優しい光
輝きを増した月から光の輪のような物が幾重にも降りてくる。
『ほら、あれが月の魔力だよ』
クーが興奮した様子で光の輪を見つめていた。興奮がそのまま尻尾に表れていて、五尾がもの凄い勢いでブンブンしている。アルノルド王子も驚いた表情で光の輪を見つめていた。どうやら、私とクー以外でも見る事が出来る物のようだ。光の輪はそのまま真っ直ぐに降りて来て、私とクーを囲うよう積み重なっていく。
「え?クー。これは大丈夫なの?」
まるで光の輪に拘束されていくような感覚に、少しだけ怖くなってしまう。しかし、クーは楽しそうにしていた。
『大丈夫だよ。怖がらないで感じて。気持ちいいでしょ』
思い切って目を閉じた。視覚が遮られた事によって、感覚が研ぎ澄まされる。すると、ほんのりと足元から心地良い暖かさを感じた。
「本当だ。暖かい」
目を開くともう、腿の辺りまで光の輪が私たちを包んでいる。
「ミケーリア嬢、それは大丈夫なのか?」
不安気な表情のアルノルド王子が光の輪と私たちを交互に見ている。私は安心させるように微笑みかけた。
「大丈夫ですから」
そう言っている間にも輪は身体を包んでいき、クーが埋まって見えない所まで来て止まった。
「ふわっ」
『来た』
眩い光と共に不思議な感覚がやって来る。それはまるで、暖かい何かに抱かれたような感覚。何が起こっても大丈夫だと感じる安心感。私は何故かお母様に抱かれた時を思い出していた。
しばらくすると、光と共にその感覚は消えた。
『ああ、気持ち良かった』
クーが満足そうに言いながら、私の腕から飛び降り大きく伸びをした。
「本当に」
気持ち良かったとクーに賛同しようとした私の顔に、アルノルド王子の手が伸びて来た。彼の指がスッと目元を拭う。
「どうした?痛かったのか?」
「え?どうしてですか?」
アルノルド王子が、どうしてそんな事を聞いてくるのか不思議に思っていると、思ってもみない返しが来た。
「泣いているから……」
「え?」
自分の手で頬に触れると、確かに濡れていた。
「あれ?どうして?」
お母様を思い出したからだろうか。自分でも知らない間に涙が流れていたのだ。
「どこが辛いのだ?」
優しい声色が私のすぐ目の前で聞こえた。
「あ、大丈夫です。どこも痛くありません」
「では、何故」
私より、アルノルド王子の方が辛そうな顔になっている事に少し驚きながらも私は答えた。
「本当に大丈夫です。光の輪の暖かさが、何故か母を思い出して懐かしくなっただけですので」
そう言って微笑むと納得してくれたのか、彼は小さく息を吐いた。
「良かった。痛みや苦しみがあった訳ではないのだな」
「はい。とっても心地良かったです」
私の答えにホッとした顔を見せた王子が、今度は真剣な顔になった。
「それで……今の現象を説明してはもらえないだろうか?」
ですよねぇ。そう来ると思っていましたよ。でもなぁ、クーが聖獣である事を簡単に他人に教える気はない。なんかそれを聞いたらこの王子、婚約解消なんてしてくれなくなりそうだし。
答える事を躊躇していると、殿下が再び小さく息を吐いた。
「すまない。あなたを困らせる質問だったようだ」
肩を落とす彼を見て、ちょっとだけ意地悪な気持ちが湧く。
「そうですね。初めてお話をした方に、お教えする事は出来ませんね」
私の言葉に瞠目したアルノルド王子は、次の瞬間眉が下がった。
「そうだな……」
その姿に思わず王子を見つめてしまう。だって、まるでしょげている大型犬のようなんだもの。
『ヤバい。可愛いかも』
耳と尾を下げたように見えるアルノルド王子にクスッとしていると、王子がスッと私の前に跪いた。
「!」
王子の予想外の動きに驚いていると、彼は私を見つめ柔らかなテノールの声で言葉を紡ぎ出した。
「今までの事。本当に申し訳ない。言い訳にしかならない事は分かっているが聞いて欲しい。婚約の話を聞いた当時の私は、父の勝手な取り決めに反発心を抱いていた。ミケーリア嬢との婚約の話は、私にも寝耳に水だったのだ。勝手に決めた父にも、それを受け入れたティガバルディ家にも不満を持っていたのだ。だからわざと交流を持とうとしなかった。子供の浅はかな反抗だったのだ。今は、当時の自分を殴ってやりたいと思っているほど後悔している。だからどうか……もう一度、交流を持つチャンスを与えてくれないか?」
……なんですと!?




