クーとおしゃべり
授業が終わり寮に戻って来た私は、制服のままベッドにダイブした。
「ああ、疲れた」
そんな私にアネリが冷たい視線を向ける。
「お嬢様は何故そんなにお疲れに?今日は式典とクラスで少し交流があっただけですよね。疲れる要素が見当たりませんが?」
相変わらずだね、アネリちゃん。
「そうなんだけどさぁ。シシリー嬢がねえ」
今日の話をアネリに話して聞かせると、アネリの顔がどんどんにやけてくるのがわかった。この件に関しては、無表情という装備を外せるようだ。
「それではお嬢様がヒロインに成り代わるという訳ですね」
「ないから。侍らさないから」
「チッ」
アネリちゃんたら舌打ちしましたよ。普通、主人に舌打ちする?アネリちゃんは私に何をさせたいのでしょう。
「キャン」
そんな時、クーがアピールするように鳴いた。
「ん?どうしたの、クー。お腹空いた?」
私が聞くと「キャン」と答える。
「そっか、そっか。催促できるようになったって事は、順調に回復してるんだね」
魔力をあげると嬉しそうに目を閉じる。
「ふふ、クーちゃんは本当に可愛い」
疲れた心が癒された。
翌日。クラスに行くとレンゾ様が待っていた。
「おはよう」
「おはよう、レンゾ様」
二人で並んで席に着く。
「あれからシシリー嬢、だったかな。彼女と会ったの?」
開口一番、シシリー嬢の事を聞いてきたレンゾ様を頭の中でだけ驚きながら見つめた。やはり彼女の事が気になるのだろうか?
「いいえ。そもそも彼女とは、寮の棟が違うから」
貴族の子供たちのほとんどが、この学院に通っている。かなりの人数だ。だから寮も必然的に何棟かに分かれているのだ。
男爵位と子爵位で1棟。伯爵位で1棟。侯爵位で1棟。公爵位で1棟という具合だ。王族がいる場合は、王族専用の離れがある。子爵位であるシシリー嬢とは会おうと思わない限り、寮が建つエリアでは会わないのだ。
「そうなんだ。何というか……独特な感じの女性だね」
「そうね。まあ、母親である子爵夫人からして変わっていらっしゃるから」
誤魔化す事なく小さな毒を吐く私を見て、レンゾ様が笑った。
「ははは。ミケーリア嬢は、見た目程儚くはないようだね」
レンゾ様の言葉にキョトンとしてしまう。
「私、儚く見えるの?」
「そうだね。少なくともダンドロッソでは、あなたのような見目のレディは大切にしなくては壊れてしまいそうだと思われるんじゃないかな」
確かにダンドロッソは、ここ、カルファーニャ王国より全体的に肌の色が濃い。おまけに髪の色も銀色と全体的に色素が薄いと、儚く見えるのかもしれない。いや、病的に見えるのかも。
「残念ながら儚くはないわ。それどころか、その辺の令息より強いと思うわよ」
私は別に自分の容姿を嫌ってはいないが、弱く見られるのは好きではない。見目だけで勘違いされるのは嫌なのだ。この見目に釣られただけで寄って来るような男性は願い下げだと常々思っているのだ。そんな私のセリフにレンゾ様が笑った。
「ははは、それは増々、ミケーリア嬢に興味が湧いてしまうね」
「ふふ、悪趣味ね」
それから数日は、何事もなく平和に過ごした。クラスの雰囲気にも慣れ、レンゾ様だけでなく話をする友人も出来た。クーはすっかり元気になり、眠っている時間もぐっと少なくなった。
そんなある時。
『リア』
授業中、ふと誰かに呼ばれる。
『誰?』
リアなんて愛称で呼ぶほど親しい人間はここにはいないはずだ。
『リアったら』
再び、可愛らしい声で名を呼ばれる。周りをキョロキョロするが、誰も私を見ていない。
『私を呼ぶのは誰?』
すると『僕だよ』という声と共に、クーが机の上に飛び乗って来た。
「クー?どうしたの?」
授業中は大人しく膝の上で眠っているクーが、何かを主張するように机の上に乗って来たのだ。小声でクーに話しかける。
『あのね、僕ね。ケガが治って元気になったの。だからね、お外に遊びに行ってもいい?』
私の目を見つめながら、頭の中に話しかけて来た事に今更ながら気付く。ガタガタッ!驚き過ぎて思わずイスから立ち上がってしまった。
「ティガバルディ嬢?どうしました?」
突然立ち上がった事に驚いた先生が私に聞いて来た。
「あ、あの、申し訳ありません……毛虫がいて……」
窓際の席に座っていた為、それらしい言い訳をすると、周囲の令嬢が騒ぎ出してしまった。
「嫌だ!毛虫!?」
「怖い!」
「気持ち悪い!」
いもしない毛虫のせいで、プチパニックになってしまう。
「皆さん、落ち着いて下さい。ティガバルディ嬢の周辺をよく見て。まだいるようなら外に出しますから」
先生がそう言いながらこちらに近寄って来る。するとクーが「キャン」と鳴いた。
「先生、どうやらこの子が退治してくれたようです」
そう言うと、クーは五尾をフリフリしながらもう一度「キャン」と鳴いた。一気にほっこりした空気になる。
「そうでしたか。偉いですね」
クーに向かってニッコリと微笑みながら褒める先生。褒められた事がわかったクーは嬉しそうに「キャン」と鳴いた。何もしてないけどね。