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第110話 中田世代卒業~チームの方向性

 春の選抜の連続出場が途絶え、ネットでは『東光学園の王朝(おうちょう)はもう破れたか』と噂されるほどにもなってしまった。


 夜月(やつき)はそのネットの噂をSNSを通じて知り、『自分の世代が一番ダメだ』と言われないためにどうすればいいのかを考えた。


 だがそれでも一向に考えが浮かばず、具体的にどうすればいいのかがわからなかった。


 そんな中でも3月を迎え、ついに先輩たちの卒業式を迎える。


「ただいまより、第1992回、東光学園高等部の卒業式を行います。卒業生入場」


 司会進行役の有希歩(ゆきほ)が仕切り、数多くいる退学者ゼロ人の卒業生が入場する。


 病気や仕事で来れない生徒はオンラインで参加するなどして卒業式の思い出を作ろうとした。


 その人向けの卒業証書は既に配布されており、名前が呼ばれる瞬間だけログインする形を取ってもらっている。


 そんな中で卒業証書授与が行われる。


「卒業証書授与(しょうしょじゅよ)松井政樹(まついまさき)


「はい」


田中一樹(たなかいつき)


「はい」


岡裕太(おかゆうた)


「はい」


中田丈(なかたじょう)


「はい!」


志村匠(しむらたくみ)


「はい」


本田(ほんだ)アレックス」


「はい!」


片岡(かたおか)龍一郎(りゅういちろう)


「はい」


三田宏和(みたひろかず)


「はい」


道下雄平(みちしたゆうへい)


「はい」


綾瀬広樹(あやせひろき)


「はい」


石田武(いしだたけし)


「はい」


上原春香(うえはらはるか)


「はい」


黒田純子(くろだじゅんこ)


「はい」


灰崎真奈香(はいざきまなか)


「はい」


 硬式野球部の卒業生全員を呼び終え、在校生である夜月たちは『先輩たちの無念を晴らすためにも夏の甲子園に出場する』という目標を掲げた。


 いつも通り退屈しないように祝辞(しゅくじ)式辞(しきじ)を手短にし、(あお)げば(とうと)しと旅立ちの日に、そして(ほたる)の光を合唱する。


 ユニゾンされた合唱は配信を見ているリスナーたちを感動させ、東光学園がいかに世の中に評価されているかが伺える。


 校歌を歌う頃には卒業生のほぼ全員が涙声で、学校生活が最高だったのだろう。


 卒業式を終えると在校生が撤退の準備をし、硬式野球部は早めに切り上げていつもの第一野球場へ向かう。


 中田世代の卒業生たちも遅れて第一野球場に向かい、ユニフォームに着替えた夜月たちを見て中田はこう言った。


「お前ら……随分たくましくなってきたじゃねえか。これが伝統なんだと思うと卒業したんだなって実感が湧いちまうわ。俺たちはもう先輩ではなくなったが、今度はお前らが先輩として後輩を仕切ってくれ。この硬式野球部を任せたぞ」


