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優しくて優しくて

 隣に座り輝くルビーの瞳で私を見つめるアルノルド王子の表情は、どこまでも優しい。こんな夜中に突然現れた私に対して、気を悪くするどころか気遣ってくれる。本当だったら警備に突き出されてもおかしくない事なのに。王子の優しさに何だかまた泣きそうになる。

「昼間、謝罪も礼も述べずに帰ってしまった事に気付いて……そしたらクーがここに……本当に申し訳ありません」

私の拙い謝罪を黙って聞いてくれていた王子は「そうか」と言って微笑んだ。低く心に染みるような優しい声音に、胸がキュッと詰まったような感覚になる。そんな胸の詰まりを吐き出すように言葉を続けた。

「あんなにたくさん泣いてしまって、本当に申し訳ございません。涙でシャツをダメにしたのではないですか?弁償させてください。それに……それに私、酷い言葉をたくさん言ってしまった」

落ち込む私の頭を幼い子供にするように、王子が撫で出した。大きくて暖かい手はどこまでも優しくて、私は大人しくなすがままになっていた。


「リアはなにも酷い事など言っていない。それどころか、私や他の皆の心配をしていた。だからこそ自分が命を狙われるようになったのに、私たちが守ると言った言葉を重く受け止めたのだろう。私たちを巻き込む事で、私たち自身が危なくなるかもしれないと考えてくれたのだろう」

染み込むようなテノールの声に、ウルウルと涙を浮かばせてしまう。泣いてはダメなのに、謝罪しているのだから泣くなんて絶対にダメなのに……そう我慢すればする程、目に力を入れれば入れる程視界がブレる。


それでも泣くまいと、口を引き結び目に力を入れ続けていると、王子の腕の中に引き込まれてしまった。

「うう、これではまた、シャツがびしゃびしゃにぃ」

驚きで力が抜け一気に涙腺が緩んでしまい、グスグスと泣き出してしまった私に王子がククッと笑った。

「忘れているのかもしれないがこれでも一国の王子でな。シャツの一枚や二枚、ぐしょぐしょにされたところでなんともないんだ。なんなら十枚でも二十枚でも濡らして構わない」

王子の少しふざけたような言い回しのお陰で、泣いているのに笑ってしまう。

「ふ、ふふ。何だかお父様みたいな言い方」

そう言ってふと、お父様の言っていた事を思い出した途端に涙が一気に引っ込んだ。

「お父様、お父様がルド様を殴ってもいいかなって言っていたんです。申し訳ございません。なにをどう勘違いしたのか、お父様が私が泣いたのはルド様のせいだって言い張って。一発や二発、七、八発は殴るって」


私が言い終わったのと、抱きしめられる力が強まったのは同時だった。

「殴られても文句は言えない。婚約者であるリアを蔑ろにしていたのは事実だしな。それを今更になって好意を持ったと言っても許されないのは当然の事だし。あの時、私の言葉をきっかけにリアが泣いてしまったのは事実だし……私の腕の中で泣きじゃくっていたリアに対して、私がどう思っていたか正直に話そうか?」

そこで言葉を切った王子は見上げている私をジッと見つめた。優しげに揺らめいていたルビーの光が、少しだけ強くなったような気がした。

「あの時、苦しげに声を上げ泣いている君に対して、同情や労りの気持ちの他にもう一つの感情を持ったんだ……このまま私のものにしてしまいたい、私だけのものにしたいって。そのくらい、あの時のリアは可愛かった」

「わあぁーーーー」

死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。恥ずかしさで死んでしまう。私は王子の腕の中で奇声を上げた。


私の奇声に肩を震わせて笑っていたアルノルド王子は、私が落ち着くと「褒美だ」と言ってクーにたくさんのお菓子を持たせてくれた。

「もう大丈夫か?」

「はい……お騒がせしました」

「また明日な」

「はい。遅い時間に突然お邪魔して本当に申し」

謝罪を述べかけた私の口を、王子が人差し指で押さえた。

「もう謝らなくていい。会いに来てくれて嬉しかった。これからもいつでも会いに来てくれて構わない」

口を押さえていた王子の指はスッと頬に滑り、顎のラインを撫でてから離れた。真紅の瞳はキラキラと輝きながら私を見つめている。どうにも恥ずかしくなる私は、きっと真っ赤になっていただろう。

『じゃ、帰るよ』

クーは金色の魔法陣を出し、次の瞬間には私たちは自室に立っていた。

『お菓子は明日にしよう。眠くなっちゃった』

クーはサイドテーブルにお菓子を置くと、とっとと枕元に丸くなった。私もベッドに入る。けれどドキドキする心臓はおさまらなくて、私は布団を頭から被った。



翌日。急な仕事で呼び出されてしまい、シクシクと泣きながらお父様は王城へ向かった。お兄様は学生時代の友人と遠乗りに行くのだと、朝早くから出掛けている。休日なのに珍しく、私は一人で屋敷で過ごす一日を迎えたのだ。

「たまにはゆっくり読書でもしようかしら?」

お父様の乗った馬者が見えなくなると、私は伸びをしながら部屋へ戻った。そして何冊か本を抱え、庭にある四阿へ向かう。そこには既にお茶の準備がされていて、私はゆっくりと本を開いた。


暫くするとなんだか気持ちが良くなって眠くなる。少し行儀は悪いがクッションを枕に、ベンチに横になった。すると間もなく、四阿に私以外の人の気配を感じた。

『誰かいる?』

そう思いながらもうつらうつらしていると、気配は確実に近付いてきている。そして私の目の前で動きを止めた。気配は無言を貫き、ぶわりと魔力を膨らませた。


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