招待
「……唐突ですね」
ミアノ様の突然のプロポーズに、冷静に返してはいるが心臓はバックバクだ。だって授業中だよ。こんな時にプロポーズしてくる人なんている?いるわ……すぐ隣に。
「そうだな。私も今そう思ったからな。だが本気だ」
私の感想を聞き、赤い髪をかきあげニヤリと笑う。嫌味なほどのイケメンっぷりだ。クラッとしてしまうのは仕方がない。
「残念ながら今のではアウトです」
動揺しつつもツッコむと、ミアノ様は不思議そうな顔をした。
「何故だ?」
「だって、ミアノ様は私の事が好きだから求婚した訳ではありませんよね?」
「好きだが?」
「はい?」
待て待て。好きが軽いでしょう。
「それは友として?」
「友としても、だな。異性としても興味を持っているのは確かだ」
前から思っていたけれど、ミアノ様は少しばかり脳も筋肉に侵されているようだ。単細胞過ぎる。
「はああ。では、私自身を本当に好きになったらまた求婚してみて下さい。これでも私は、本気で私を愛してくださる方の元に嫁ぎたいと思っているので」
「よし、わかった」
そして何事もなかったかのように、ミアノ様は再び授業を聞き出した。
『まさか、こんなに普通にプロポーズされるなんて思ってもみなかったわ』
私は小さく息を吐くと、なんとか脳内を勉強モードに切り替えた。後ろで激しく動揺している二人の男がいる事にも気付かずに。
クーの噂が落ち着き出した頃。特に本に沿ってやるべき事もなく、穏やかに過ごしていた。あと10日程で冬の休暇に入る。
「ミケーリア嬢」
そんなとき、パウル様から声を掛けられた。
「パウル様、何でしょう?」
「ふふ、こちらを」
パウル様に封蝋のされた封筒を渡される。
「これは?」
「我が家への招待状です。母の贈り物を一緒に見つけてくれたお礼に、母が是非我が家でお茶でもと」
「パウル様のお母様が、ですか?」
「ええ、あの宝石箱をとても気に入ったようで。是非、直接お礼がしたいと言う事だそうですよ」
「そんな大した事などしておりませんのに」
これは行かない訳には行かない。私はこの招待を受ける事にした。
オスティアーゼ家は、ティガバルディ家と同じ公爵家。我が家にも負けぬ程の屋敷を構えていた。
「まあ、まあ。お待ちしてましたわ」
出迎えてくれたのは、パウル様と同じ紺の瞳をした優しそうな御婦人だった。
「本日はお招きに預かりまして、ありがとうございます。ミケーリア・ティガバルディでございます」
「ふふ、ようこそいらっしゃったわ。パウルの母のエンマ・オスティアーゼよ。どうぞ」
エンマ様自らの案内で、屋敷の中へ入った。
「パウルがね、よくあなたのお話を聞かせてくれるのよ……キツネちゃんは来てないのね」
「はい。初めてお邪魔させて頂く席に、連れてくるのはどうかと思いまして、我が家で留守番をしてもらっております」
「そんな気遣いは無用よ。今度は是非一緒に連れてらして」
見かけだけではなく、中身もとっても優しい方のようだ。屋敷内も文句のつけようのない程素晴らしい。
「あの宝石箱ね。本当に気に入っているのよ。今までパウルから貰ったハンカチをしまっているわ。一緒に選んでくれたのよね。本当にありがとう。」
「ああ、ハンカチを」
母親にとって、息子からの贈り物というのは宝石以上の価値があるだろう。
「私は提案をしただけです。一生懸命考えて選ばれたのはパウル様ですわ。ふふ、助言が役に立ったようで良かったです。何よりも大切な宝物になった様ですもの」
「ふふふ、そうなの。私の一番の宝物よ」
優しい笑みを浮かべてそう言った夫人を見て、心の深い所が温かくなった。思わず私も笑みを返していた。
エンマ様とパウル様とのお喋りはとても楽しかった。気付けばすっかり時間が経って、そろそろ陽が傾くであろう時間になっていた。
「是非、また遊びにいらして。今度はキツネちゃんも一緒に」
「はい」
帰りはオスティアーゼ家の馬車で送ってもらう。
「すみません。母はすっかりあなたを気に入ったようです」
「ふふ、私も楽しかったです」
本当に楽しかったのだ。母親という優しさに触れることが出来て、純粋に嬉しかった。
「私としては触りだけ母と一緒に過ごして、残りの時間は私と二人で過ごそうと考えていたのですがね」
「それは……残念でしたね」
笑って返せば不服そうな表情をするパウル様。
「少しも残念そうではありませんね」
「あら、わかりました?」
ふざけて返すと突然、パウル様の顔が真剣なものになった。