「はい!」


「よし! 伝統の卒業生を一人ずつマネージャー含めて胴上(どうあ)げするぞ!」


「おー!」


 夜月を中心に卒業生全員を胴上げし、マネージャーだった上原も胴上げされる。


 卒業生の進路としては松井は天童と田中のケガをきっかけに医者を目指すようになり、聖マリア医科大学へ進学。


 田中は覇世田(はせだ)大学に合格し、心理学部として人の心の状態を勉強して仕事で上司として働く時のために勉強する。


 中田は土木(どぼく)作業員として就職し、今後は原沢工務店(はらさわこうむてん)として道路や電線などを整備してインフラを支える。


 志村は実家の大工(だいく)を継いで建築に携わり、職人として日本の暮らしを支えていく。


 本田はベネズエラへ帰国に向けて新橋(しんばし)国際専門学校に進学し、スペイン語コースでスペイン語を改めて学び、実家の料理店を目指す。


 岡は国士学館(こくしがっかん)大学で経済学部に進学し、日本の経済をどう上げていくかを勉強して経済界に行く。


 片岡は就職するのに苦労はしたが、片岡がほしいと逆指名したパワーソニックという大手機械メーカーの営業マンとして就職が決まる。


 三田はまたロン毛に戻って地元の静岡(しずおか)で小さな工場で働くことが決まり、ネジなど精密なものづくりを始める。


 道下はもう野球を引退し、帝応義塾(ていおうぎじゅく)大学の理工学(りこうがく)部として進学し、今後は研究の道一本に絞る。


 綾瀬は地元である秋田へ帰って秋田の地元のスーパーへ就職し、地域に根付いて食品を扱う。


 石田は王政(おうせい)大学の教育学部へ進学し、教師として就職して今後の高校球児を育っていく。


 上原は自分の特殊能力である人の身体の状態を見抜くのを利用して、看護師(かんごし)として就職するために日本看護大学院に進学をする。


 卒業生の進路はこんな感じだ。


 こうして中田世代は完全に東光学園から卒業し、それぞれの進む進路へ歩いていった。


 そしてこちらは夜月の様子。


「黒田先輩! 灰崎先輩!」


「夜月くんね、急に呼び出してどうしたのかしら?」


「夏の時は甲子園に連れて行けなくてすみませんでした」


「そんな事を気にしていたのね。私たちの事なら気にしないで? それよりも……私たち二人にはやるべき事が見つかったの。必ずや川崎市の悪事を暴いてみせるわ。だからあなたは野球に集中して東光学園の野球が間違ってない事を証明してちょうだい」


「そんなの……今までお世話になった黒田先輩に恩返しするために甲子園に今度こそ行ってみせます! だから……」


「恩だなんて返さなくていいわ。私はあなたが活躍するとこを見たいの。あなたの今後の活躍に期待しているわね。それじゃあ……また会いましょう」


「はい! 卒業おめでとうございます! 見ててください……必ずや……!」


 純子と真奈香に別れを告げた夜月は必ずや甲子園に連れてってやると決意した。


 こうして夜月はさらにモチベーションが上がり、『純子たちのためにも活躍しなきゃ』と意気込んだ。


 こちらは後日の在校生、ここでは部室で今後の硬式野球部の方向性について話し合っていた。


「まずは今後の我が部としての目標を決めていきたいと思う。まずは甲子園優勝、甲子園出場、神奈川予選のいいところ、せめて一勝、のんびり野球をやるの中から各自投票用紙を配るのでこの箱に提出するように。なお名前を書くと今後の人間関係で大変な事になるから書かないようにしてくれ」


「急にどうしたんすか夜月先輩」


「何だか夜月先輩らしくないですよ?」


「仕方ないだろ、春の選抜を逃した上に……言いづらいけどネットでは俺らはあまりいい世代ではないと言われちまってんだからよ。だからこそ目標を明確にして監督に進言し、その目標を目指して活動していくんだよ」


「確かに俺らの世代になってから練習試合もろくに勝ててないしな」


「秋の大会でも分裂しちまったしな」


「それに天童も怪我からようやく復帰したところだし」


「それに俺たちも……活躍できないからって焦って我こそはと周りが見えてなかった」


「兄貴がこんな考えになったのも全部俺たちのせいなんすよ……。だからこそ兄貴は思い切って明確にしようとしたんだと思います」


「考察はいいから目標を決めるぞ。投票用紙に賛成するところに丸をつけて名前を書かずに提出してくれ。全員投票したら次の話に移る」


 こうして夜月の考えの下で投票し、マネージャーのあおいがそれを集計する。


 次の話題は各選手のプレースタイルやプレーでの目標を話し合う。


 清原はもちろんホームランを打てる強打者。


 山田は足を活かせるプレー。


 (さかき)は奪三振王。


 天童は盗塁阻止率ナンバーワン。


 津田は明るいチーム作り。


 木下(きのした)はのびのび野球ながらも厳しく。


 尾崎は打撃の克服。


 (パク)は守備の克服。


 園田はエースは譲らない。


 川口は先発挑戦。


 そして(ヨウ)はさらなるコントロールの高みとなった。


 夜月は『脇役でも何でもいいからシンプルに仕事をこなす』になり、主将らしくない発言ながらもチームのためのものだと全員に伝わった。


 次の話題は今後は投稿や配信をやるかどうかについてだ。


 これらは東光学園硬式野球部の伝統で、より多くのファンを獲得するのと学校の宣伝、そして硬式野球部の資金調達も兼ねている。


 だが夜月は『この伝統のせいで練習に身が入らないんじゃないか』とふと思い、この話題を振ったのだ。


 すると他の部員たちは下を向いてうつむき、いらないと思いつつも目的があるのならいるんじゃないかと考え込んだ。


 そんな中で清原と天童は……


「俺はもうやめた方がいいと思う。正直言って練習に集中出来ないし邪魔だと思ってたんだよな。ファンあっての野球だと思うが、負け続けたら結局意味なんてないしやめちまった方がいい」


