第127話 リベンジ
ここ保土ヶ谷球場で横浜工業との去年の夏のリベンジの試合が始まる。
両校とも燃え上がっていて、夜月は去年は山中に打ち取られていたので『リベンジを果たす』と燃えていた。
一方の山中も『夜月が最近覚醒した』と聞いて闘志を燃やし、千里の情報力をすべて使って東光学園の攻略を臨む。
そんな中でのスターティングメンバーは……
先攻・東光学園
一番 セカンド 山田圭太 三年 背番号4
二番 ショート 西野崇 一年 背番号6
三番 キャッチャー 天童明 三年 背番号2
四番 ファースト 夜月晃一郎三年 背番号3
五番 レフト 朴正周 二年 背番号7
六番 指名打者 清原和也 三年 背番号13
七番 センター 木下泰志 二年 背番号8
八番 サード 前沢賢太 一年 背番号24
九番 ライト 尾崎哲也 二年 背番号9
ピッチャー 楊舜麗 二年 背番号11
後攻・市立横浜工業
一番 センター 野田誠 三年 背番号8
二番 セカンド 南春雄 三年 背番号4
三番 キャッチャー 沢田仁 三年 背番号2
四番 指名打者 山中俊介 三年 背番号1
五番 サード 熊井輝也 三年 背番号5
六番 レフト 内山信良 三年 背番号7
七番 ショート 犬塚弘 二年 背番号6
八番 ライト 柴田浩二 二年 背番号9
九番 ファースト 小野淳平 三年 背番号3
ピッチャー 大木大介 一年 背番号10
――となった。
「やはり山中くんを温存しますね」
「高坂の情報力は相手チームの戦力や今のステータス、さらにプレースタイルではあるが、小田さんはそのさらに上の相手や味方の未来の成長力や心理状態、さらに性格まで把握している高坂の上位互換だ。あの子にうちは去年は研究されてしまった。だが夜月世代の成長力は恐ろしいぞ。今までの試合でまだ本気を出していない」
「それに強打の不良チームなら精密機械で審判を味方につけるのが上手い楊くんなら相性がいいかもしれません。そして威勢には威勢をと前沢くんですか?」
「前沢は正直守備はまだ早いところがある。それも大事なリベンジなのに初心者ときたもんだ。だが前沢の意外性や土壇場のパワーは横浜工業にとっては厄介になるだろう。これは夜月の助言だがな」
「そうなんですね……みんな! この試合は去年の夏のリベンジだけど、そこまで意識しすぎて甲子園という目的を見失わないでね!」
「もちろんだぞー!」
「が、頑張ります!」
「燃えてきたぜ!」
こうして試合が開始され、先頭バッターの山田が打席に立って大木の投球を研究する。
山田は一番バッターにとって一番重要な選球眼を身に付け、大木は猪突猛進なプレーで直球勝負が多いと見た山田はすかさず甘い球を見逃さずに出塁。
西野が送りバントをしたものの、熊井が出遅れて足が速いのも相まってヒットに。
三番の天童と四番の夜月は打ち取られてしまったものの、朴がタイムリーで1点先制。
その後の清原がファーストフライでチェンジ。
守備では楊がいつもの精密なコントロールで三者連続で見逃し三振を喫した。
球速は大したことはないが、その際どいコースを上手く使い分けて投げるので入ってないように見えるが天童の捕球力でストライクにしてみせた。
「夜月……面白い奴をピッチャーにしてきたな。千里、あのピッチャーの事はわかるか?」
「えっとね、楊舜麗くん、二年生。台湾からやってきた精密機械。ポーカーフェイスで取り乱す事はない。弱点は球速が遅くて慣れれば打てるけど、その細密なコントロールで審判を味方につけ、どんな強打者も見逃し三振にしてみせたんだ。それと試合前のルーティーンでメガネを調整するみたい」
「ならそのメガネをかち割ってやろうぜ!」
「やめておけクマ。そんなことしたら面白くないだろ」
「仁……確かにそうだな」
「どうする俊介?」
「甘い球はあいつには一切来ない。そうなったら際どい球でもアウトになってもいいから積極的に振っていけ。それで連打が出ればいくらあのロボットメガネでも内心焦ると思う」
「俊介……おう!」
「天童先輩、相手ベンチからロボットメガネって言われたんですが……」
「ははっ、それほどお前のコントロールのよさを認めてんだよ。自信持って投げていけばいいさ。それに打たれるの分かってるなら、あれをやるか? 松井先輩直伝の変則ストレートを」
