第129話 青葉学院と鷺沼学園
東光学園の次の相手として鷺沼学園と青葉学院のどちらかとなるので夜月とあおいはまた偵察に行く。
もちろん浅倉や桜井も一緒なので、実質女子しかいない中で、男子は夜月しかいないが本人はあまり意識していなかった。
桜井はなぜか少しだけ『ぷくー』っとしていたが、浅倉はそんな事を気にせずに手にノートを取る。
そんな試合のスターティングメンバーは……
先攻・青葉学院
一番 セカンド 奏流院明由 三年 背番号4
二番 ショート 山井トキ 二年 背番号6
三番 センター 上原彩弥 三年 背番号8
四番 ファースト 佐倉響介 三年 背番号3
五番 ライト ウラジーミル・ボイド 三年 背番号9
六番 サード 長田羅王 三年 背番号5
七番 指名打者 ボビー・アームストロング 二年 背番号13
八番 レフト 金剛大 二年 背番号7
九番 キャッチャー 北斗拳士郎 一年 背番号2
ピッチャー 阿部貴和 三年 背番号1
後攻・鷺沼学園
一番 セカンド 水瀬庵利 3年 背番号4
二番 センター 高槻弥生 2年 背番号8
三番 ライト 星井幹夫 3年 背番号9
四番 キャッチャー 如月早人 3年 背番号2
五番 レフト 矢吹勝 3年 背番号7
六番 指名打者 春日未来 2年 背番号16
七番 サード 双海亜季 1年 背番号5
八番 ショート 双海真季 1年 背番号6
九番 ファースト 伊吹つかさ 3年 背番号3
ピッチャー 天海春太 3年 背番号1
――となった。
「お互いにエースを出すんですかぁ~?」
「いきなり投手戦になりそうね……」
「高坂、一応青葉学院の攻撃力と鷺沼学園の守備力に注目してくれ」
「わかった」
「おっしゃー! 打って打って打ちまくるぞー!」
「負けないからな佐倉響介! はるばるロシアからホームラン競争しに来たんだからね!」
「味方にそう熱くなるなよボイド。チーム戦だというのを忘れるなよ?」
「そうだね。それよりも天海くんだけでなく他の選手も個性豊かだからどんな攻め方をするかわからないもの」
「確かにそうだな。けどみんなで打てば怖くねえ!いくぞ!」
「おー!」
「春太、キャプテンとしてみんなをまとめて?」
「うん! この鷺沼学園、甲子園を目指して精一杯苦しい事も楽しんだけど、これで最後なんて言わせない! 僕たちはあの攻撃的チームの青葉学院に勝つ! さあ行こう!」
「おー!」
整列をして礼をし、先攻の奏流院がバッターボックスに立つ。
奏流院は小柄ながら運動神経抜群のお金持ちで、青葉学院のウエイトトレーニングの器具を全て提供した本人だ。
おかげでラグビー部も野球部も全国レベルの筋力を誇り、徐々に結果を出しつつあるのだ。
天海は奏流院のプレッシャーをものともせずに三振に取る。
二番の山井は見た目こそ強そうだが白血病を患っていて、いつも『これが最後の野球だ』と言い聞かせて人生の最後まで野球を楽しもうとトレーニングした。
しかし三振に取られ、三番の上原もサードフライに終わった。
次は阿部による球威と謎の威圧感で鷺沼学園の打線は繋がらず、妙にマウンドが近くに感じていた。
4回の表、ワンボールのツーストライクでついに試合が動き出した。
「おっしゃー! 来い!」
「春太、ここまで全員三者凡退に抑え切っている。そんなに焦らずに佐倉くんのパワフルなオーラに負けないピッチングをしよう」
「変化球で逃げたくても、迷いのないフルスイングの前で逃げは通用しない。だったら勝負して勝てばいいんだよね!」
「真っ直ぐか!」
「残念だけど、春太のシュートは右バッターを詰まらせるほどキレがあるんだよ?」
「げっ!? シュートかよ! でも俺には関係ねえ! これが俺の全力だっ!!」
「カキーン!」
佐倉は少し詰まりながらもフルスイングで振り抜き、その当たりはレフトフライだと思われた。
だがレフトの矢吹は徐々にフエンス際まで後退し、次第にボールは伸びていった。
すると……
カコーン!
