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第102話 クリスマスデート

 クリスマスシーズンも近づき、周りのカップルたちがいい雰囲気(ふんいき)の中でも野球部たちは練習をする。


 春の選抜(せんばつ)をラフプレーとはいえ逃してしまったので、いつも以上にピリピリした空気で練習に(はげ)んでいた。


そんな悪い空気を察したのか、石黒監督は部員全員を集めてミーティングをする。


「どうしたお前ら? 随分野球を楽しめてないなー。顔が死んでるし声も荒々しいぞ? もしかしてラフプレーされて心まで病んじゃったの?」


「それは……」


「えっと……」


「まあ……」


「やっぱりな……。もしそうなると一回部活を休みにして心のリフレッシュをする必要があるな。クリスマスイブとクリスマス当日は部活を休みにしよう! 恋人がいる人はデートでもいいし、友達や家族と過ごしても構わない。自主練したいならしてもいいが、怪我だけはしないでな?」


「は、はい!」


「天童は恋人がいるからいいよなー」


「本当にそれな。俺たちも彼女欲しいぜ」


「オイラは実家にいるハムスターの世話をするぞ」


「俺はクリスマス限定のアルバイトするわ」


「夜月先輩はどうするんですか?」


「俺は特に予定はないな。木下(きのした)はどうする?」


「俺は母ちゃんの実家のバンコクに行きたいけど、野球の練習がまだ残ってる以上は厳しいかなって思う」


「たまにはばあちゃんに電話くらいしてやりな」


「うん」


「年末年始も部活は休みだが、(なま)けすぎて太ったり体調崩さないようになー?」


「わかっててもなりそうで怖いから気を付けます!」


「さすがしっかり者の園田! お前らも園田を見習えよなー?」


「は、はい!」


 こうしてクリスマスシーズンの二日間は部活が休みになる。


 夜月(やつき)は特に予定を入れていないので寮でゆっくり過ごそうかと考えた。


 部活終了時間になり、これからスクールバスで寮に戻ろうとした瞬間、一通のメッセージが届いた。


「誰からなんだ?」


晃一郎(こういちろう)さんへ、文化祭以来です。水野澄香(みずのすみか)です。クリスマスシーズンになり、私は今オフ期間になってどうすればいいのかを考えていました。そこでお付き合いする前夜(ぜんや)も兼ねて、クリスマス当日に私と二人きりで映画に行きませんか? 晃一郎さんにとっても楽しめる作品ですのでおススメです。なお冬休みの宿題も既に終えていますので安心してください。晃一郎さんさえよろしければ私とデートしませんか?』


「あの子か……。俺も暇してたし何もしないよりはリフレッシュになるか。返信するか……『久しぶりだな。俺もちょうど部活が急に休みになって時間が空いたところなんだ。澄香さえよければ是非おススメの映画に連れてってほしい。どんな作品なのかはわからないけど、きっと当日までお楽しみなんだろうから楽しみにしておくよ。クリスマスはよろしくお願いします』っと……よし」


こうして澄香とクリスマスデートをする約束をし、映画を観に行くことになった。


 クリスマスイブの日は天童や榊、園田とバッテリー練習で夜月もキャッチャーとして園田の球を受けた。


 すると園田は榊の事をかなり意識しているのか、『もう少し投げ込みをする』と言って夜月をまた座らせた。


 『いつもならクールに調整をするはずの園田が今日はおかしい』と思った夜月は、ブルペンでの練習後に園田に声をかける。


「園田、ちょっといいか?」


「夜月か、どうしたんだ?」


「お前、随分(さかき)に対抗意識持ってるんだな。投球にその魂がいつもよりこもってたぞ」


「バレてたか」


「今の園田は榊よりも実力は上だし、失点数や四死球(ししきゅう)も少ないはずだ。何故そこまで対抗意識を燃やすんだ?」


「もうそろそろ夜月には話してもいいか……。俺が大輔(だいすけ)と比べて器用なタイプなのは知ってるだろ?」


「そうだな。それがどうかしたのか?」


「俺は大輔よりも『ピッチャーとしては完成している』、だがただそれだけなんだ。俺のピッチングは攻略さえすれば簡単に打てるし、ただ左利きってだけで打てないわけじゃない。現に川崎国際の連中には攻略されちまった。それが悔しくて何度も投げ込みをしたんだが、どうしても俺には『伸びはあっても球威がなく恐怖感を与える事が出来ない』んだ。変化球も安定はしているが、決して変化量が大きいわけでもないし、これと言った最高の武器もない。投手としては器用貧乏(きようびんぼう)なところがあるの知ってるから、いずれは大輔に抜かれるのではないかって焦ってるのかもしれないな」


「そうか……だったらエースでいる間は自分の器用貧乏さを活かせばいいじゃないか。そこまで器用な左利きはなかなかいないし、何より安定感があるって事はそう簡単に崩れないんだろ? 確かに榊は不器用型だし化ければ急激に強くなるが、今焦ったところでいい結果は出ないと思う。園田の最大の武器は……左利きなのもあるがギリギリまで手元が見えない打ちづらい投球フォームだ。だが最近は抑えなきゃと意気込んでそれが出来なくなっちまってる。無意識に投げてたんだろうが、練習では俺は捕りづらかったぞ。だが練習では投げれたのにバッターがいると急に投げれなくなるんだ。もし園田さえよければそのフォームを自在に扱えるようになって見ないか?」


