第114話 最悪の世代
夜月たちが春季大会初戦敗退し、地区予選も2位ばかりで結果が残せずに苦しんでいる。
そんな中で配信中にアンチコメントが寄せられたり、中には選手個人を誹謗中傷するコメントまであった。
夜月はその事を学校側から知ってショックを受け、自分が主将になったせいでみんなまで巻き込んでしまったのではないかと自責した。
しかしそれだけでは終わらないのがネットの怖さだ……。
「晃ちゃんおはよう!」
「ああ、おはよう」
「最近元気がないね。どうしたの? やっぱり野球部で結果残せなかったのが悔しいの?」
「まあそんなところだな」
「そっか……何か力になれる事があったらいつでも相談してね!」
「おう、ありがと」
「またあの女……夜月先輩に馴れ馴れしくそばにいるなんて……! 幼なじみだか何だか知らないですけど、部活で一緒にいる時間は僕の方が長いのに……!」
「おう何してんだ?」
「うわっ!? 前沢くんですか!」
「そんな驚くなよ。お前が夜月先輩に夢中なのはわかるけど、あんまストーカーまがいな事すっと通報されるぞ?」
「わかってますそんな事……。でも夜月先輩があの女とくっつくのだけは避けたいのです」
「ははーんなるほどなあ……。さてはお前、夜月先輩の事が好きなんだとか?」
「ど、どうしてそれを……?」
「いやお前の行動見たらわかるわ! それよりも見失う前に追うぞ。このままいたら遅刻もするしな」
「それもそうですね。行きましょうか」
夜月と瑞樹が親しげに話していると、電柱の陰から井吹がジッと見張っていて、それをたまたま見つけた前沢が声をかける。
井吹は『病弱で野球のセンスがない』と悩んだ時に夜月が『球速なんて二の次だからコントロールを身に付けろ、お前は手先が器用で繊細だから勢い任せにする必要はない』と言われ、そこから投手として覚醒して以降は憧れを持つようになった。
木下も『お前は何考えてるかわかんないけど、悩んでることくらいはわかる。まずは自分を信じてやりたい事をやればいいんだ』と言われてから兄貴と慕うようになったのだ。
その事を井吹の口から聞いた前沢は『なるほどなー』と頷き、夜月チルドレンがいかに選手としては無名でも、全国レベルにまでなれるほどの発言力があるんだなと納得した。
授業が始まると先生はいつも通りに授業を進める。
総合学科に入っている夜月たち池上荘メンバーはそれぞれの就きたい職を目指して勉強を始めた。
だが夜月はまだ将来の夢が決まってないが、純子の助言が本当なら『何かのマネジメント職に就くのもいいかも』と思い、芸能界のマネージャー業に就職しようと決めている。
新たに担任になった新任の長谷川理英先生のホームルームを終えて昼休みに入ると、ラグビー部顧問の内田先生が夜月を呼び出す。
「夜月! ちょっと話があるから職員室に来てくれ! 昼飯を食べ終えてからでも構わんぞ!」
「は、はあ。わかりました」
「おい夜月、お前内田先生に何かしたのか?」
「な、何もしてねえよ……」
「個人的に職員室に呼ばれるなんて悪い事をして生徒指導室に送られるって噂なんだからな? 目を付けられたら将来制裁を受けて職に就けず、反社会組織でさえも雇ってもらえなくなるって噂だぞ」
「そんなにこの学園は世界規模で影響力あるのか……!?」
「それはないな河西。内田先生のあのトーンだと悪さを注意する感じじゃねえな」
「じゃあ何かあるのか郷田」
「あれは恐らく……夜月だけの話じゃなさそうだな。硬式野球部についての話かもしれない。最近川崎国際に負けてばかりだろ?」
「あ、ああ……」
「あいつらはネットであの手この手を使ってこの学校の悪評をばら撒いたり悪口を書きこんだりとしているらしいんだ。しかもアカウントを複数使ってだ。川崎国際の連中は東光学園の受験落ちしかいないらしいからな。もし何かあったら俺にも相談してくれ」
「わかった。とりあえず飯食ってから職員室へ向かうわ」
郷田の助言通り、川崎国際の生徒は全員東光学園を受験し、学業や部活の実績は申し分ないが人間的な精神や思想が原因で落選した人ばかりだ。
その逆恨みかある事ない事を言いふらしたり、ありもしない事を書きこんで低評価を設けたりもしていると噂がネットでもある。
