第115話 コラボ企画
東光学園硬式野球部にコラボの依頼のオファーが届いた。
石黒監督は校長を通じてその事を知り、コラボ相手がスターという事で快く承認したことも夜月たちは知った。
その大物スターのコラボ相手とは何者なのかを考察する人もいて、もしかしたらプロ野球選手ではないかと予想する人もいた。
しかも今回は二人との事だ、そのコラボ相手とは……。
「集合! 今日はここの卒業生と中等部に入学した子が野球部とコラボしたいという事でここに呼んだんだ! もうすぐ来るはずなんだが……おっ! 卒業生の方が来たな! おー懐かしいな! ロビン!」
「皆さんおはようございます!」
「おはようございます!」
「えっ……!? あの新人ながらメジャーリーグで打点王とホームラン王を獲ったロビン・マーガレットですか……!?」
「何でそんな一流選手がここに……?」
「石黒監督も親しげだったような……?」
「晃一郎も元気だった?」
「まあ普通ですよ。でもロビン先輩が来てくれるなんて百人力ですね」
「あれから君は安打も多く出てるし、ミートの不安定さもある程度は克服してるみたいだね」
「おかげで何とかレギュラーは保ってますよ」
「夜月先輩は動画で見たからまだしも……」
「三年の先輩方が全員ロビンさんと過ごしてたなんてすごいや……!」
「すごいなんてそんな……僕は本当の一流選手たちと比べたらまだまだだよ。みんなもすごく将来性のある有望な子が多いね。監督、もう一人のコラボ相手は誰なんですか?」
「アイドルをやってる子で中等部に入学したばかりなんだ。もしかしたら高等部の広さに迷ってるかもしれん。夜月、ちょっと探してきてくれ」
「俺っすか?」
「頼むよ、君が来てほしいってその子が言ってたんだよ」
「俺を知ってる……? 誰なんだろ……? わかりました、じゃあ行ってきます」
夜月はそんなスターなアイドルが自分の事を知ってるなんて想像がつかず、『一体誰が来るんだ……?』と期待の反面、不安もあった。
澄香はいくら売れっ子とはいえ、スターだなんて実感がないし『澄香ではないだろう。とりあえず『失礼のないような態度で案内しなきゃな』と心から思った。
ウォーミングアップがてら軽くジョギングペースで小走りして走ると、ついに女の子に軽くぶつかってしまう。
「きゃっ!」
「うおっ!? ってて……おっと、大丈夫か? 怪我はないか?」
「大丈夫です……って、その声はもしかして……?」
「この声はまさか……澄香か?」
「晃一郎さん! やっぱり来てくれたんですね!」
「ああ、それよりもやっと中学生になったんだな! それとその制服は中等部の制服だな。ってことはまさか……!?」
「はい、そのまさかです♪」
偶然にも澄香は横浜市の鶴見区にある東光学園の中等部を受験し、見事合格してここの生徒になった。
おまけにアイドル活動もかなり力を入れてスターにまで上り詰め、ネット紅白に出場するにまで大きくなった。
その澄香がアイドルとしてのコラボ相手で、夜月は思い出話しながら第一野球場へ案内する。
到着すると澄香は見せつけるように夜月の腕にくっつき、チームメイトからはざわめきが出た。
「待って……! あの子ってすーみんじゃん!」
「夜月先輩の人脈はどうなってるんだ!?」
「後輩たち驚いてるなw」
「だな。俺たちでさえ驚いたんだからな」
「えっと……コラボ相手のすーみんこと、水野澄香です。今年から中等部の生徒としてお世話になります」
「夜月先輩、その子がアイドルなんですか?」
「あ、ああ……。ネットアイドルのすーみんだ。浅倉は世間知らずだからともかく、桜井なら知ってるだろ」
「知ってますよ! 桃香と事務所は同じですから!」
「マジか!」
「本当です♪」
「桃香が呼んだんですよぉ~?」
「えっと……感謝する」
