第128話 勝つのは俺だ
延長戦に入り10回の表、3対3で九番の尾崎がバッターボックスに入る。
山中はいくら打撃が苦手で今試合ではノーヒットといっても、意外性のある選手が多いこの学校だからこそどんなに格下でも手を抜かないと心に決めている。
その結果、尾崎はサードゴロに倒れて次の山田がバッターボックスに立つ。
「すみません先輩、このままじゃあ先輩方は……」
「自分を責めるなんて尾崎らしくないぞー。オイラが塁に出るから後は任せるんだぞ」
「うす」
「来い!」
「このチビもノーヒットだが、尾崎や西野以上に足が速いから内野安打ギリギリのアウトばかりだ。もしこいつに内野安打で出塁されたら盗塁の可能性もある。警戒していくぞ」
「その方がいいな。山田はこの大会で何度も盗塁してきた。スタートが遅いが足の速さでカバーできるんだし、三振かセカンドゴロに打ち取ってやる!」
「スライダー……」
パシッ!
「ボール!」
「いいぞお俊介! 今のは悪くないコースだ! へえ、今のを見逃すんだな。こいつに長打を打つほどのパワーはないし、外野は前進……いや、こんな意外性のあるやつって案外上手くミートして後ろへ飛ばすんだっけか。定位置のままでいこう。次は……」
「インコースにストレートか。サードやショートに来ても知らないが、詰まってもらえば問題ないな!」
「真っ直ぐ……くっ!」
「ファール!」
「何という球威なんだよー。凄く痺れてくるぞ……」
「山田! 腰と下半身が使えてないぞ! プレッシャーを感じるのはわかるが無理に目立とうとするより山田らしいプレーに集中するんだ!」
「夜月……オイラは野球で一番大事な事を忘れてたぞ。野球はとにかく何でもいいから多く塁に出て味方が打って多く点を取るスポーツだったな。独りよがりはよくないな。改めて……来い!」
「さっきの震えがなくなった……? これはまずい、アウトローでいったん外そう」
「真っ直ぐでいいんだな? それなら速球で判断を早まらせてやるよ! あっ……」
「バカ! そんな球威だと微妙に軌道がずれて……」
「もらったぞー!」
カキーン!
山田の打球は右中間を大きく抜け、パワーがないので遠心力を利用して遠くにボールを運んだ。山田は一気に三塁まで駆け抜け、ついにスリーベースヒットを打った。
これで山中を最初に攻略した山田は自信が湧き、次の西野にあるサインを出す。
西野は小さくうなずいてバントの構えをする。
沢田と山中はバントの構えという挑発には乗らずに低めの球で勝負する。
しかし山田のホームスチールのフリで揺さぶられた山中は高めの棒玉を投げてしまい、西野にジャストミートされてセンター前へ。
これで勝ち越しの4対3になり、西野は小さな声ながら雄叫びを上げた。
三番の天童はフォアボールでランナーが一塁と二塁、チャンスの場面で夜月の打席だ。
「勝負だ俊介! 去年お前の打球で俺の方までホームランを打った借りを返してやる!」
「望むところだ。お前を打ち取って俺たちはもう一度甲子園に行く。お前のチームワークは本当に苦労をするぜ、夜月!」
「さすがにあいつは問題ないな。めっちゃ熱くなってるけど冷静さは失っていない。だがクマとうっちー、野田と南は熱くなりすぎて三振を取る事しか頭にないな。俺が冷静にならないとあいつまで理性を失っちまう。夜月はチャンスに強い男だ。慎重に行くぞ」
「ツーストライクまで勝負に出ないか。確かにチャンスに強い夜月じゃあその方がいいな!」
「うっ……!」
「ストライク!」
「高めなのに急に伸びたから判断が……」
「ナイスボール!」
夜月と山中は試合中ずっと熱くなっていて、お互いの事をライバルと意識しているからこそ本気で勝負が出来る。
山中は夜月の時は調子が上がり、夜月はこれまで一度もヒットを打てていない。
夜月はロビンに教わったことを実践すべく、ある行動に出始める。
「あいつバットを短く持ったぞ……?」
「夜月先輩が本気で打つときはいつもバットを短く持つんです。でも夜月先輩は『短いバットで長く持っても意味はないし、グリップの本来の役割は滑り止めと、すっぽ抜けを抑えるためのガードだ』って言ってました。それに『無理に長く持つと重みで手に負担がかかって、手首のケガに繋がりやすい』とも言ってました」
「そして兄貴は腕が長めで普通に持って振ったらインコースに詰まってしまうんです。自分の弱点を知ってるからこそ対策をして下作延レンジャーズの不動の四番を飾ってたんです」
「さらにお兄さんは相手ピッチャーが強いほど燃える性格で、相性がどんなに悪くてもベンチにいる間は観察して相手の癖や心理を見ようとして研究を重ね……」
「ツーボールにツーストライク。これで終わりだ夜月!」
「よし! フォークが上手く決まったぞ! おまけに打ちに行ったしこれで三振……」
「もうお前のフォークは見抜いたんだよ! 手元に落ちるようだが変化量が榊より足りねえんだよ!」
「何だって……!?」
カキーン!
