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まだ秋口なのに

 週が明け、ヴェルデ学院に向かう馬車の中。向かいに座っているシシリー嬢の視線はクーに向けられていた。

「ミケーリア様、そのキツネに触ってみても?」

「え?ええ、この子が嫌がらなければ」

別に触らせるのも嫌と思う程、彼女の事を嫌っている訳ではない。膝の上でまどろんでいたクーに、シシリー嬢はそっと手を伸ばした。

「痛い!」

ところが彼女がクーの毛先に触れた途端、パチッと静電気のような音がした。慌てた様子でシシリー嬢が手を引っ込める。

「ちょっと、大丈夫?」

驚いてしまった私は、普通に心配し彼女を見た。

「あ、大丈夫です……ああ、びっくりしたぁ」

自身の手を見つめながら答えるシシリー嬢だったが、特にケガをした様子はないようだった。思わずホッと息を吐く。

「静電気が起こるような季節でもないのに……」

まさか、冬は撫でる度に静電気が発生するわけじゃないでしょうね。ちょっとビクつきながらクーの背中に触れてみると、静電気は勿論、何事もなく触れる事が出来た。

「たまたまかしら?」

不思議に思いながらも、そのままその事は記憶から消え去って行った。


馬車を降りると、こちらに向かって来ていたレンゾ様に声を掛けられた。

「ミケーリア嬢、おはよう」

「おはよう、レンゾ様」

シシリー嬢とは教室の場所が少し違うし、一緒に歩く程仲良しではない。私の後に馬車から降りて来た彼女を置いて、私たちはそのまま二人で教室へ向かった。

「週末はゆっくり過ごせた?」

レンゾ様の問いに少しだけ溜息を零す。

「ゆっくり……とは言い難いかしらね」

「何かあったの?」

私の言葉を受けて小首を傾げたレンゾ様。青い瞳がキラキラしている。この方って、たまに小動物のような可愛さがあるのよね。

「それがね」

そんな彼に週末、屋敷から一歩も外に出してもらえなかった事を話した。パウル様との街歩きが、お父様とお兄様の中で相当ショックだったらしく、休みの間はずうっとお父様とお兄様と一緒に過ごす羽目になったのだ。


「あはは、愛されているねぇ」

話を聞いたレンゾ様が楽しそうに笑う。

「愛が重くて」

そう言った私も笑った。重い愛だけれど、大好きなお父様とお兄様だから許せてしまえるのだ。私の愛も相当なものなのかもしれない。そう思いながら、私たちは教室へ入ったのだった。



 ある日の休憩時間。私は屋上に来ていた。

「すごく綺麗……」

初めて来た屋上は庭園のように美しい花々や草木に包まれていて、屋上とは思えない様相をしていた。



【友人から屋上の庭園は美しいのだと聞いていたシシリーは、昼食を早々に終わらせて屋上へとやって来た。

「うわぁ、とっても綺麗」

そう呟きながら歩いていると、奥に人影が見える事に気付く。先客がいるのかと屋上から去ろうとしたシシリーだったが、小さな好奇心が疼き、奥にいる人物が誰なのか確かめたくなった。

「見るだけ、見るだけだから」

足音を忍ばせて奥にいる人物に近付く。するとベンチに腰かけている男性の後ろ姿が見えて来た。更に近づくとすぐに誰なのか知る事が出来た。

「アルノルド殿下……」

柔らかな陽の光の中、ベンチに座っていたアルノルドは足と腕を組んだ状態で、気持ちよさそうに眠っていた。

「綺麗……」

陽の光で美しく輝いた金の髪にそっと触れてみる。思っていた通り、滑らかな指通りに少しだけドキドキしてしまう。なんとも離れがたい気持ちになった事に戸惑っていると、彼の閉じていた瞼が動いてルビーのような瞳がシシリーを見た。

「シシリー嬢?」

まだ眠気が抜けていないのか、寝ぼけたような表情で自分を呼ぶ彼の声にドキリと心臓が大きく高鳴る。ふいに伸ばされたアルノルドの手が、シシリーの頬に触れたその時。

「一体何をしていらっしゃるの!?」

驚いて声のする方を見ると、険しい表情をした義姉が立っていた。】



そう。私はこのストーリーの為にわざわざ屋上へ来ていたのだ。たまたま廊下でシシリー嬢と一人の令嬢が屋上の話をしているのを聞いたので、本の通りにするために来た。


それなのに……


「どうして誰もいないのよ」

屋上には誰もいなかった。秋を感じるようになった風が心地良く吹いている。一通り見て回った私は、今日の舞台となるはずだったベンチに座る。

「クー、誰もいないわね」

私に抱かれながらウトウトしていたクーは、大きな欠伸をひとつするとそのまま私の膝で眠ってしまった。

「ふふ、可愛い」

丸くなって眠っているクーの背を撫でる。手触りのいい毛並みを撫で続けているうちに、なんだか私も気持ち良くなってしまう。


私はいつの間にか、うつらうつらと意識を夢の中へと飛ばしていた。


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