第112話 秋葉原アニメーター学院
一年生にまたいきなりの試練が訪れた。
それは毎年恒例の一年生のみの練習試合である。
さすがに一年だけで出場するのは心許ないのでベンチに榊と園田、楊、天童、夜月、山田、朴、尾崎、木下、松田が控える。
その相手とは――
「一年生全員集まったか! 入部していきなりで申し訳ないが、毎年恒例の一年生をスタメンにした練習試合を行うぞ! その練習試合の相手は……秋葉原アニメーター学院だ!」
「秋葉原アニメーター学院……?」
「知らない学校だ……」
「監督、一ついいですか?」
「どうした尾崎? 朴や楊まで」
「秋葉原アニメーター学院は声優だけでなく漫画家やアニメーター、その他アニメやゲーム、漫画、ライトノベルなどのオタク文化を支える逸材を育てる学校で、部活はどこも全部一回戦敗退が多いんですが……」
「近年では野球アニメに携わった元甲子園球児のアニメーターや声優の影響で、その学校でも部活に力を入れ、去年の東東京大会ではベスト8にまで登ったんです」
「それもエースの南は二年生ながらアンダースローで相手打者を打たせて取るピッチング。スラッガーには三年の東條や絢瀬といったコンビが席巻してますね」
「さすが我が部のアキバ系トリオだな。その通り、近年力をつけてきた新興勢力を相手にするのはよくあるが、一年生にとっては未知の存在、そんな相手と戦って勢いのあるチームは手強いんだと思い知るんだ。しかも新入生の世代は小柄な子も多い。そこで自信をつけるためにも勢いづいたチームに勝ってほしいんだ。試合は来週で、今試合でのスターティングメンバーは……」
一番 セカンド 水瀬光太郎
二番 ショート 西野崇
三番 ライト ジェームズ・ワシントン
四番 サード 布林太陽
五番 指名打者 前沢賢太
六番 ファースト サントス・ロナウド
七番 キャッチャー 川崎隼人
八番 レフト 影山塁
九番 センター 飯島ヒカルド
ピッチャー 佐藤雄大
――となった。
「ほう! この俺が五番なんだな! 出番が多くて楽しみだ!」
「うるさいぞ前沢、騒ぐな。君はまだ初心者だが、まずは野球の楽しさを知る必要がある。さすがに四番は任せられないがパワーはこの中では本物だ。夏はいずれ指名打者で出場する事になるだろう。君の家庭の事情でなかなか野球が中学でさえやれない状況だったのは知っている。高校でやりたかった野球が出来る喜びを嚙みしめて暴れてこい」
「うす!」
「僕が四番か。よーし、頑張るぞ!」
「あの……あたしたち二人はリリーフですか?」
「そうだ花宮。正直スタミナ面では花宮も充分だが佐藤ほどではない。井吹はスタミナに不安があり、かつては病弱だったと夜月から聞いている。だから井吹には抑えとして出てもらう。もしそれでも打たれたりフォアボールが多いようなら先輩たちに任せるといい」
「はい!」
こうしてスタメンが決まり、そのメンバーで練習試合に向けて調整する。
一週間後、練習試合の日が訪れ秋葉原アニメーター学院の選手たちが来た。
相手のスタメンは……
一番 センター 矢澤笑平 三年
二番 セカンド 小泉花道 一年
三番 サード 高坂穂高 二年
四番 レフト 絢瀬英梨 三年
五番 ファースト 東條望夢 三年
六番 ショート 星空凛人 一年
七番 ライト 西木野真樹 一年
八番 キャッチャー 園田海美 二年
九番 指名打者 高坂雪雄 一年
ピッチャー 南白鳥 二年
――となった
「スゴイよ海美! あの東光学園と試合なんて夢みたいだよ!」
「騒がしいですよ? 少しはおとなしく……」
「わかるにゃー! 俺も楽しみにゃー!」
「あのセルフチューバーの野球部と試合するなんて夢のようなんですよ? こんなのおとなしく出来るわけがないです!」
「海美は固すぎるんだよ! これは永遠のセンターである俺が映えるチャンスだ!」
「確かに人気セルフチューバーと試合するなんて光栄な事だし、その幸せと同時に勝って自信をつける事は大事だね」
「絢瀬先輩……はあ。わかりました、今回だけですよ?」
こうして個性の強い秋葉原アニメーター学院のメンバーが揃い試合が開始された。
先攻は東光学園で、一番の水瀬は夜月の前でいいところを見せようとし、南のアンダースローに翻弄される。
西野はセーフティバントで出塁すると、ジェームズも堅実なミートで一気にランナーが一塁と三塁に。
四番の布林が入り、期待のスラッガーにワクワクする夜月たちだが……。
「彼が永山のスラッガー布林くんですか。あまり威圧感はありませんが、逆にそのギャップ性のある強い打球が心配です。いきなり先制されるのは悪い空気になるので彼だけは抑えておきましょう」
「そうだね。その方が僕もいいと思う。それっ!」
「ストライク!」
「ふ~ん……カラクリがわかった気がする」
「今、意味深な事を言いました……? この一年生は危険です、新人だからと気を抜かないで行きましょう」
「わかった、それっ!」
「来た! そーれっ!」
カキーン!