「夜月……お前って主将として自分の事で精一杯と思いきや、相変(あいか)わらず人の事見てるんだな。だとしたら協力してほしい」


「わかった!」


 園田の練習での独特のフォームが無意識にやっていて、バッター相手になると急に出来なくなるという夜月からの指摘を受け、園田は意識をしてそのフォームで投げてみた。


 するとそれが気になった天童は打席に立って確かめる。


 園田は意識して夜月の言う通りに投げてみると――


「うっ……!」


「うおっ!?」


「やべえ、こんなにも手元が見えないのか……!? 正面から見たらどこからボールが投げられるのか見えねえな……!」


「クッソ、やっぱり捕りづらい……! けど俺もよく捕れたな」


「夏樹! 俺にも見せてくれ!」


「お、おう」


 園田は器用さを活かして簡単にギリギリまで手元が見えないピッチングを習得し、これでストレート化変化球かの的を絞らせなくなった。


 クリスマスイブは充実した自主練で、榊に至っては変化球の握りを少し変えた程度だった。


 クリスマス当日、私服に着替えた夜月は川崎駅に向かい澄香が来るのを待つ。


 10分後に澄香が到着し、夜月は澄香に気付いて声をかけた。


「澄香!」


「お待たせしました! 寒くなかったですか?」


「いや、俺もさっき着いたところだ。それよりも澄香……私服がオシャレになったな」


「はい、アイドルたるもの私服にも気を使いますから! それに晃一郎さんもすごくカッコいいです!」


「ああ、ありがとな」


「では映画館に参りましょう♪」


「腕を組むのか……恥ずかしいな、小学生相手なのに」


「うふふ、晃一郎さんとデートなんて夢みたいです♪」


 夜月は大人の身体に近づいた澄香に少しだけ意識し、腕を組まれて胸が当たってるので照れくさそうに映画館に向かった。


 澄香のおススメの映画は『高校野球の試合で乱闘(らんとう)事件を起こした高校で不良である野球部員を更生(こうせい)させて甲子園に導く熱血監督』のお話で、かつてドラマでも大きな話題を生んでいる名作だった。


 それも夜月が中学三年の時の流行したドラマが映画化で、夜月も瑞樹(みずき)と一緒に見ていたドラマだ。


 そんな作品が映画化したので夜月も楽しみだったものがおススメだったことに驚いた。


 映画館の中に入り、始まるまで少しだけ雑談をする。


「澄香は本当に東光学園に行くのか?」


「はい、晃一郎さんが高等部(こうとうぶ)にいると聞き、中等部(ちゅうとうぶ)に入って最後の夏を迎える晃一郎さんを近くで応援したいと思いましたから。それにあのまま受験をせずに中学進学したら、川崎市で最も評判の悪い神木(しぼく)中に行くことになります。それだけはどうしても避けたくて、私みたいな根暗(ねくら)な子はいじめのターゲットにされるだけですから……」


「澄香も神木中の悪評を知ってたんだな。だとしたら受験は正解だな」


「はい、それに東光学園はとっても魅力的です。東光学園の卒業生は全員社会で上手くやっていけて、中には普通の会社員ですが海外に進出した人もいます。そんな学校で学び、私も社会で通用するような人になりたいんです」


「なるほどな、確かにおすすめだな。あ、そろそろ始まるぞ」


「はい♪」


 ついに映画が始まり、部屋が暗くなってスクリーンにドラマが映った。


 不良たちはもう既に三年生で最後の夏なので更生はとっくに済んでおり、熱血先生の指導もより熱いものとなっていた。


 しかし絶対王者の高校が決勝の相手で、その試合のシーンを映画にしたものだった。


 唯一の不良じゃないキャプテンが途中出場してエースの不良を導き、絶対王者から逆転サヨナラホームランのシーンで澄香は涙を流す。


 すると夜月はあらかじめ持っていたポケットティッシュを無言で手渡した。


 澄香はそのティッシュで涙を拭き、不覚にも夜月は澄香の事を可愛いと思ってしまった。


映画を終えて喫茶店(きっさてん)でお茶をして、ゲームセンターで音楽ゲームを二人で楽しんだらすっかり夕方になる。


「今日はありがとうございした♪」


「澄香ちゃん津田山(つだやま)駅が最寄(もよ)りなんだろ? 家まで送っていくよ」


「いいんですか? ありがとうございます! ではお言葉に甘えさせていただきますね♪」


 夜月はまだ小学生という事で澄香を家まで送り、寮長には遅くなると連絡を入れて津田山駅まで送る。


 少し歩いたところで澄香の家に着き、澄香と夜月は別れが惜しいと言わんばかりに見つめ合った。


 すると夜月は勇気を出して澄香に声をかける。


「あのさ、クリスマス当日って事でさ……澄香にプレゼントがあるんだ」


「え……? プレゼント用意してくれたんですか?」


「これなんだけど、開けてくれないか」


「はい……っ!? これは……!」


「寮のみんなと作ったクリスマスケーキだ。家族と一緒に食べてくれ」


「あ、ありがとうございます……! 最高のクリスマスになりそうです! ケーキ、いただきますね! では……また会いましょう!」


「澄香っ!」


「はいっ?」


 チュッ……


「ふぁ……っ!?」


「絶対に甲子園に連れていくから、応援よろしくな! 澄香……好きだ」


「本当ですか……? 私も晃一郎さんが大好きですっ! 中学生になったら、本当に恋人になってくださいね!!」


「おう!」


 夜月にとっては最高のクリスマスになり、小学6年生の澄香と来年には恋人になる約束を本格的にする。


 こうして各部員たちはそれぞれのクリスマスを過ごし、リフレッシュした空気でのびのびと厳しく練習をした。


 年末年始にもなり、また部活がオフになると夜月は去年のあの出来事が忘れられずにコミックマーケットに誘う決意をした。


 つづく!

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