「コホン、今日は打撃練習を中心にロビンの指導で長打をたくさん打ってもらうぞ! 長打と単打を上手く使い分けられれば打球を自在にコントロール出来るからな。ロビン、俺の助手を頼んだよ」
「わかりました、任せてください」
こうしてロビンとの打撃練習が行われた。
澄香はチームとしての取材担当で、卒業生であるロビンにインタビューしたり、現役の選手に夏に向けての抱負を語ったりする。
マネージャーのあおいと浅倉、そして桜井もインタビューを受けてマネージャーとしての目標も取材した。
すると清原は張り切りすぎたのか空振りばかりが目立ってしまう。
「くそっ! いいところ見せようと思ったのに打てねえ!」
「和也、君は誰のために野球をやってるのかな?」
「ロビン先輩……自分のためっす」
「だったら僕にいいところを見せようとしないで、自分のやりたいバッティングを貫いてみよう。それとインパクトの瞬間が君の場合は一瞬だけだから、ボールにバットを当てたら流すように押して乗せてみて?」
「というとインパクトの時間を長くする事っすか? やってみます! おらぁっ! うおっ……!?」
「ね? 打球が強くなったでしょ?」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「ロビン先輩、前沢についてなんですが……。あいつは初心者でかなりの大振りで空振りが目立つので初心者にもわかりやすく打つ方法を教えてあげてください」
「晃一郎のお願いなら喜んで! 君が前沢賢太くんかな?」
「おおー! ロビン先輩ですな! はい、俺が前沢です!」
「君の場合はバットを少し短く持ってみた方がいいかもしれないね。長く持ちすぎると重さに耐えきれずに大振りになったり、脇が開いてバットが遠回りしちゃうからね。初心者のうちはバットを短く持つと当てやすいよ?」
「でも一流選手は長く持ってるじゃないですか。そっちの方がカッコいいと思いますが……?」
「実は僕もね、初心者のうちはバットを短く持って確実に当てるスタイルだったんだ。小学生とか初心者はバットに慣れてないからね。そこで打てるようになってから自分のやりやすいようにしたら長く持ってもいいんだよ。はじめのうちから難しい事すると出来ない時に野球がつまらなくなっちゃうからね。まずは一歩ずつでいいから焦らずにステップを踏んで進化しよう?」
「お、おう……! やっぱりメジャーリーガーが言うと説得力ありますね……!」
「これは僕の経験談だから真に受けるより、こんな考えもあるんだ程度でいいよ? 強要する気はないからね」
「そう言われると気が楽になりました! しばらくはバットを短く持ってみます!」
「うん! ファイトだよ!」
前沢の格好つけてプロの真似をするスタイルから初心のスタイルに矯正して、確実に結果を残す事で野球は楽しいものだと思わせる指導をしたロビンは、前沢の納得した嬉しい表情を見て安堵する。
元々前沢は米農家で、家の仕事の手伝いばかりしてまともな指導を受けず、チームにも入れなかったほど忙しかったのだ。
そしてようやく野球をやって、プロの真似して上手くいかずに『つまらないと思ってやめられるくらいなら、たとえ遠回りでもいいから結果をコツコツ作り上げる方がいい』というロビンの好判断だ。
夜月でさえ前沢の突っ走り癖を扱えなかったのに、ロビンは本場のアメリカで相当勉強したんだと感心した。
一方の澄香はマネージャーたちに可愛がられ、どの選手に期待しているのかをガールズトークした。
あおいは夜月と天童、榊、園田に。
浅倉は山田と清原、木下に。
桜井は朴と尾崎、そして木村だ。
澄香は夜月に一極集中だがそれでも全員に期待している。
打撃練習を終えると今度は実戦を想定したフリーバッティングだ。
同時にバッターではないが、控えの5人はティーバッティングで待機させるなど効率も上がっている。