「ムービングボールですね。メジャーリーグではよく使われている動くストレート、試してみます」
楊と天童の話し合いの結果、ムービングボールを上手く駆使して5回まで無失点に抑え込んだ。
一方の攻撃では6回の表で打線が爆発し、大木の直球勝負の時の癖がこの回で夜月によって見抜かれたされた。
「何で俺の球がこんなに打たれるんだ……? 俺のストレートは無敵じゃなかったのか……!?」
「しかし夜月、よくそんな癖を見抜いたな!」
「ヒントをくれたのは高坂さ」
「私?」
「試合前に教えてくれたろ? 『大木は直球勝負派のピッチャーで、中学時代は外野手だった』と。んで『高校入学でピッチャーにコンバートしたてだから変化球を覚えたてだ』と」
「確かに偵察の時に言ったね」
「だからあいつは変化球の際に確認のためにいちいちグローブをチラ見してしまうんだ。ただあのキャッチャーの沢田ってやつ、めっちゃ冷静に物事を判断するから早かれ遅かれ気付くだろうよ」
「悪い、タイム」
「タイム!」
「大木、お前ストレートしか投げれなかった事が相手にバレてる可能性があるぞ。変化球覚えたてで慣れないピッチャーで苦労してるのか悪い癖が出たようだ」
「マジっすか……!?」
「そんなに不安ならストレートの握りも確認しろ。正直お前のストレートは握りが不安定だから内外のどっちに小さく動くかわかんねえからよ」
「やってみるっす!」
「はあ……どうやら3点目にして沢田にバレたみたいだな」
沢田の冷静な分析の結果、大木の悪い癖は上手く利用されて三者連続の三振。
6回のウラでも楊のピッチングが安定し、いくら癖を見抜いたとしてもあのコントロールでは審判も敵に回ってるようなもので打っても打ち切れない。
そこで7回の表で横浜工業に動きが出る。
「横浜工業のピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャーの大木くんに代わりまして、ピッチャー山中くん」
「俊くん頑張って! 愛してるよー!」
「ああ、いってくる」
「うるせー! 試合中に惚気ようとすんじゃねー!」
「相変わらずの嫉妬だな」
「幼なじみで恋人とか羨ましいなクッソ!」
「リア充め!」
「しかも親と一緒とはいえ同居してんだろ!?」
「顔もいいしムカつくー!」
「お前ら黙れ。いいから試合に集中しろ。何だかんだ言っても援護してるの見えてんだよ」
「仁……わかったよ。いいか俊介! 簡単に打たれたら千里ちゃんとデートさせろよな?」
「ったく面倒だな……」
「来やがったなヤンキーエース……!」
「去年もあいつがマウンドに上がってからノーヒットに終わったっけな……」
「そうっすね……。あの人だけは打ちたいって思ってました……」
「西野、あいつのスライダーとシュートの使い分けの上手さには気を付けろ。西野のボールを見極める目ならコースに逆らわずに打てるだろうからな」
「は、はい! わかりました!」
7回の表になると大木からエースの山中に交代し、西野と天童はファーストフライとセンターライナーに終わった。
山中最大のライバルである夜月を相手にするとより気合いが入り、いつもの投球にノビとキレが増した。
そんなに燃える理由は中学時代にあった……。
~回想~
「嘘だろ……!? 親父が母さんを殺した上に借金を残して失踪だと……!?」
山中は父に母を殺された上に多額の借金を背負わされ、おまけに失踪したせいで借金が山中自身に肩代わりされてしまっていた。
そのせいで毎日借金取りが山中の家に押しかけ、財産という財産を全て没収され、宝物であるグローブやバットも押収されてしまった。
その結果……少年野球で夜月率いる下作延レンジャーズを苦戦させるほど将来性のあるピッチャーは野球をやめ、そして大人である教師を信用できなくなって不良となり、喧嘩と万引きに明け暮れてしまった。
しかも抗争相手には黒崎も含まれている。
中学三年の時、ついに年寄りを襲撃してしまって、少年法が廃止された新暦で少年刑務所に入所し、殺人未遂で済んだものの逮捕されてしまった。
そんな時だった……