夜月は昼食を終えてすぐに職員室へ向かい、深呼吸して内田先生の席に行く。
「失礼します。内田先生いますか?」
「おう夜月、俺ならここにいるぞ」
「それで先生、俺に何の用ですか?」
「ああ……硬式野球部に知らせようと思ったのだが、全員に知らせたら退部してしまう恐れがあって言えなかったんだが……部員全員に信頼されてるお前になら話してもいいと思って呼んだんだ。まずはこのSNSを見てくれ……」
SNSに書かれているものを内田先生が見せると、夜月の表情は暗くなり目が曇っていった。
それもそのはず、東光学園の悪口が数多く投稿されていたのだ。
それも不特定多数で多くの批判があり、まるで世の中が東光学園を敵に回ってるようだった。
書きこみの内容としては……
『東光学園は人を選別する差別主義者の学校だ』
『受験のやり方が独特なのは底辺の人間を排除するためのシステムである』
『多様性を謳っておきながら排除的な選考をしている』
『日本の一番の害悪は政治家でもマスコミでも宗教でもなく東光学園である』
――など全部出まかせの嘘の情報だった。
さらにまとめサイトを内田先生は夜月に辛い表情をして見せ始める。
そこの内容としては……
『東光学園硬式野球部、最悪の世代が足を引っ張ってるな』
『夜月晃一郎がいるチームは負け続けているって噂だが本当なんだな』
『夜月晃一郎という悪魔の子がいたせいで最近勝ててないだろ』
『天童明のケガはあいつのせいじゃね?』
『榊大輔も園田夏樹も大したピッチャーじゃないのにエース候補とか監督の目はバカなの?』
『今まで先輩たちが勝ててたのは八百長だったりして?』
『それな。先輩たちも無名な人や前科持ちなどいたから勝つなんてありえない』
『朴正周とか在日じゃん、日本にいらなくね?』
『外国人とか日本の高校野球にとって害悪で草』
『津田俊光とかゴミキャッチャーだし何であいつが正捕手なんだろ?』
『東光学園自体がそもそもオワコンだから廃校していいよ』
――だった。
「何でだよ……!? 俺たちはただ純粋に野球を楽しんで……プレーしているのに……! クソッ!! 何でなんだよ!?」
「今職員会議でその議題を出して今後の硬式野球部をどうするかで話し合ってるんだ。このまま活動すればお前たちは不特定多数のアンチのせいで傷つき、『もう野球はやりたくない』と思われるのが嫌なんだ。だから今年の夏は諦めろなんて言わないし、絶対に言わせない。俺たち教師を信じて活動を続けてくれ。そしてこれだけは言っておく、自分を信じれないやつに未来は切り開けないぞと」
「内田先生……わかりました。先生方を信じます」
夜月はアンチコメントや誹謗中傷にひどく傷つき、声を荒げて机を殴るなど心に大きなダメージを負った。
内田先生はそれをなだめて『俺に任せろ。硬式野球部の存続と名誉を守る』と約束を交わす。
夜月は一旦先生たちを信じ、今日も部活に励んだ。
だがその噂は部内でももう話題になっていた。
「なあ夜月、ネットで俺たち随分言われ放題なんだな」
「知ってしまったのか……」
「クラスの連中から聞いたよ。俺たちってもう嫌われたんだな」
「俺たち、何のために野球をやってるんですかね……?」
「もうわけわかんないっすよ……。俺たちの野球は否定されたんだ……」
噂が部内にまで浸透し、熱血な部員でさえも何のために野球をやって来たのか分からなくなり、中には自暴自棄になって退部届を書こうとしている人までいる。
夜月はそんなチームメイトを見て何も出来ない事を嘆き、そして自分の無力さと見えない敵の恐ろしさで神と運命を恨んだ。
しかも石黒監督やコーチは全員急に来れなくなり、急遽練習は自主練という事になった。
学校で生徒会と監督会、職員会、そして理事会や外部株主会の会議に参加するからだ。
落ち込んだ状態でネットを見ると、まさかの書きこみを夜月が発見する。
「はあ……やっぱり俺って厄病神なのかな。いっそ俺が退部していなくなった方がチームのためか……。ん? 何だこれ……? は……!?」
『ごちゃごちゃ言ってる暇があったら自分を高める努力しろ!』
『硬式野球部の努力を笑う人はどうせ努力なんかしたことないんだろ?』
『一生懸命悩んで頑張ってる夜月選手を馬鹿にするのは許せないよ!』