「入ったー!! 佐倉響介、なんという規格外のパワーだ! 外国人顔負けの詰まりながらの場外ホームランだぁー!!」
「うぐ……!」
「おっしゃーっ! 俺が一番乗りだぁーっ!」
「ナイスバッティング佐倉!」
「さすが響介だな!」
「次は俺が打つんだからな!」
ボイドの言葉はそのまま再現され、今度は左打ちのボイドによるライトへの場外ホームランが放たれた。
その次は右打者の長田による圧倒的威圧感で天海を怖がらせ、甘く入ったストレートをバックスクリーンを大きく越える特大場外ホームランを放った。
さらにアメリカ人留学生のボビー・アームストロングは腕だけで軽々と場外ホームランを放つ。
金剛にも同じ方向を打たれ、5打席連続場外ホームランを浴びた。
さすがの天海もメンタルに堪えたのか、どこに投げても打たれるビジョンが浮かんでしまい、赤羽根監督代行はピッチャーの交代を宣言。
背番号10で同じ三年の永吉昴がマウンドに立ち、慣れない左ピッチャーに苦戦した。
ようやくスリーアウトでチェンジすると、天海はナインが戻ると帽子を取って深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい! 僕がもっとしっかり投げていればこんな事には……」
「そんな事ないよ。春太は充分思い切り投げ抜いた。あいてのまよいのないフルスイングが偶然上手くいっただけだから」
「そうなの! パワーだけなら俺だって負けないの! 春太はベンチで休んで俺たちが無念を晴らす援護をするの!」
「みんな……ありがとう……! 本当に……ありがとう……!」
「天海……! いいかいみんな! 天海の涙を無駄にしないようにどんどん点を取ろう! どんな形でもいい、ホームランにこだわらず泥臭く点を取りに行こう! あんなに辛い練習にも耐えて楽しんだみんなならいける! このまま逆転してもう一度天海にマウンドに立ってもらおう!」
「おー!」
鷺沼学園は一度円陣を組んで気合いを入れ直し、攻撃に備えて素振りで確かめたりもした。
ここでカギを握るのは、阿部の謎の威圧感に全く動じないマイペースな星井だ。
星井は威圧感に対して全くの鈍感で、マイペースにツーベースヒットにしてみせた。
しかも星井は天才肌で天海や如月も含む三大ドラフト候補として名を馳せている。
それもそのはず、この三人は中学で出会い、そして堅い友情に結ばれたのだから……。
~回想~
「それっ! やぁーっ! それっ! はあ……はあ……!」
「もうこの辺にしておくの! じゃないと春太の肩が壊れてしまうの……!」
「それじゃあダメなんだよ。早人くんの弟は野球が好きでね……そんな弟の命日が明日なんだよ。明日の青葉学院戦だけは……どうしても勝ちたいの。一年の時に早人の弟の友人くんが幼くして事故で亡くなったの覚えてる……?」
「うん、覚えてるの。あの時に早人は何もかもふさぎ込んで退部しちゃったの」
「そうだね。でも早人くんは友人くんの遺言で、『甲子園に連れてってほしい』って小さい頃の約束を思い出してここまで来たの。それで天才キャッチャーの四条先輩を目のあたりにして自信を無くして別のポジションをやってたけど、ブランクはあるけど少年野球時代に下作延レンジャーズを追い詰めたことある本職のキャッチャーに戻って覚悟を決めていたんだ。僕が早人くんのためにも……エースとして甲子園に一緒に行きたいんだ!」
「春太……だったらわかったの! 俺も練習に付き合うの! 積極的に打ちまくるから覚悟するの!」
「うんっ!」
~回想終わり~
「友人……見てる? お兄ちゃん、もう少しで甲子園に行くから見守ってて……」
「それって友人くんが亡くなる前にくれた必勝祈願だよね?」
「うん。今でもこれをお守りにしていたんだ。僕はプロになる夢があるけど、高校野球としてはこれが最後って事にしたくない。みんなで勝ちに行こう、もう一人で背負い込むのはやめたから」
「早人……うん! だったら僕は精一杯応援するね! みんな! 頑張って!」
「春太の想いを無駄にしない……! 僕に気を使って何度も家まで訪れて一緒に野球をするって約束を交わしたから……! この三人と一緒にいられるのは今年で最後……来い!」
如月は執念のフルスイングを見せ、さすがの阿部も気迫を感じ取ったのか冷汗が流れ始める。
如月の執念は亡くなった弟への想いと、その事故で亡くなったせいでふさぎ込んでもなお支えてくれたチームへの恩返しを背負ってバットを握った。
すると……
「ふんっ!」
カキーン!