「おい山中のお坊ちゃん! お前の借金が全部返金されたぞ! 本来なら利子をつけてやるのだが、子どもであるお前に罪はない事は俺も知っている。お前自身はあのクソ親父の借金を背負わずに自由に生きていいんだぞ。それと……借金を返済肩代わりしてくれたあの女に感謝するんだぞ。それからせん別代わりだ、押収したグローブとバットをメンテナンスして返してやるよ。俺もかつては高校球児だった。だからお前にはのびのびと借金を気にせずに野球をやってほしい。小田のお嬢さんに『ありがとう』を伝えるんだぞ。そうしたら借金はチャラにしてやるし、看守にも釈放してやれと頼んでやる」
「誰が大人を信用するもんか……。俺を騙して身売りさせる気なんだろ? 大人はズルくて自分勝手で嘘つきな奴らしかいないからな!」
「そうか、そんなに大人がトラウマか。ならお前が俺を信じるまでここを動かんからな?」
「勝手にしろ」
借金取りのボスの交渉の結果、山中はそれでも信じられずに牢屋から出ず、ボスは牢屋の前であぐらをかいて座って動かなかった。
食事もとらずに水も飲まずだったので山中は次第に心が動き始める。
一週間がたったある日、ボスは栄養失調で倒れて看守に救護室へ搬送される。
それに焦った山中は看守に『ここから出してくれ』と叫んで救護室へ向かった。
そこでボスに心を開き、ついに大人に対する本音を言う。
「俺だって……俺だって! 野球が好きだよ! 親父に教わった野球が大好きだよ! でもそんな大好きだった親父に裏切られてすげえ辛えんだよ! 俺は……どうしたらいいんだよ!?」
「山中くん……君に保釈金が出たから今日から釈放だ。借金取りや小田さんのお嬢さんがここまで支援したんだ。ちゃんと更生して私にも野球で活躍する姿を見せてくれ」
「うす……」
「そうだ、私の母校である横浜工業なんかどうだ? あそこの野球部は不良校ではあるが、新たに赴任した監督さんがかなりの名将だと聞いた。そこで甲子園を目指してみるといい。君のような前科持ちではどんな強豪校も雇ってくれないだろう。だが横浜工業は前科持ちの学生が多すぎるからきっと受け入れてくれるよ」
「看守さん……借金取りさん……ありがとうございました……!」
こうして山中は借金取りの協力もあって釈放され、横浜工業高校を受験して見事に合格した。
そして借金の金額の4億円を小田の祖父と父が全額払い、そして山中自身を養子として引き取ったのだ。
おまけに小田の父が大の野球好きで、山中の秘めた可能性に賭けてじっくり育て、小田から告白されて両親公認の幼なじみの恋人となった。
それだけでなく、なんとドラフト指名されたら結婚も許可すると両親公認の婚約まで決められたのだ。
しかし山中は野球から三年間も離れていたので、小田家で一年間かけて野球の勘を取り戻してから野球部に中途入部し、実力でエースになるほどにまでなった。
去年の夏にはこんな会話も。
「千里、俺をここまでにしてくれてありがとな。野球が出来ること、お前と付き合えたこと、借金や親の事を気にしなくて済んだことにすげえ感謝してる。だから約束するぞ、俺は甲子園にお前を連れていき、プロ野球選手になってお前と結婚する。小さい頃の約束、野球で果たしてみせるからな」
「俊くん……うん! 私、俊くんと結婚して、そしてすぐに赤ちゃん産んで、俊くんの野球人生を一生支えるね!」
~回想終わり~
そんな過去もあってか山中は野球が出来る事に対して東光学園野球部以上に感謝し、野球に対する想いが人一倍強かった。
そして山中はピッチャーながらもバッターにもなり、そのまま四番ピッチャーとなった。
その結果……
カキーン!
「山中が打った! これは大きい! 9回のウラで土壇場の同点スリーランホームラーン! ついに楊の制球力が攻略されてしまった! 去年の土壇場の逆転サヨナラが再来するか!?」
「うーむ……やむを得ん。タイム! ピッチャーの楊から鈴木で!」
「すみません、悪い流れのままあなたに託してしまって……」
「いいんだ。それよりも僕に任せて」
「ありがとうございます」
山中の同点スリーランホームランから楊は鈴木に交代する。
鈴木は背番号19で、楊ほどではないが制球力と伸びのあるジャイロボールが特徴のサウスポーだ。
投球練習を終えてからは三者凡退に抑え込み、悪い流れを断ち切る事が出来た。
このまま延長戦に入るが、悪い流れのまままた逆転されてしまうのか……?
つづく!




