可愛く見えるの何故?
本当に呼んでいいものか。そう考えたのはほんの一瞬で、すぐに躊躇なく提案を受け入れた。
「ではルド様。私もどうぞリアとお呼びください」
すると、アルノルド王子の目が見開かれた。真紅の瞳がキラキラしているのは気のせいかしらね。
「いいのか?」
「勿論。私ばかりが愛称で呼ぶなんておかしいですもの」
「……そうか……では……リア」
随分時間をかけて、少し畏まった表情で私の名を呼んだアルノルド王子。
「はい」
なんだか可笑しくなってクスクスしながらも返事をすると、王子は視線を下げてしまった。
『耳が真っ赤だわ』
照れたみたいだ。なんだか可愛らしいと思うと同時に、急に私まで恥ずかしくなってきてしまった。ところが、そんな甘い空気を許さない子がいた。
『早く食べたい』
そう催促するクーは、タシタシとテーブルを前足で叩く。ごめんと謝りながら王子に提案した。
「クーが待ちきれないようです。注文しましょうか?」
王子もクーの様子に理解を示し、すぐに了承してくれる。
「はは、そうだったな。待っていろ、すぐに注文するから」
笑いながら顔を上げた王子は手を伸ばし、私の膝の上で前足をテーブルに置いているクーを撫でた。
「キャン」
撫でられたクーの五尾が、嬉しそうにブンブンになった。
「美味しい」
私たちは、それぞれ異なるケーキを頼んだ。アルノルド王子はモンブラン。クーはフルーツタルト。私はレモンチーズタルト。
『リアのも頂戴』
クーの催促に笑いながら一口あげると、嬉しそうに尾を振りながら食べていた。
「私のも一口食べるか?」
アルノルド王子が、フォークに挿してクーにあげた。尾を振りながら満足そうに食べるクーの姿を見て微笑む彼の姿に、周辺の女性たちまでつられて微笑んでいる。
「よろしければ、こちらをお使いください」
メニューを持って来た店員とは異なる店員が、ナプキンを持って来た。先程から何かにつけて店員がやって来る。しかも同じ人ではなく違う人がだ。皆揃って髪や服が乱れている。三人いる店員皆だ。何故なのかと思い暫く観察してみて納得した。どうやら給仕の三人で、このテーブルにつくための争いをしていたらしい。結果、皆ボロボロになって順番に来る事になったようだ。その情熱、凄いとしか言いようがない。それにしてもちょっと来すぎじゃないのと思うけれどね。アルノルド王子の魅力、恐るべしだ。好意を向けられている張本人である王子は、給仕たちの執着を気にする風でもなくこちらを見てはニコニコしている。クーの事が相当好きなようだ。
「……リア」
クーが二つ目のケーキを半分ほど食べた頃、アルノルド王子が少し不安気に私を呼んだ。
「なんでしょう?」
「リアはレンゾ殿ととても仲が良いようだが……もしかして……彼に想いを寄せているのか?」
「へ?」
おっといけない、驚き過ぎて素の声を出してしまった。たしかに最初の友人になってくれたレンゾ様とは仲が良い。クラスで一番仲が良いと言えるだろう。
でもねえ、ないわ。あんな中性的な美しさを男性として意識する事が出来ない。言ってみれば芸術品を常に傍で見ているようなものだ。芸術品に想いを寄せるなんて趣味はない。
「レンゾ様は、私が学院で一番最初に友人になった方です。気は合いますがそれ以上の感情は持っていませんし、これからも持つ事はないでしょう」
即答で答えると、誰が見てもわかる程嬉しそうな顔をした。しかも私にはハッキリ見える。大きな耳とフサフサの尻尾が。
「そうか……良かった」
本当に大型犬のような人だ。美しいとは思えても、可愛らしいとは思えるはずなんてないのに……ヤバい、可愛い。思わず目一杯腕を伸ばし、アルノルド王子の頭を撫でてしまった。いや、正確に言うと届かなくて頭と言うよりおでこになってしまった。そんな私のお腹とテーブルに挟まれ、潰れたクーが「ヴミャッ」と変な声を発した事で我にかえる。
「あ、申し訳ございません。つい……」
慌てて引っ込めようとした手を掴まれてしまう。
「謝らないでくれ。嬉しかったから」
目の下を少し赤らめた表情で私を見るアルノルド王子。真紅の瞳が潤んでいるのは気のせいではないようだ。




