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読んでみた

 無表情でピンク色の表紙の本を持ったアネリの姿は、軽いホラーだった。

「やだ、アネリ。怖い」

そう言って揶揄っても彼女の無表情は変わらず、無言で私に本を渡してくる。

「私の事はいいのです。それより早くこの本を読んでみて下さい」

「どうして?」

「気になるからですよ。内容は勿論ですが一体誰が何のために持って来たのかも……あ、因みにミーナたちではありませんでした」

本を置いたのは、侍女たちではなかったらしい。

「そう……一体誰なのかしらね」

本を受け取り、溜息を吐きながらソファに身を預ける。持って来た人間が誰なのかわからないその本を、少しばかり気味が悪いとは思いつつも、どんな内容なのかと好奇心を刺激されてしまう。全てを読み終えた途端呪われるとかだったら嫌だけれど、そこまで禍々しい感じはしない。

「音読するわ」

「本当ですか?でしたら早く読んでみて下さい」

彼女の声のトーンが上がった。嬉しいらしい。アネリはお茶の準備をし、長丁場になってもいいようにとお菓子も用意した。相当本を楽しみにしていたようだ。可愛いところもあるじゃないのと思いながら本を開いた。


読み出してすぐ、私もアネリも大いに驚いた。なんと本の中の主人公が、シシリー嬢と同姓同名だったのだ。それどころか、彼女の身に起こっている事とほとんど同じ事が起こっている。父親であるスピナジーニ子爵が事故死して、甥が子爵家を継ぐ事になり、母親と共に追い出されてしまったシシリー嬢。父親の葬儀で会ったティガバルディ公爵と偶然再会して、母親と公爵が恋に落ちると書かれていた。

「……偶然再会?押しかけて来たのに?」

私が突っ込むと、アネリが私に突っ込む。

「そんな突っ込みいりませんから。早く次を呼んでくださいってば」

「ったく、ノリが悪いわね。わかったわよ」

あまりにも酷似している世界観に初めは驚いたけれど、読み進めると少しずつ、現実と物語との差異が出ている事に気付いた。本ではお父様と夫人が再婚して、私たちは義理の家族になったと書かれているが、二人は再婚などしていない。だから、お兄様や私がシシリー嬢の義兄・義姉になるわけがないのだ。

「それとシシリー嬢は、光属性のAクラスって書いてあるけど、彼女Dクラスよ。光属性だとも聞いていないわ。大体、魔力量が少な過ぎてAクラスどころかBクラスにすらなれていない、それに……」


私とアネリが窓辺に置いてある籠を見る。

「本には、ティガバルディ公爵家に来た翌日、庭で金の毛並みを持った五尾のキツネを見つけたって書かれているわね」

「そうですね……金のキツネはここにいますけれどね」

窓辺の籠には、五尾を器用にしまいながら眠る金色の子キツネがいた。この子は確かに庭の片隅で、ケガをして蹲っているのを私が見つけた。ただし、彼女たちが来る3日前だ。ケガの治療をした後、自然に帰そうとしたのだがすっかり私に懐いてしまったので飼う事にしたのだった。

「クーの事、私が見つけちゃまずかったのかしら?」

「お嬢様……死亡確実ですね」

「やだ、止めてよ。クーの事は仕方がないじゃない。こんな本の存在なんて知らなかったんだから」

そんなやり取りをしていると、クーがパチリと目を覚ました。

「あ、ごめんねクー。うるさかった?」

まだ寝ぼけたような表情のクーは籠から飛び出し、トコトコとソファに座っている私の膝の上に乗ってあくびを一つすると、再び丸くなって眠りにつく。

「はあぁ……可愛い」

頭をそっと撫でてやれば、指が沈み込むほどのモフリ加減に涎が出かかる。

「お嬢様……垂らしてしまわれたら人としてアウトですよ」

「わ、わかってるわよ。とにかく、クーの事はノーカンで。本を知る前だったのだから仕方ないわよね」

咄嗟に袖口で口を拭く。

「ノーカンって……私に言われても……」

至極当然の返しをするアネリ。それはそうだけどさ。


「うう、とにかく続きを読んでみましょう」


 一通り読み終えた。

「私、これやらなくちゃダメ?面倒なんだけど?」

「命が惜しくないのであれば、無視をしてしまっていいのではないでしょうか」

「信じてないくせに」

私もアネリも本の通りにしないと死ぬなんて事、実は全く信じてはいない。けれどアネリは無表情ながらも楽しそうに答えた。

「それはそれ。これはこれです」

彼女の返答に、溜息を吐く。

「はあぁ、とりあえずは学院に行ってからって事になるわね」

「そうですね。まずは最初の式典で、シシリー様の取り巻きになる男性たちと出会う場面を見届けなくてはですね」

アネリの言葉を聴きながら、まじまじと本を見る。何というか不思議な本だ。

「それにしても……多少のズレはあるけれど、大まかな事は本の通りよね。何なのかしらね、これ。こんなピンクな本、他では見た事ないし。内容から鑑みるとあの親子が置いたのかしらと思わないでもないけれど……国外追放を目指して悪役にならなくちゃいけないかあ。まあ、悪役になる事は別にやぶさかではないけれどね」

本の中の私は悪役というには小物感が否めないけれど。

「そうですね。まあ、元々お嬢様は悪役気質ですので、そこは大丈夫でしょう。でもそこまでこの本を信じてしまって良いのでしょうか?」

今、サラッとディスったけど?でも確かにアネリの言う事は最もだ。この本が何かの罠だとも考えられる。


「まあ、まずは様子を見てみましょうか。ちょっと興味はあるしね」

罠かもしれないし、そうじゃないかもしれない。考えてもどうにも出来ない事は、考えるだけ無駄だ。私はクーをモフる事に全神経を集中させた。


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