花に罪はない
お父様はそう言うと、ニコニコと楽しそうにお茶を飲む。でもどう大丈夫なのかは教えてくれないようだ。ま、お父様が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。私とお兄様は、それ以上聞き出す事はせず、一緒にお茶を飲んだ。
「そう言えば報告したい事があるの」
暫くして、あの母娘がいない今がチャンスなのではと思った私は、少しだけ畏まった声色で二人に言った。すると、お父様の目が一気にウルウルになった。
「嫌だ。リアに彼氏が出来ましたとか……そんなの聞きたくない」
どうしてそう、誇大妄想するんだろう。
「そんな話じゃないから。この子の話よ」
「クー?」
私が膝にいるクーを指差すと、不思議そうな表情をしながら二人がクーを凝視した。
「そうなの。クー、起きて」
軽く揺さぶると、クーはポケポケしながら目を開ける。
「お父様とお兄様にご挨拶、出来る?」
すると、一度可愛らしいあくびをしてから、私の膝の上でちょこんと座る。
『僕、クーだよ。リアと契約して話せるようになったんだ』
可愛らしい声で挨拶をするクーに、お父様とお兄様が思わず拍手を送っていた。私が詳細を話して聞かせると、お父様は驚く事もなく破顔した。
「精霊じゃなくて聖獣だったのか。クーは凄いね」
そう言いながらお父様はクーの頭をナデナデする。クーは気持ちよさそうに目を閉じていた。
「リア、聖獣と契約したの?」
お兄様は綺麗な紫の瞳を見開きながらそう質問してきた。
「契約した覚えはないのよねぇ」
今、思い返してみてもいつ契約が成り立ったのかわからない。
「どういう事?」
「……いつの間にか契約してたっていうか?」
本当にいつの間にか、だったもの。
すると、クーがお兄様の前に座った。そこ、テーブルの上だけどね、ま、いいか。
「あのね、僕がね、リアとずっと一緒にいたいって思ったの。そうしたら契約出来た」
「そうなんだ。なかなかアバウトだね」
「アバウトってなあに?」
クーに小首を傾げて見上げられたその瞬間、お兄様はノックアウトされたらしく目を細めた。
「はは、なんでもいいか。こんなに可愛いんだもんな」
ニコニコしながらクーの頭を撫でている。なんてちょろい父子なのって思ったけれど、まぁ人の事は言えないわよね。
親子三人でクーのモフモフを堪能していると、そこへ家令が大きな花束を持って来た。白やピンク、淡い紫や黄色でまとめられたバラは、ゆうに100本は超えているだろう。
「ん?それは?」
家令が手に持っていたカードに気付いたお父様が聞くと、家令はスッと私に渡してきた。
「私?」
「はい、さようでございます」
カードには一言だけ【婚約者殿へ】そう書かれていた。
「なんで今頃になって?」
「困ったもんだね」
お兄様の眉間にはしわが寄り、お父様の眉は八の字に下がっている。
嫌だ、今どうしてこんな物を贈って来るの?もしかして、私が同じクラスにいるって気付いてる?特に自己紹介もなく始まったから正直、クラスの生徒の名を全て覚えるなんてまだ出来ていない。それは第一王子も同じはず。まさか、ぶつかったのが私だって気付いた?それにしては何の反応も示しては来なかったし……第一王子の考えている事がわからない。それでも、花に罪はない。けれど自室に飾るのは憚られる。
「このまま居間に飾りましょう」
私が提案すると、お父様が困った顔のままで「そうだね」と同意した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
今更だが、婚約者殿に花を贈った。初めての贈り物だ。
「きっと戸惑っているのだろうな……いや、もしかしたら怒っているかも」
彼女が花束を見て、くるくると表情を変えているであろうと考えるだけで楽しくなった。
「殿下、何かいい事でもありましたか?」
私より少し年上の側近の一人が、聞いてきた。そう言えば、彼女の兄君と同級生だったはず。
「なあ、ヴィート・ティガバルディとは知り合いだったか?」
すると、すぐに答えが返って来る。
「ええ、ずっと同じクラスでしたよ。割と親しくしていましたね」
「では、妹君は?」
すると、側近が楽しそうに笑い出した。
「ああ、ミケーリア嬢ですよね。とても綺麗な令嬢ですよ。ヴィートが目に入れても痛くないと言ってました。父親であるティガバルディ公爵様も溺愛していましたね」
「やはりそうか」
「どうしました?殿下。もしかしてミケーリア嬢が気になりますか?確か同じ年齢でしたね。はは、彼女を娶るのはなかなか大変だと思いますよ。本気の魔術師二人を相手に闘わなくてはいけませんから」
側近の笑い声に、隠れるように溜息を吐く。
「半殺しにされる覚悟はしておかねばな」
その前に、彼女自身に許しを乞わねばならないだろう。
「許して、くれるだろうか……」