夜月は体勢を崩しながらも強引に引っ張り、ライトのファールラインギリギリに打ってフェアにしてみせる。
西野と天童は俊足なので一気にホームへ還り、夜月はツーベースヒットで追加点を稼いだ。
夜月は本当なら喜びを爆発させたいところだが、あえてクールに振る舞って試合はまだ終わってないという態度を取った。
山中もそれを理解していたのか夜月を見つめながら微笑み、『逆転サヨナラにしてみせる』とグローブを前に突き出した。
しかし後続は続かず、朴は三振に清原はピッチャーフライになった。
10回のウラ、ついに石黒監督はまた動き出した。
「タイム! ピッチャーの交代をお願いします。鈴木に代わって、井吹!」
「僕ですか……?」
「井吹は抑えピッチャーとしてメンバーに入れている。そしてキャッチャーも交代するぞ。ファーストの夜月がキャッチャー、天童から交代で野村だ。サードに前沢から布林に交代も!」
「はい!」
「野村、お前のデビュー戦だな。左利きのファーストだからある程度有利になるし、お前の捕球力やカバー力は俺以上だから頼りにしているぞ」
「ありがとうございます! 夜月先輩もキャッチャー頑張ってください!」
「布林の安定した送球なら少なくともハーフバウンドは来ないから安心してくれ」
「さらっと僕にプレッシャーをかけるなんて怖いですよ夜月先輩」
「大丈夫です。夜月先輩は布林くんの送球の安定感と球速、そしてコントロールのよさを評価しています。それほど捕りやすいから保証はすると言ってるんです」
「期待されてるって事だね。そう言われると自信が湧いてきたよ。野村先輩、全力でアウトを取りに行きますので一緒に頑張りましょう」
「お、おう。よろしく頼んだぞ」
井吹と夜月は高校野球公式戦で初バッテリーとなり、山中は夜月がキャッチャーになった事に驚いた。
千里も『そんなの聞いてない』と驚きの表情を隠せず、夜月の研究を今から始めた。
井吹の武器はコントロールと豊富な投げれる変化球で、変化球だけでもスライダーとカットボール、カーブとパワーカーブ、チェンジアップとフォークとナックル、シンカーとシュート、さらにツーシームと球速と球威のなさをカバーできるほどのものだ。
現に南と沢田を簡単に見逃し三振にしてみせ、東光学園の投手陣の層の厚さを感じさせた。
そしてついに山中の打席だ。
「夜月、まさかお前がキャッチャーをやるとはな。去年の天童のケガが原因か?」
「まあそうだな。おかげで本を読みまくったり、相手の癖を見抜く勉強したり大変だったぜ」
「だろうな。だが悪いな、俺は過去に野球をやめてから今野球をやれる事に感謝するようになった。勝利の女神は訳ありの選手に優しいと聞いたからな。いくらお前が頑張っても俺は負けねえぞ」
「それはこっちのセリフだ。俺だって中学で恵まれず助けてくれる人が少なかったからな。俺とお前は似た者同士かもしれないな」
「かもな……。さて、話は試合の後にするぞ。ここで決着をつけてやる」
「山中はここまで全打席ヒットを打っている。だが後続がなかなか続かないとはいえ、熊井は一発があるから打たれても逆転はギリギリないが、お前の打たれ弱さからしたらここで打たれるのはマズい。ここはやはり……」
「様子見で一度外すんですか……? 貴重な球数を使ってまで僕に気を使うなんてさすがです夜月先輩。だったらカットボールでいきますね!」
「真っ直ぐ……打てる! くっ……!」
カキーン!
