第142話 合宿4日目・投手編
合宿の4日目は投手陣の強化に専念すべく、野手陣は投手陣の放った投球を容赦なく打っていく練習になる。
実戦形式で投げさせ、野手陣が打って走って投手との心理戦を制するために会えて全力でつぶしに来てもいい練習だ。
『ホームラン打つぞ』と前沢と清原は張り切って素振りし、朴もバットを握ると性格が豹変して気合いを入れ始めた。
一方のキャッチャー陣はピッチャーの調子や内野のランナー状況などを把握すべく、守備の連携での指示出しやピッチャーへのリード面を鍛えるべく、あえてランナーをランダムにしてアウトを多く取る練習もさせる。
夜月はキャッチャーも出来るのでキャッチャーの方へ練習に入った。
「組む相手はランダムで行くぞ! 夜月、一度エースである榊や園田の球を受けてほしい。天童は一年の佐藤を頼む。津田と吉永で中継ぎの川口や井吹、楊の球を頼む。野手と兼任している木下、木村、田村、野村、水瀬、坂本もいつでも投げれるように準備をしてくれ」
「はい!」
「そういや二人と組むのは俺ははじめてだな」
「そうだな。夜月は経験不足だから心配だが、頼りにしているぞ」
「俺もフォークに磨きがかかったから夜月に捕れるかな?」
「自分用のファールカップ買ったからもう大丈夫だ」
「わざわざ買ったんだな。まあチーム用にすると不潔だし何か病気が移るかもしれないしな」
「いくら自分で洗ってるといっても他人に貸すのは俺も嫌だな……」
「だから買ったんだよ。ただ俺はスパッツ派だからファウルカップ用サポーターもある」
「スライディングパンツが苦手だったんだな」
「まあな。それよりも球種は何だ?」
「俺はストレートと最近覚えたツーシーム、スライダーにカットボール、シュート、そして最大の武器のフォークだな」
「俺はストレートとツーシーム、スクリュー、スライダーの数種類、そしてカーブだな」
「なら榊はグーでストレートとツーシームそしてシュート、チョキでスライダーとカットボール、パーでフォークだ。園田はグーでストレート、チョキでスライダー系とカーブ、パーでツーシームとスクリューボールだな」
「わかった」
「頼んだぞ」
サインが決まり、夜月は東光学園打線を相手にはじめてキャッチャーとしてピッチャーをリードする。
夜月はコースについてはミットの位置でピッチャーに委ねる事にし、あえてサインを複数も覚えない事でシンプル化させていた。
ピッチャーもあんまりサインが多いと覚えきれないし間違えやすいのもあり、夜月の少ないサインで選択権をもらう事にありがたみを感じた。
ただそれはピッチャーも連帯責任になりうるのでプレッシャーも多少なりとも感じる榊と園田だった。
それでもさすがはエースコンビ、それをものともせずに多くの打者を三振に取り、ヒット一本も許さなかった。
しかしピッチャーの実力だけではない。
パシーン!
