第101話 修学旅行・最終日
修学旅行もついに4日目の最終日になり、A班全員でお世話になった大和家に挨拶をする。
班長である優子にとっては帰省にはなったが、付き人の黒磯に別れを告げて大和家を後にする。
去り際にお土産の八橋を全員分もらい、お土産コーナーで買う手間が省かれて一同はお金的な意味でホッとした。
京都修学旅行の他の班と二条城で合流した後は、トロッコに乗って嵐山を一望する。
「おい見ろよ! あの川大きいな!」
「紅葉もキレイ……!」
「ここSNS映えするから写真撮ろうっと!」
「落ちるから外に顔を出すなよ?」
「わかってるって!」
「他の班は結構騒がしいな」
「だな。河西と中村を除いてな」
「何だよー、お前らこんないい景色見て興奮しないのか?」
「そうだよー、あたしは興奮するけどなー」
「他のお客さんに迷惑だから騒ぐボリュームを控えめにね? 騒ぐなとは言わないけど」
「騒ぐの事自体を否定しないのが長田らしいな」
「こんなきれいな景色を見たら誰だってテンションが上がるでしょ? 私だってはしゃぎたいんだから」
「けどはしゃすぎて通りすがった他の客にぶつかったり怪我させるのが怖いもんな。本当に長田はしっかり者だよ」
「夜月くん、よくわかってるじゃない」
「まあな」
「まもなく発車いたします。危ないですから座席に戻りますようお願いします」
「さあ戻るよ。名残惜しいけど怪我したくないからね」
「はーい……。しかし林田って陰キャだけど結構コミュ力高いよな」
「そうかな? 僕はコミュ症だって思うけど……」
「きっとバスケ部主将をやってるから林田くんもコミュ力上がったんだよ」
「高坂さんの言う通りそうかも」
「やっぱり池上荘に住んでみんな成長したんだよ。クリスたちも部活や勉強だけじゃなく、人間的にも」
(コクコク……)
「言われてみれば周りの勝手な評価に左右されなくなった気がするよ」
「そうだね。女優の白波吹さんもうちに住んでから変わったもんね」
「そ、そうだね……。私も少しだけ勇気が出たかな……」
「さやかも漫画家として軌道に乗ってきたしね! 池上荘メンバー全員でもっと頑張ろう!」
「おー!」
池上荘のメンバーは夜月含めて中学時代にいろいろと問題を抱えていた人が多かったが、それは崩壊した自治体の勝手な思い込みで東光学園からすれば個性は強いが育て甲斐のある生徒ばかりだ。
クセもあるが将来性は充分で、『いつかは本当に何かの天才になるんじゃないか』というこの集まりなので部活や勉強、芸術などで結果を残しつつある。
嵐山をトロッコで傍観し、今度は時雨殿という百人一首を遊び学べる施設へ行く。
そこには新天堂という世界一のゲームメーカーが提供している施設で、AIとのかるた対戦やその歌の世界観を体験できるコーナーもある。
時雨殿に着いた生徒たちは集合場所に集まり待機する。
そして案内役の人がやって来て、今から時雨殿での見学会を始める。
「皆さんこんにちは。私はこの時雨殿の案内役の定家と申します。ここは百人一首の世界観をより身近に体験するための施設で、皆さんにはその世界観を実体験してもらいます」
「楽しみね……」
「そうだね……」
有希歩とさやかは各学校内で行われた百人一首大会でも優秀な成績を収めていたので、百人一首についてはそれなりに詳しくはある。
とくに有希歩は歌の意味も把握していて人に説明できるほどである。
ただし成績の悪いつばさや河西、黒崎や日本語がまだぎこちないクリスには難しく、いかに簡単に説明できるかが有希歩の試しどころだ。
「ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みづくくるとは……。私が一番好きな歌よ」
「ちはや……何だそれ?」