しかし夜月が控えのティーバッティングをしようとすると、澄香がその位置に歩み寄り……
「あのっ! 私もトスを上げてもいいですか?」
「やってみる?」
「高坂先輩、ご指導お願いします!」
「下投げでふわっとさせるんだけどね、時々ランダムで真っ直ぐ早くトスしたり、山なりに遅くトスしたり、内側や外側、高めや低めなど速さとコースをランダムにトスするんだ。位置としては前側だったり身体に近かったりと選手によって得意と苦手が違うけど、それをあえてやると実戦を想定できるんだ」
「なるほど……難しいですがやってみます!」
「来い澄香! 俺が打ってやるぜ!」
「いきます! はいっ!」
「おっ、上手いっ……!」
「すごい……! これが晃一郎さんの野球……!」
「感動するもんでもねえよ。試合には負け続けてるんだからさ」
「でも全試合見ました! 小学生の時、野球をやってる姿を見ました! 今も他の皆さんが落ち込んでも晃一郎さんだけは諦めずに最後まで戦う目をしてました! 私はそれに感動し、晃一郎さんのプレーに惚れたんです! だ から……もっと自信を持って私みたいに応援してくれる人のために頑張ってください!」
「アイドルにそう言われたらやる気になるな! もう一回来い!」
夜月と澄香のいい空気にあおいは嬉しそうに微笑んだ。
しかし目の奥には涙が浮かんでいて、あおいは今になって『夜月のことが好きなんだ』と気付く。
あおいはもう遅かったことに気付いたとき気づき泣きそうになったが堪え、『マネージャーとしてしっかりしなきゃ』と我慢した。
全体練習を終えて自主練に入り、夜月は清原や朴、前沢を呼んでウエイトトレーニングをする。
自主練を終えて解散し、夜月は澄香を寮まで送る役が与えられた。
「澄香ももう中学生か。背も大きくなって大分大人になっていくんだな」
「はい。私も体も心も大きくなって、立派なアイドルとしてこの学校でたくさんの事を勉強したいです」
「でも神木中に進学も出来たのに中等部をわざわざ受験するなんて、よほど俺の事を根に持ってるんだな」
「はい、あそこは今の腐敗した川崎市を象徴とする典型的な学校です。あそこにいたらまた根暗な自分ではいじめを受けるのではないかと思い、そこに進学するのをやめて親に無理を言って受験しました。でも晃一郎さんに会えて嬉しかったです。だから……ここからは私の自分勝手な気持ちを聞いてください……」
「お、おう……」
「約束通り、中学生になりました。二年間もあなたと付き合えるのを待ちましたが、もう我慢が出来ません……。晃一郎さんへの想いが……好きって気持ちがもう溢れてしまいそうです……。私と恋人になって……このまま強く抱きしめてください……!」
「澄香……わかった」
夜月は澄香の気持ちを受け入れ、澄香の事を強く抱きしめた。
澄香は嬉しそうに涙を流し、夜月の鍛え抜かれたパワーに押しつぶされそうなくらい抱きしめられた。
気持ちを伝えきった後に涙を流し、少し落ち着いたところで改めて告白する。
「好きです……晃一郎さん……」
「俺も好きだ……澄香……。目を瞑ってこっちを向いてほしい」
「はい……」
チュッ……
「っ……!?」
夜月は自分の気持ちを返すように澄香の唇にキスをする。
澄香はあまりの出来事に頭がパニックになるも、自分の長い片想いがようやくかなった事に喜びキスを交わした。
澄香を寮まで送り、役目を終えた夜月は恋人が出来た実感が湧き、『澄香のために落ちぶれていられない』と気合いが入った。
こうして夜月と澄香は年が5つ離れた恋人になり、夜月は翌日以降はプレーにキレが増し、練習試合でもかなりの結果を残すようになって覚醒した。
さらに部員たちは自分の主将がアイドルと付き合ってるという羨ましい反面、アイドルが応援に来るという事でテンションが上がったり、何度か取材に来たりして新規のファンを獲得したりと愛されるチームとなった。
つづく!




