一方のお兄様は
「じゃあ、この子ももらってくださいますか?」
パウル様がウサギのぬいぐるみを差し出して来た。
「よろしいのですか?」
「勿論、元から差し上げようと思って選んでいましたから」
「ふふ、ありがとうございます」
「皆、考える事は一緒だったか」
最後に獅子のぬいぐるみを渡してくれたアルノルド王子が、柔らかく微笑んだ。
「今日は本当に楽しかった。また明後日、学院で」
ぬいぐるみを渡しながらそう言った王子に、素直にコクンと頷いて三人を見た。
「はい。皆さん、今日はありがとうございました。また明後日」
「ああ」
思っていたよりも楽しい収穫祭を過ごす事が出来て、自然と私は満面の笑みを浮かべる。そんな私の笑みにつられるように、笑みを返してくれる三人を見た私の心臓がドクンと大きく鳴った。そりゃ、超絶イケメンな男性三人の笑みが自分だけに向けられれば、心臓も驚くというものだ。
動揺する気持ちを隠しつつ、姿が見えなくなるまで振り返っては手を振ってくれる三人を見送った。三人の姿が消えたのを確認してから、エントランスへ向かう。
「ああ、驚いた。あの三人の微笑みは破壊力抜群だったわ」
『僕もびっくりしたよ。リアの心臓がおっきくドンってなったから』
私の胸に抱かれていたクーは、心臓の響く音が凄すぎて驚いてしまったらしい。そんなクーの頭を優しく撫でながら、ふうっと息を吐いた。
「でも、今日は本当に楽しかった。ね、クー」
『うん』
嬉しそうに返事をしたクーの尻尾は、可愛らしく揺れていた。
エントランスに入ると、居間の扉がガチャリと開いた。
「リア!遅かったじゃないか」
扉を開けたのはお兄様だった。
「ごめんなさい。偶然アルノルド殿下たちに会って、一緒に回っていたの」
家令たちが持っているぬいぐるみを見るお兄様が少し不貞腐れた表情をした。
「本当に楽しかったみたいだね。私なんてずっと彼女のお守りをさせられていたのに」
そう言って、はあと息を吐いたお兄様の表情が一転して、疲れた顔になった事に気付く。
「ごめんね、お兄様。大分お疲れになったみたいね。お詫びにマッサージしてあげる」
「本当に?嬉しい」
居間に入ろうとするとシシリー嬢が、スピナジーニ夫人に向けて一生懸命に話をしている声が聞こえて来た。
「だからね、ヴィート様とレンゾ様が、ずっと一緒に過ごしてくれたの。本当に楽しかったのよ。二人とも私から片時も目を離さずにいてくれたんだから」
ああ、それは疲れたはずだ。お兄様を見ると、うんざりした顔つきをしている。
「これでもう四度目なんだ」
どうやら何度も同じ話をしているようだ。
「リア。別の部屋でお茶を飲み直そう」
「ええ、そうね」
私たちは、もう一つある居間へと移動した。家令たちは、その部屋にぬいぐるみたちを座らせて行った。
「この子たちはどうしたの?」
長ソファでお兄様と並んで座って早々、お兄様がぬいぐるみたちに目を向けた。
「お祭りでね、クーとアルノルド殿下、それとパウル様とミアノ様がもらった景品をくださったの」
「え?クーも?」
名を呼ばれたクーの反応はない。家令に用意してもらった籠で既に丸くなって眠っていたからだ。たくさん遊んだから疲れたらしい。
「そうなの」
私はお祭りでの話をお兄様に聞かせる。
「いいなあ、私もそちらが良かったよ」
大きな溜息と共に、ソファに深く腰掛け直したお兄様。早速、肩を揉んであげる事した。
「そちらはどうだったの?レンゾ様もいたみたいだけれど」
「そうなんだよ。シシリー嬢が捕まえたんだ」
「捕まえたって……動物じゃないんだから」
「いや、正に捕獲って感じだった」
お兄様ははあぁと息を吐くと、その時の事を話してくれた。お兄様が追いかけてすぐにシシリー嬢を見つけたのはいいけれど、とにかくジッとしていなくて目が離せなかったらしい。まるで誰かを探すようにキョロキョロしていたらしく、不意を突いてわざとはぐれる素振りも見せていたそうだ。
これはもう面倒だと、無理矢理屋敷に連れ戻そうとした所で、一人でブラブラ歩いているレンゾ様を見つけたシシリー嬢は「見つけた!」と一目散に走り寄り、ガバリと抱きついたんだとか……そして驚いたレンゾ様に、見事な投げ技を決められたそうだ。
突然襲われたとはいえ、女性を投げ飛ばしてしまった事を申し訳なく思ったレンゾ様が、お詫びにとシシリー嬢の付き添いに手を貸してくれたという事だった。
「もう二度と彼女を街に連れて行くなんて無謀な事はしない」
肩を揉まれながら、お兄様が固く誓っていた。
「ふふ、お疲れ様でした」
悲運に見舞われたお兄様を少しでも癒せるように、私のマッサージはしばらく続いたのだった。