「竜田川という川があるのだけれど、その川が紅葉に溢れてて真っ赤に染まるなんて神の時代でさえ聞いたことないって意味よ。川面に浮かぶたくさんの紅葉が美しく見える景色、私もトロッコに乗ってて美しいって思ったわ」
「ああ、そういやその歌の最初の5文字をタイトルにした漫画があったな」
「よく知ってるね夜月くん……」
「林田からおススメだって言われて読んだからな」
「あの漫画は凄いからね。百人一首の競技を題して成長していく話だけど、かるたを物語にする漫画はなかなかないからね」
「奥原が描いたそのキャラも綺麗だったぞ」
「あ、ありがとう……」
「ではここからは対戦コーナーです。AIと5本勝負して勝てば商品がもらえますよ。その商品は……東光学園にある食堂のうち、3つのメニューまで2割引きの特権チケットです」
「まあさすがに半額まではいかないが、それでもお得じゃん!」
「よーし! 絶対勝ってやるぞ!」
「あ、でもそのAIは上の句の5文字から取ってくるのでメチャクチャ強いですよ。それでも戦う覚悟のある方はいますか?」
「俺がやります!」
「私も!」
「では……はじめっ!」
数々の一般生徒たちがAIと勝負するものの、上の句の5文字で取るようなAIに成す術もなく瞬殺されて終わってしまった。
そこに競技かるた部の部員たちも参戦するも、あと一本のところで負けてしまうなど厳しいものになった。
さやかも挑むも反射神経の鈍さが仇となって惜しいところまでで終わった。
そこに挑む者は……
「私が行くわ」
「え……? 生徒会長が行くのか……?」
「有希歩、無理しないで。あのAI強いよ?」
「任せて」
「では……はじめっ!」
「きみがため はる……」
「そこねっ!」
「おおー……!」
「2本目!」
「ふくか……」
「ここだわっ!」
「おおーっ!」
有希歩は上の句の3文字目で無駄のない動きで札をどんどん取っていく。
空札があっても動じずに冷静でいられたのでお手付きは一度もしなかった。
最後の5本目では……。
「これや……」
「これで終わりねっ!」
「うおーっ!!」
「まさかレベルマックスのAIに勝つなんて……!」
「暗記なら得意なんです。文芸部では書くだけでなく読むときにもちゃんと内容を覚え、世界観を理解しなければならないんです。それは百人一首でも同じだからどこにあるかがわかるんです」
「さすが生徒会長!」
「有希歩カッコいいー!」
「完全無欠のメガネっ子だな!」
「有希歩ちゃーん!」
「参りましたね……では約束通り長田さんには食堂の3メニューまでであれば2割引きのチケットを差し上げます」
「はい、大事に使わせていただきます」
(あの顔つき、長田有希乃に似てるな……。まさかな……? 姉妹だしそんなことないか、でも有希乃は修学旅行に出てないと聞いたけど、長田のやつ何を隠してるんだろうか……?)
有希歩の意外な得意分野に生徒一同は拍手喝采で、案内係の人は凄く悔しそうだった。
それもそのはず、有希歩の母親は競技かるたで高校生クイーンにもなったことがある人で百人一首とは縁が深かった。
だが百人一首だけにとどまらず本を読むのが好きで文芸部に入り、さまざまな文学を通じて国語力が強くなったのだ。
運動はあまり得意ではないが反射神経のよさは一級品で、有希歩は何か運動しているのではないかと考える生徒も一部いたそうだ。
一方で夜月は有希歩を双子の妹でスクールアイドルをやっている有希乃に姿が重なり、修学旅行にも体育祭にも出ていないことに疑問を覚え、実は同一人物なのではないかと考えたが、今は考えないようにしようと思い、踏み込むのをやめた。
時雨殿を後にした夜月たちはお土産コーナーへ行き、それぞれ後輩たちへのお土産を購入していった。
そし京都駅を出発した生徒たちは新横浜駅まで全員眠りについた。
こうして修学旅行を終え、大和家に出会った夜月たちは義理と人情を学び、貴重な京都の文化を体験したのであった。
つづく!