「ス、ストライク!」
「え? 今のストライクなんですか!?」
「どうした前沢、そんなに不満か?」
「ぐぬぬ……! 誰だ審判を味方につけたのは!」
「前沢、キャッチャーはピッチャーを楽にさせてなんぼだぞ。言っておくがインチキはしてないからな?」
「もういっちょ来い!」
「ダメだ! 交代だ!」
「ちくしょー!」
「あいつのミットって何かめっちゃいい音鳴らすよな……」
「それに捕る時に一度ミットを下に降ろさないでそのまま捕るんだな」
「的を絞らせるためにあえて降ろさないって前に言ってたぞ」
「マジっすか天童先輩!? 俺もそうしようかな!」
「それに何つーストライクですよアピールだよ。際どいところを捕った瞬間に止めて見せつけるとか審判にアピールしてるな」
「津田も吉永も川崎でさえ知らないか。あれは去年卒業した田中先輩のアドバイスだよ」
「ほえー……」
夜月のキャッチャーとしての姿勢を天童が後輩に伝える。
後輩たちは夜月が短期間で勉強し、天童が怪我したために自ら志願してキャッチャーを覚えたことに後輩たちは尊敬した。
結果は榊と園田はノーヒットに終わり、次の天童と佐藤に交代する。
結果は佐藤はアンダースロー特有の投球に加え、どんな時もニコニコしていてバッターから見て不気味に見えたり、コントロールも楊に負けない精密さ、スタミナ面もポーカーフェイスなのか問題なさそうだ。
中継ぎの井吹はコントロールと多彩な変化球、そして夜月が少年野球時代に教えた不規則なストレート、及びムービングボールで打者を迷わせた。
井吹は縦に落ちる変化球は投げれないが、スライダーとスラーブ、シュートとチェンジアップと緩急自在な投球でパワーヒッターたちを悩ませた。
しかし川口は容赦なく打たれ込み、『何が足りないんだ』と一人で反省会を開いた。
二刀流選手たちは……
「坂本と木下は制球面、野村と田村はスタミナ面、木村と水瀬は球速が問題か。監督、これは無理に弱点を克服するよりも持っている武器で挑んだ方がいいかもしれません」
「バッテリーコーチの君がそう言うならその方がいいな。よし! 投手陣や二刀流選手はブルペンで投げ込みだ! ピッチャーが出来ない野手陣はブルペンのバッターボックスに立ってわざと空振りしたりバントで揺さぶったりとしてソワソワさせよう!」
「はい!」
「榊と園田はもう他所に行ったらすぐにエース取れるレベルにまで達してるから問題はないか。楊もあの制球力はもう精密すぎて怖いし、問題は中継ぎと先発転向したての川口、そして二刀流たちだな。そこで今回はピッチャーの諸君にとって素晴らしいスペシャルゲストコーチが来ているぞ」
「誰なんだろう……?」
「ここの卒業生かな……?」
「布林ならよく知る人物だ。それは……布林陽子さんだ!」
「どうもどうも~。うちの可愛い孫がお世話になってます」
「何だおばあさんか……」
「期待して損したかも……」
「おばあちゃん!? どうしてここに!?」
「陽くんがこの学校でレギュラーを取ったと監督さんに聞いてね、ピッチャーの強化に協力してほしいと直々に言われてここに来たんだよ?」
「野球経験者……陽子……あーっ! オイラやっとわかったぞー! このおばあさん、確か女子プロ野球の関西タイガース・レディースでドラフト一位になった上に、いきなり大エースになって引退まで奪三振女王と10年連続沢村賞を受賞した犬山陽子さんだ!」
「えっ!? そうなの山田!?」
「布林って実はサラブレッドだったんだ……!」
「あらまあ、それはもう昔の話だよ? 今はただの布林太陽のおばあちゃんさ。先程からこっそりピッチャーの様子を見てたんだけど……みんなそれぞれの武器を活かして頑張っている印象だったね。そこで私がブルペンで様子を見るって事でいいかしら?」
「はい、元プロ野球選手のアドバイスはとっても効くと思います。是非この子たちを一流のピッチャーにしてください」
「わかりました。では早速ブルペンに行こう」
こうして布林の祖母である布林陽子が臨時コーチを務める。
元々布林は内気で心が弱かった上に、プリプリプディンが好きな事を同級生に馬鹿にされ、それが悔しくて嫌いになりかけたところに『見返してやろうじゃないか、そのために野球をやろう』と誘ったのがきっかけだ。