如月の執念の一振りは右中間を大きく越え、そのままスタンドインしてツーランホームランとなった。
如月はガッツポーズをしながら雄叫びを上げ、天国の弟にホームランボールを捧げた。
しかし反撃もここまで。
永吉の荒れ球が原因で甘く入った球をめった打ちにされ、ついに5回コールドの14対2となってしまった。
青葉学院の打撃力でダブルエースだった天海と永吉を打ち崩し、三番手ピッチャーのレベルでは手に負えないほどの破壊力を思い知らせた。
「鷺沼学園と青葉学院の試合は、14対2で青葉学院の勝利です。では……礼っ!」
「「あざっした!」」
「「ありがとうございました……!」」
「さっき聞いたけど、如月くんの弟さんの命日だったんだね……」
「気を使わせちゃったかな……?」
「ううん、ここで手を抜いたら弟さんは悲しむと思うから全力を出したんだ。勝ちたかったのにごめんね」
「いいんだ。こんなに全力を出して負けたんだから悔いはないよ」
「そっか……じゃあ鷺沼学園の分も、如月くんの弟さんの分も含めて次の試合に勝つね」
「うん……約束だよ……?」
天海たちは大粒の涙を流し、如月はお守りを握りしめて泣き崩れた。
これで鷺沼学園の夏は終わり、次の相手は青葉学院となる。
夜月たちは鷺沼学園のところへ行く。
「よっ」
「夜月くん!? 試合観てたんだ……」
「お前らと試合が出来なくて残念だよ。天海と如月の黄金バッテリー、そして星井の変幻自在なバッティング、そして永吉の本格的な投球、双海兄弟の鉄壁の三遊間、高槻のムード作り、水瀬の守備職人には苦しめられると思ってた。直接戦ってはいないが、俺たち東光学園もお前ら鷺沼学園の分まで勝つ。だから……試合を観に来てくれ」
「うんっ!」
「如月、お前の弟の墓を教えてくれ。俺も墓参りに行きたい気分なんだ」
「わかった。このチーム全員だけでなく、夜月くんやマネージャー三人も一緒に来て」
「感謝する」
鷺沼学園の夏が終わり、夜月たちは如月の弟のお墓参りに付き合う。
如月は泣きながら弟に今日の試合の結果を報告した。
すると如月にだけ不思議な声が聞こえた。
「お兄ちゃん、お疲れさま! 今日の試合はカッコよかったよ! また野球をする姿を僕に見せてね!」
「友人……?」
「どうしたの?」
「ううん、何でもない。じゃあ帰ろうか」
「うん」
「付き合ってくれてありがとう」
「ああ」
「試合で会おうって約束守れなくてごめんね。青葉学院だけでなく……東光学園も応援するね!」
「ありがとな天海。よろしく頼むぜ」
(友人……お兄ちゃんは最高の仲間に出会えたよ。だから……プロになったら必ずもう一度会いに行くからね……)
こうして鷺沼学園の夏は終わり、夜月たちは青葉学院との試合に備える。
つづく!




