?」
「くっ……!」
「ストライク!」
「阿部の球がまた伸びた!?」
「むう……ナイスボール! 阿部先輩はタイプの男がいると燃えるタイプだったっけか。夜月さんの事を気に入ってるみたいだ。当てないようにしなきゃ」
「インコースでも内に寄りすぎないか、悪くない判断だな。後で夜月を誘ってジムに行くか!」
「あいつ俺を嫌らしい目で見やがって気持ち悪いな。あんなゴツい系のイケメンなのに残念なやつだな。早くこいつとの勝負を終わらせてやるか……おらあっ! あっ……!」
「ファースト!」
「おっしゃー! 捕ったぜ!」
「アウト!」
「打ち急ぎ過ぎたか……!」
「先輩、大丈夫ですか?」
「あいつの俺を見る目がいやらしくて……」
「あの人には気を付けてください、あの人は確か男色家で色黒で、筋肉質だけど細すぎず太すぎない男が好きみたいですから……俺が夜月先輩の分まで引導を渡してやるぜー! うおーっ!」
「朴もバットを握ると人格変わるのも充分変わり者だな……でも頼んだぞ!」
朴にはパワーヒッターとしてというよりは、青葉学院にはある因縁があった。
それは青葉学院を元々は受けるはずだったが、スカウトの目に留まる事がなく街雄監督以前の監督が堅守のチームで守備力を当時課題としていた朴は、推薦を受ける事が出来なかった。
そんな時に長打力が欲しいのと、『在日であろうと活躍できる場がある』と石黒監督のスカウトを受けてここに来た。
もし街雄監督の下なら青葉学院に入れたが、今は『受け入れてくれた東光学園に感謝して絶対に打つと』力んでしまっていた。
すると朴は一旦タイムを取り始める。
「タイム!」
「ふぅ~っ……!」
「朴、青葉学院戦が決まってから力みが酷いぞ。あの学校に何があったんだ?」
「いえ、別に悪い事はされてないっすけど……。当時の監督の思考でスカウトされなかったからお返しに後悔させてやろうと思ったんですが……街雄監督の下にいたら俺はもっと活躍できたんじゃないかって悩むうちに東光学園への感謝を忘れそうで怖いんです……」
「感謝か……俺も似たようなものかもしれないな。朴、お前は恩返しのつもりでいるなら縛られちゃダメだ。街雄監督はお前のプレースタイルに合ってる指導をするが、それでもお前を選びお前に合った指導をしてきたのは石黒監督だ。そしてお前を気にかけて世話をしてきた俺もいる。感謝だけでなく、ホームランでも何でもいいから繋いで勝つことが最高の恩返しだと思ってくれ。野球はホームランを狙うだけのゲームじゃないぞ」
「確かに……そうっすね。だったら俺は……俺は! ヒットでも何でも塁に出て先輩たちと長く野球をやるんだ! 来やがれコング!」
「バットを持つと雰囲気変わるのは知ってたが、熱血を取り戻すとは夜月さんは何者なんだ……? とにかく勝負はまずい、逃げ球で逃げましょう」
「そ、その方がいいな。俺よりも威圧感のあるのははじめてだ。本当に東光学園は……いい男しかいないなっ!」
「よし外した! これなら打ち取れ……」
「グレイトォォォォォーッ!」
「何だと……!? ライト! 追え!」
「ハラショー……!」
カコーン!
「入ったーっ! 朴正周! ライナー性の当たりでホームラン一直線だー!」
「うおぉぉぉーっ! 俺のおかげで……いや、みんなの応援のおかげで打てましたよ!」
「ナイスバッティング朴!」
「お前のパワーは本物だな!」
「朴! いい仕事したな! お前の尽くす心は国籍は韓国でも、心はもう日本人だ」
「夜月先輩……ありがとうございます!」
5回の表で朴のホームランで火が付き、布林がツーベースを放ち、清原がタイムリーツーベースで一気に2点目を取った。
さらに手首を強化した木下や体幹トレーニングでブレない身体を手に入れた坂本も阿部の威圧的な投球に慣れてきたのか打ち始めた。
しかし小柄な木村と山田は簡単にボールに押されて凡打に終わり、4対0で5回のウラだ。
5回のウラでは園田も味方の援護で静かに燃えて三者凡退に打ち取った。
6回の表で天童と夜月が連続フォアボールで出塁、朴のシングルヒットで満塁になった。
すると布林は天童の足を信じてベルトの調整という名のスクイズのサインを出した。
そして……
「お前を信じてホームまで走ってやるぞ!」
「走ったぞ! ランナー全員だ!」
「まさかスクイズか……?」
「パワーヒッターだけにいい格好はさせないよ!」
「しまった! バスターだ!」
カキーン!
布林はベルトの調整こそしたが、スクイズのフリしたバスターという隠れサインを出した。
それはベルトを直すだけなら確かにスクイズだが、パンツのウエストまで直すのはエンドランのサインも兼ねているからだ。
それを見抜いた天童と夜月、朴は一斉に進塁して6対0に。
7回まで試合が進み、青葉学院の反撃が始まる。
つづく!