「いや、負け続けているからこそ応援してくれるファンの声を聞くべきだと思う。もし急にそれらをやめたら毎回来てくれるリスナーたちを裏切る事になっちまう。俺たちは応援されてるから不思議な力が湧いてくるのも事実だろ?」


「それもそうだが……だからって練習で出来もしない事が試合で出来るわけがねえだろ? このまま何もかも中途半端に続けるよりも続けられること一本に集中した方がチームのためだ。アンチも増えてきたわけだしこれ以上続けたら傷つくやつも出るだろ」


「清原も大分チームの事を想うようになったんだな。確かに川崎国際の影響でアンチも増えて傷ついた部員もいるだろう。だがそんな奴らの声なんて聞くだけ無駄だ。やれる事をやって何が悪いんだ? 俺たちがいいと思ってもファンはどう思うんだ?」


「一旦静かに! 野球部内で決めようと思ったけどこのままじゃ永遠に話し合う羽目(はめ)になっちまう。ここはいっそ、SNSでアンケートを取らないか?投稿を続けるべきか、練習一本に集中してやめるべきかを。清原と天童の勇気ある発言と行動をまずみんなで拍手しようぜ」


「お、おう……熱くなって悪いな」


「いや、こちらこそ……」


 拍手された清原と天童は照れくさい表情で席に座り、夜月たちは二人の勇気ある発言と行動に拍手する。


 あおいが集計した結果は全員甲子園で優勝する事だった。


 しかも空欄(くうらん)のところに書いてあるのはこんな内容だった。


『川崎国際のやり方は納得いかない。俺たちが優勝して俺たちの正しさを世に知らしめたい』


『俺たちのやり方が間違ってないところを日本中に証明したい』


『野球は楽しいものだと日本中に教え、間違った高校野球の指導論を変えたい』


『学校のためとか親のためとかどうでもいい、優勝して自分のために自信をつけて卒業したい』


 ――だった。


 夜月はその投票用紙を見て涙がこぼれ、榊は夜月の肩をポンと叩いて声をかける。


「お前一人で背負い込む問題じゃねえよ。俺たちはお前を支えるためにお前を主将として受け入れ、そして俺たちに出来る事を何でもやるだけだ。夜月の中学時代と関係がありそうな今のおかしすぎる世の中を俺たちの野球で全部ぶっ壊してやろうぜ」


「榊……そうだな! ちょっとネットの評判で弱気になってたわ。投稿と配信についてはリスナーさんに(ゆだ)ねるとして、俺たちは甲子園で優勝するという最高に明確な答えが出た。これからは地獄になるだろうけど厳しくやりつつ楽しく野球が続けられるようなハードなのびのび野球でいくぞ!」


「おー!」


「って夜月も結構欲張りだなー! 厳しさとのびのび野球を両方やるって凄いぞー!」


「はははははは!」


 山田のツッコミがあって部室は笑い声が飛び、あのしかめっ面の清原でさえも笑顔が溢れた。


 こうして『甲子園に出場するだけでなく優勝する』という目的が定まり、東光学園硬式野球部は再スタートを切った。


 ちなみにアンケートの結果は……チャンネル登録者数のうち高評価のコメントを残したリスナーのみ投票資格を得るものだったが、100パーセントの答えで投稿と配信は続けてほしいが圧倒的だった。


 『バラエティあるのびのびとした名門校が見たい』らしく、同時に『受験生もこの学校を受けたい』と思うきっかけになり、東光学園の投稿や配信のおかげで野球が楽しめて日本の学生野球のレベルアップにつながった功績が称えられていた。


 それを見た清原は俺はこんな応援してくれる人たちを裏切りそうになったのかと涙を流し、天童はこれからファンのために頑張ればいいじゃんかと励まして衝突したのを許した。


 なお卒業後の春季大会地区予選では……帝応義塾高校に敗れたものの、県立神奈川農業と県立あざみ野高校にコールド勝ちして県大会に出場した。


 つづく!

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