お茶会
お茶会当日。アネリの言った通り、準備は完璧だった。偶然にもスピナジーニ親子は、どこぞのお茶会に行ったそうで不在ときた。それだけで気持ちが軽い。自分の支度も終え、お兄様と皆を出迎える為階下に行くと、ニコニコしたお父様が既に待っていた。
「父上は招待していませんよ」
お兄様が冷たくあしらうと、途端にお父様の瞳がウルウルになってしまった。
「私だってリアと一緒に、お茶会したい。せっかくの休日なのに」
そう言って私たちを見るお父様に胸が痛んでしまう。けれどお兄様は全く動じていなかった。それどころか蔑んでいるような気すらする。
「明日もあるんですから、今日は大人しく引っ込んでいてください。邪魔です」
ああ、お兄様、辛辣過ぎる。でもまあ確かに、今日は流石に大人しくしていただきたい。
「お父様、明日はずっと一緒に過ごしましょう」
お父様の手を握りながら私が言うと、渋々ながら諦めてくれた。
「全く。本当に困った親バカだよね」
そう言って鼻で笑うお兄様を横目に見ながら、お兄様も負けないシスコンですよと心の中で呟いたのは内緒だ。
暫くすると、続々と皆が集まり出した。令嬢たちは出迎えているお兄様を見て、目がハートになり同席しているアルノルド王子たちにもクラクラさせられている。
「私……最後まで保つか怪しいわ」
ボソリと一人が呟けば、他の令嬢たちもうんうんと頷いていた。私はホスト役に徹し(の方が一般的な表現では?)、特に誰かとどうこうという事もない。男性陣も女性陣も、程良く交流を持ってくれているようで、私としては満足だ。クーもちゃっかり参加して、皆に愛想を振りまいてはお菓子を貰っていた。今は、アルノルド王子の膝の上でケーキを頬張っている。
壁際にはちゃっかりアネリが控えている。涼しい顔で立っているが、内心はウハウハなのだろう。暫くすると、ノックの音と共にティーワゴンを押して来た……お父様が入って来た。しかも執事服を着ている。その姿を見た瞬間、お兄様がぶっと吹いた。そしてもう一人、お兄様と同じタイミングで吹いた人がいる。アルノルド王子だ。吹き出された本人は全く気にした様子もなく、優雅な手つきで皆にお茶を淹れている。なかなか様になっているのは何故なの?しかもお茶を淹れ終わったお父様は、部屋から去る事なくちゃっかりアネリの隣に立った。アネリの肩が震えているのは、面白くてなのか苛ついてなのかわからない。
『なんだかもう滅茶苦茶だけど、楽しいからいっか』
開き直った私は、この場を素直に楽しむ事にした。
お茶会も終盤、そろそろお開きになろうかという時だった。何やら扉の向こうが騒がしい。嫌な予感がする。アネリに視線を向けると、コクンと頷いたアネリが扉の方へ向かったその時。
バーンと両扉が思い切り開いた。
「あら、これはどういった集まりですの?」
入って来たのはなんと、スピナジーニ夫人だった。すぐ後ろにはシシリー嬢もいる。
「わあ、みんないる」
そう言って嬉しそうにしている。ズカズカと入って来る夫人を家令が止めようとしたが、その手を夫人が振り払った。
「ちょっと、誰に向かって手を出そうとしているの?私は後の」
絶対にとんでもない発言をするに違いない。そう思った私とお兄様は慌てて立ち上がったが、夫人がそれ以上言葉を発する事はなかった。いや、言っていたのだろうが音として発する事が出来なかったというのが正しい。
「おや?どこの非常識が紛れ込んだのでしょう?」
そう言ってスピナジーニ夫人の前に立ったのはお父様だった。穏やかに微笑んでいたお父様の周りの空気が一気に変わる。殺気だ。殺気を真っ直ぐに向けられたスピナジーニ夫人は真っ青になっていた。
「皆様、お騒がせして申し訳ございません。こちらは私の方で片付けさせていただきますので、皆様はお気になさらず続きをお楽しみ下さい」
こちらを向いてそう挨拶したお父様は、そのまま家令と共に二人を連れ出した。
「みんな、騒がしくしてしまってごめんね」
お兄様が謝る。今日、ここに招待した人たちは全てスピナジーニ母娘の事を知っている面々ばかり。それなのに令嬢たちは皆、呆けたような表情で扉の方を見続けていた。
「みんな、どうしたの?」
やはりあの母娘が衝撃的過ぎたのだろうか?不思議に思って聞くと、一斉にキャーと黄色い声が応接間に響いた。
「リア、あの方はどなた?ダンディでかっこいい」
一人の令嬢が真っ赤な顔で私に聞いて来る。
「はい?」
質問の意味がわからず、間抜けにも聞き返してしまった。
「執事の方なの?すっごく素敵な方だったわ」
他の令嬢たちも興奮したように、誰なのかとかいつからいるのかとか、結婚しているのかとか質問攻めをしてくる。ここはどう答えるのが正解なのだろう?なんとなく父親だとは言い難い。助けを求めるようにお兄様を見ると、困ったように肩をすくめていた。アルノルド王子はもうずっと笑っている。アネリも肩が滅茶苦茶震えている。ミアノ様たちは、スピナジーニ夫人の事で話しながら笑っていた。
こうして妙に盛り上がったお茶会は、お父様が最後に人気を掻っ攫って幕を閉じたのだった。