『東光学園は今まで通り自分を信じて頑張ってください!』
『アンチの言う事は気にすると思うけど、私たちファンがついてます!』
『夜月主将は厄病神なんかじゃない! 夜月チルドレンが入ってきたのがいい証拠じゃん!』
『夜月くんが見てるかわからないけど、小学校の栄光を忘れないで!』
『アメリカから失礼します! 神さまはちゃんと見てます! 川崎国際の悪事に正義の鉄槌を!』
『中国人です。東光学園ほど多様性に寛容で社会貢献をしている学校は世界でも知りません。国際色豊かでも日本らしさのある名門校に幸あれ』
『他の選手も個性的で僕は試合を観てて楽しんでます! 自信を持って甲子園を諦めないでください!』
「誰だか知らないが……ありがとう……! あいつらにも見せないとな! おーい! 全員集合だ!」
『最近は川崎市だけでなく神奈川県や高校野球はおかしい! 絶対に川崎国際と市議会などが絡んでるから我々で悪事を見つけてみせるから野球部は自分たちの野球を貫き、甲子園に集中してください!』
夜月はファンの励ましとアンチへの怒りの声に涙を流し、『見ている人はちゃんと見ているんだ』と実感してチームメイト全員にその書き込みを見せる。
するとやる気を奪われたチームメイトたちは全員、目の輝きを取り戻して練習に身が入った。
中には退部届を書いていた人はその退部届を破り捨てて焼却炉へ放り込み、これぞ野球部ってくらいの声が響き渡る。
一方こちらは大会議室。
「これより東光学園の硬式野球部は、ネットの悪評を機に一度活動休止を……」
「その必要はないわ校長先生。あの子たちはもう立ち直ったわ。ほら、聞いてごらんなさい」
「理事長、この声は何ですか? さっきから水を得た魚のような声がするのですが……?
「隣から聞こえるって事は一つしかないでしょ?」
「まさか……硬式野球部ですか!?」
「そうだ、あいつらはナイーブな学生であることには変わりないが、今までの投稿と配信をやめなかった結果、ちゃんと見てくれたファンたちが立ち上がって守ってくれたんだ。それを信じた俺はあいつらに俺に任せろって言ったんですが、まさかこんなに早く立ち上がってくれるなんてな……!」
「そうですか……あの子たちは私たちの知らないところで成長しているのですね……」
「監督としてお言葉ですが、俺もその悪評で責任を持って硬式野球部の監督を辞任するつもりでいました。でももうその必要はなさそうです。あの子たちを甲子園に一緒に行き、我々のやってきたことが間違っていない事を証明してみせます」
「生徒会長である私からもいいでしょうか? 私は生徒会として硬式野球部だけでなく、他の部活や生徒たちを守る義務があります。この生徒会が全力でバックアップし、全ての生徒が笑って卒業できるように支援します。まずは私たち生徒を信じてください」
「担任である私からも一つあります。彼らは確かに川崎国際の手先によって今後も誹謗中傷されると思います。ですが我々大人がしっかりあの子たちを守り、そしてファンの皆さんと共に悪の川崎国際と戦う義務があると思います。まずはあの子たちが甲子園に行くことを、正義は必ず勝つことを信じましょう」
「長田さんや新任の長谷川先生まで……! では活動休止の令を取り消し、我々職員や生徒会、監督会、理事会、そして外部株主会や卒業生が一丸となって全力で彼らを応援しましょう!」
こうして学園臨時会議は硬式野球部を全力で支え、守り抜く約束をして会議を終えた。
翌日には生徒会と夜月でネットでの誹謗中傷の事実と今後の方針について演説し、学園全員が一丸となって甲子園に行くと誓い合った。
同時に他の部活も『硬式野球部に負けないように頑張る』と宣言し、東光学園は悪と戦う事を誓った。
こうして新たなスタートを切るのです。
練習終了後、夜月から石黒監督にあるメッセージが届く。
「監督、少々お話があります……」
「夜月か、どうしたんだ?」
「いろいろ考えた末に伝えたいのですが実は……」
「それは本気で言ってるのか……?」
「はい、本気です」
「そうか……わかった。俺と協力しながら君に任せよう」
その内容はチームの事情を変える大胆かつリスキーなものだった。
その内容とは……?
つづく!
 