それが今や当時のチームメイトにとってプリプリプディンは勝利の神さまと化し、いじめてた同級生たちは当時のチームメイトが味方したことで気まずくなったのだ。
それが布林が勝利の神さまと崇めてる理由だと話しを聞いた。
話を聞いた後にブルペンで投げ込むピッチャー陣。
するとたったの三球で全員分の武器と弱点をもう見抜いた。
「なるほど、もう全員わかりました」
「もうなんですか!?」
「まず榊くんと園田くん、あなたたちはもう弱点はすべて克服済みだね。でも問題は榊くんは少しだけ制球力が不安定で力で押し切ろうとしている。一方の園田くんは榊くんほどストレートが重くなく、回転数が少ないって思ったわ。榊くんはキャッチボールの際にあえて近くで投げ込んで低く真っ直ぐ投げる意識をつけ、園田くんは指により力をかけたり手首を強化しなさい」
「はい!」
「楊くんと佐藤くん、あなたたちは私にはなかったコントロールを持ってるし、スタミナ面も先発向きだね。球速が遅いけど、それすら気にならないくらいの制球力があれば残りは審判をどう味方につけるかを覚えるといいよ?」
「わかりました」
「とくに佐藤くん、あなたの笑顔はチームを安心させ、相手に不気味がられると思うわ。その笑顔を大切にね? そして川口くん、あなたは全力投球はいいことだけど、それで変化球をも全力でやったらどんなに握りが良くてもストレートと同じになっちゃうわよ? 変化球は全力だけど自分の中ではゆっくり投げるように意識してごらん?」
「そんな弱点が……! わかりました!」
「井吹くんはねえ……陽くんから聞いたよ。野球をやる前までは病弱だったんだってね? よくここまで強くなれたわ。球速が遅くて身体も小さい、でも淡々としててテンポもいい。緩急自在でコントロールもいいし、変化球も多彩だけど……どうして夜月くんの時は上手くいくのに他の子だと駄目なんだい?」
「それは……わかりません……!」
「なるほどね……意識してなかったんだね。それは天童くんも津田くんもショートバウンドの処理が少し甘く、吉永くんも考え込みすぎて井吹くんが不安になってイップスになってるんだよ。それに夜月くんとは長い付き合いで暴投処理が上手い、となると信頼不足かもね。夜月くんだけでなく勇気を出して他のキャッチャーの事も信頼と信用をしなさい」
「は、はい!」
「二刀流くんたちはそうねえ……坂本くんと木下くんね。坂本くんは地肩はいいけどマウンドとなるとどうしても荒れるねえ。木下くんも遠投は得意じゃないから少しブレが目立つわねえ。だったらキャッチャーの位置にネットを置いて、キャッチャーの子にはその後ろで構えてもらおうかしら? そして指定されたミットへ思いきり投げ込む。野村くんと田村くんのスタミナのなさは慣れておくしかないね。いくら走り込んでもピッチングとは別だからね。走り込みと同時に投げ込みで感覚を養いましょう。水瀬くんと木村くんは力の伝え方がまだ苦手なようだね。腕の振りを大きく、踏み込みの歩幅を小さく、グローブは投げるときに高めか低めのどっちかを合う方で前に出してごらん?」
「はい!」
「それとキャッチャーの子たちはこれだね……。天童くんと津田くんは周りを見てもっと考える事。吉永くんは周りを見すぎてるからまずは目の前の相手に集中する事。夜月くんは慣れてないとはいえ短期間でよく成長したけど、やっぱり経験不足からかピッチャーが打たれたりフォアボールが多いと悩んじゃうわね。切り替えとその後どうするかを考えるクセをつけましょう」
「はい!」
「すげえ……! さすが元プロ野球選手……!」
「夜月の指導力もなかなかだけど、あの人はプロ経験者なだけあってさすがだよ……!」
「よーし! アドバイスを基に投げ込んで弱点克服するぞ!」
「おー!」
「へへっ! オイラたちもとことん付き合うぞ! 当ててもいいから思いきり投げ込むんだぞー!」
こうして和気あいあいしながらも厳しい練習が続き、これ以上投げ込んだら厳しい手前まで投げ込んだ。
さらにピッチャー特有の肘や肩、手首に前腕など腕回りや下半身、さらに体幹部の家でも出来るストレッチを教わってケアも徹底的にやる。
布林陽子は臨時コーチというのもあって学校からもちろん報酬をもらい、バッテリー陣にとって大きな経験値となった。
そして5日目を迎えるのです。
つづく!