「ファール!」
「微妙に変化したとかカットボールか。俺の打ち気を読んでるとはやるな」
「次はアウトコースとはいえ高めにしておこう。変化球はいらないからストレートだぞ」
「高めを投げろと要求するなんて僕のコントロールによっぽど信頼しているんですね。期待に応えなきゃ……後輩失格ですね!」
「ギリギリボールか……? いや、入ってる! くっ!」
「ストライク!」
「クソ……まさかストライクとは……! あいつまさか……!?」
「正直ギリギリだった……。これでストライク取れたのはラッキーだったな。あらかじめ味方につけた楊には感謝しないといけないな。あいつには後でお礼を言おう。最後はお前が新たに取得したアレをやるぞ」
「ナックルボール……! 確か夜月先輩が一年の時に抑えをやってた斉藤敦先輩の新魔球ですね。まだただの棒玉になるかもしれませんが、このリベンジの試合で負けたら夜月先輩は引退……! いやだ……夜月先輩ともっと野球がしたい……! ここで逃げたら……絶対に後悔するんだ! やってみせます……魔球ナックルを! それっ!」
「腕の振りが早いならストレート……なっ!? ボールが全然来ないし軌道が不規則……! こいつまさか……くそっ!」
パシッ!
「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!」
「三振だー! 東光学園、去年の雪辱を果たす横浜工業の山中を攻略したー! これでリベンジを果たし、5回戦進出が決定だ!」
「おっしゃー!」
「勝った……勝ったんですか……?」
「井吹くん! 君がこの試合を抑えて締めくくったんだよ! 君はもう身体が弱いピッチャーなんかじゃないんだよ!」
「やったぞぉーっ!」
「よし! 整列だ!」
「6対3で東光学園と市立横浜工業の試合は、東光学園の勝利です。では……ゲーム!」
「「ありがとうございました!」」
「「っしたー……!」」
「やられたぞ夜月、まさかお前は短期間でキャッチャーを習得するとはな」
「自己犠牲をしたつもりはないが、本職の外野を後輩に任せてまで頑張った甲斐があったぜ」
「くそ、やっぱり悔しいわ……! 夜月、俺はこれからプロ野球選手になるためにドラフトを受ける。そして……あのマネージャーに今度こそプロポーズしてみせるから応援頼んだぞ」
「見せつけてくれるじゃねえか。フラれたりしたら許さんからな? たまにはうちの学校に見学に来いよ?」
「ああ」
夜月と山中は堅い握手を交わし、野球を通じて深い友情を育んだ。
横浜工業の選手たちは大粒の涙を流し、不良たちでも『やれば出来る』というのを高校野球ファンに感動を呼んだ。
試合終了後は拍手に見舞われ、横浜工業にとっては大きな自信にも繋がった。
そして山中と千里は……
「千里、すまねえ。お前をもう一度甲子園に連れてやれなかった」
「いいんだよ……? 俊くんのカッコいいところと、キラキラしてたところを間近で見れたから嬉しかった。私こそ夜月くんの成長過程を見抜ききれなくてごめんね。私も……俊くんと一緒に戦って甲子園に行きたかった……! 悔しい……悔しいよお……!」
「千里っ!」
山中は千里を思いきり抱き締め、千里は山中の胸の中で涙を流して泣いた。
山中も甲子園の夢はここで終わり、高校野球を引退したことで涙を流し、最後に帰る前に夜月に『甲子園に行って来い』と約束を交わした。
次の相手は鷺沼学園と青葉学院の勝者となる。
5回戦まで来ると強豪校しかいなくなる中でどこまで進めるのか?
つづく!