布林の放った打球は弾道こそ低いが、ライトスタンドの方まで飛んでいき、あっという間にホームランとなった。
布林はぽっちゃりとした体形でのんびりとした顔つきからは想像できないパワーでライナー性のホームランにし、三年連続で一年ながら四番を務めた選手は初打席でホームランというジンクスが生まれた。
井吹は不服そうにハイタッチすると、布林は急にポケットからハンカチを取り出し、そのハンカチに顔をうずめる。
するとそのハンカチは井吹にとって運命を変えるものとなった。
「布林くん、それってまさか……!?」
「ん? ああ、プリプリプディンくんだね。もしかして君も知ってるの?」
「知ってるも何も僕はプディンくんのファンなんです! どうして君が持ってるんですか?」
「えへへ、実は僕……ピエーロランドの年間パスポートも持っててね、プディンくんを勝利の神さまとして崇めてて少年野球の頃からのお守りなんだ。プディンくんがいたから僕はここまで打てるようになったと言っても過言ではないんだよ?」
「のほほんとしてる癖に打って腹が立つと思ってましたが、どうやら僕と同じプディンくんファンだったようですね。警戒したことを謝ります。今度僕にもピエーロランドに連れてってください」
「いいよ~」
こうして布林と井吹は同担に出会って意気投合し、二人は堅い友情に結ばれた。
その後の前沢は三球三振ではあったが、あまりにも豪快なスイングに相手は少し恐怖を感じた。
守備では佐藤が南と同じアンダースローで翻弄し、それも高身長なので下から急に這い上がってくるボールなので脅威を感じる。
3対0で迎えてから5回まで進み、『秋葉原アニメーター学院から思ったより点が取れない事』に焦りを感じたのか、選手たちがだんだん個人プレーに走りつつあった。
そこで見てられないと思った夜月は監督に何かを告げる。
「すみません、ここからは俺が監督代行してもいいですか?」
「どうしたんだ急に?」
「あいつらが個人プレーに走ってきてる気がするので、俺にちょっと任せてくださいって事です」
「何か秘策でもあるんだな? わかった、君を信じよう」
「ありがとうございます。一年集合! もしや相手の事を格下だと思ってないだろうな?」
「格下……確かにそう思ってるかもしれません。なのに点を取れなくて名門校に入ったのに情けないですよ」
「そうか、相手を舐めてたんだな。俺たちもその結果、去年の夏に横浜工業に負けた。その悲劇を知ってる一年はいるか?」
「それは……」
「知ってます。あの夜月先輩の涙は今でも忘れません」
「井吹か、だったらその俺たちの悔しさを反面教師に、二度と格下だからと油断しないようにな? お前らは独自すぎる受験法を生き抜いて選ばれここにいる。あいつらには野球人として手本を見せてやれ! お前らなら出来る! やる事はただ一つ! 多く点を取りその点を守れ!」
「はい!」
「あいつ金浜の赤津木監督に似てきたな」
「赤津木から話を聞いて理想の監督像の一つになったので」
「おいおい俺は?」
「監督、俺卒業したら石黒指導者塾に大学に通いながらながら通います。きっと仕事でも行かせることもあると思うので」
「そうか、わかった。黒田さんに何かきっかけを掴まれたみたいだな。君の監督姿を楽しみにしてるよ」
夜月が一年生の油断した心を叩き直し、一年生たちは目を覚ましたかのように猛攻を続けた。
南のアンダースローの完全攻略は無理だったが、それでも点を取るためにベストを尽くし、自分勝手なプレーをやめるようになった。
無理に格好つけるより、『当たり前の事をクールに決める方が格好いい』と気付いた一年生は、ありのままの自分のプレーに打ち込むようになった。
その結果……ツーアウト9回の表で水瀬がフォアボール、西野の送りバント、ジェームズのエンドラン成功で一塁と三塁になるも、満塁策を取られた布林は敬遠され、ついに初心者の前沢の打席だ
「うっしゃあー! 来い!」
「何故三球三振しかしてないのかがわかりました。彼は初心者だったのですね。そんな初心者が何故名門校に入れたのかわかりませんが、きっと素質はあるのでしょう。その才能が開花する前に抑えて逆転を狙いましょう」
「そうしよう、えいっ!」
「来たーっ!」
「ストライク!」
「ナイスボールです!」
「白鳥! 後ろは俺たちがついてるぞ!」
「その調子です。彼ならストレートでも抑えられますが、それでもあのフルスイングは当たると怖いです。シンカーで打ち取りましょう」
「シンカー……いけっ! あっ……!」
「失投……これはまずい!」
「もらったーっ!」
ブンッ!
「ストライク!」
「危なかった……! ど真ん中で甘い球はマズいと思ったのですが、前沢くんが初心者でよかったです……。アンダースローは体力の消耗が激しいので早く決着をつけたいところです。チェンジアップでタイミングを崩しましょう」
「そうだね。その方がいいよねっ!」
「うぐ……スローボールかいっ!」
「やりました! これで抑えられるはず!」
「前沢! 前足で踏み込んでしまった後は粘って止まれ! そして来たタイミングで全力で振っちまえ!」
「清原さん……うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
カキーン!
前沢のフルスイングは芯にジャストミートし、センターの頭上を大きく越えていった。
その打球はバックスクリーンに当たり、ついに前沢はデビュー戦で初ヒットがホームランとなった。
「よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ナイスバッティング前沢!」
「初心者のクセにホームランとか生意気だぞー!」
「美味しいところだけ持っていきやがって! この人間宝くじ!」
「がはは! 俺がヒーローじゃあ!」
前沢のホームランに秋葉原アニメーター学院は落胆し、『もう二度と初心者だからと油断するのはやめよう』と心に誓った。
その後はアウトを取ってチェンジするも、抑えに井吹が登板しあっさり矢澤と小泉を三振に取る。
最後の高坂の打席では……
カキーン!
「なっ……!」
「やった! これでセンター前ヒットだ! 全力で走るぞ!」
井吹の勢いのない球は高坂に二遊間まで弾かれる。
勢いがあまりにもあり、もうセンター前ヒットを覚悟した瞬間……
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ! 捕った!」
「西野くんっ!」
「はいっ!」
「ナイストス! それっ! あ……サントスはバウンドが苦手だった! ショートバウンドだ!」
「これ以上は後逸してはならん! 捕ってみせるっ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ズザーッ! パシッ!
高坂は気迫のヘッドスライディングで滑り込み、サントスはショートバウンドを上手く捕球した。
西野がセンターへ抜けるような打球をダイビングキャッチし、水瀬がそれをカバーすべくグラブトスを要求、トスが成功すると華麗に水瀬がファーストへ代わりに送球したのだ。
結果は……
「アウト! ゲームセット!」
「やったー!」
結果は7対0で東光学園の勝利になった。
秋葉原アニメーター学院にとっては初心者もいる中の一年生のみのチームに負けて悔しそうだったが、試合を機に今後はまた成長するだろう。
前沢はホームランまでの出来事を嬉しそうに大声で叫び、西野も守備面で自信が少しだけついた。
花宮も中継ぎとして安定した成績で、一年の課題は得点につなげる火力と安定力だった。
そして上級生たちの戦いも同時に始まる。
つづく!




