不思議な本
これは?
目覚めると、ベッド横のサイドテーブルの上に、見知らぬ本が置かれていた。
「なにかしら……【光の乙女は恋を知る】……なんなのこの本」
窓からは柔らかな朝の陽ざしが差し込んでいる。どうやら今日もいい天気のようだ。
「私の心は曇天なんだけどねぇ」
およそ令嬢らしくない言葉遣いで独り言を呟くと、ノックの音の後ガチャリと扉が開いた。
「お嬢様、お目覚めになるお時間ですよ」
入って来たのは侍女のアネリだった。
「おはよう、アネリ」
「……珍しいですね。起こす前に起きていらっしゃるなんて」
若干の嫌味と共に、私にレモン水をくれる。
「ところで、そちらの手に持っているのは?」
全体的にピンク色の、私には似合わない雰囲気の本を持っていた事が不思議だったらしく、怪訝な表情で本と私を交互に見ている。
「わからないの。起きたらあったのよ。アネリ置いた?」
アネリが本を受け取り、ひっくり返してみたり手を沿わせてみたりした。
「何か危険なものがあるわけではなさそうですが【光の乙女は恋を知る】なんですか?これ」
「知らない。アネリじゃないなら一体誰が置いたのかしら?」
アネリは私に本を返しながら「ああ」と何か思い当たったかのように声を出した。
「もしかしたらミーナたちでしょうか?お嬢様が学院に行く事で「恋をするには学院はもってこいだ」って彼女たち、昨日散々騒いでいたじゃないですか。興味ないって言っていたお嬢様の考えを変えさせようとしたとか?」
恋愛体質ではないらしい私に、侍女達が心配して恋愛の本を読めと置いたのかもしれない。
「なるほど。いかにもラブストーリーですって感じの本だもんね」
試しにパラパラとめくってみる。
「あれ?」
本の中に封筒が挟まれている事に気付いた。
「何だろう?」
封筒には封蝋もなく、宛名も何も記入されていない。
「失礼します」
アネリは私から封筒を取り、中を改めた。そして一枚の紙を取り出す。
「毒針でも仕込まれているかもと思いましたが、大丈夫のようですね」
「ミーナたちが持って来たかもと言っておきながら、毒針の心配って」
笑いながら紙を広げると何やら書かれていた。
【王立ヴェルデ学院に行くに当たって、あなたはこの本の通りに動かなくてはいけない】
「ん?何?これは」
冒頭から怪しげな一文。なんだか面倒そうな予感しかしない。そうじゃなくても今日は気分が上がらないのに。
「とりあえず最後まで読んでみて下さい」
そんな私に、アネリが催促をしてくる。
「ええっと」
【この本には、王立ヴェルデ学院でこれから起こる出来事が物語として書かれている。あなたは本の内容通りに踏襲すれば国外追放で済むが、異なる行動を取ってしまうと死が待ち受けている。この本を無視しても待つのは死のみ。この本の存在を家族などに知られてもいけない。あなたの命が助かる方法は、この本の通りに動く事しかない】
手紙を持ったまま固まる私。
「……なんなの?予言?私死ぬの?」
「その手紙が正しいのであれば、そうなるという事でしょうね」
「全く信憑性がないんだけれど」
「そうですね」
常に表情が動かない冷静なアネリ相手だと、余計に実感が湧かない。
「とりあえず、本を読んでみてはいかがです?」
「そうねえ……」
ざっと中身を確認する。厚みがある割に、文字が大きい。これなら1時間ほどで読み終わるだろう。
「とりあえず、朝食を食べてから考えるわ」
アンティークのドレッサーの前に座らされ、アネリに髪を梳かしてもらっている自身を見る。銀色で毛先にかけて軽くウェーブがかかっている髪。金色の瞳は、光を浴びてイエローダイヤのように輝いている。ティガバルディ公爵家の長女である私、ミケーリア・ティガバルディは、自他共に認める美しい容姿をしている。しかし性格上、それをひけらかす事もしなければ自分の容姿に執着するような事もない。
8歳の頃に母親を亡くしたからか女性らしさというものをポケットにしまい込み、兄と共に剣を学び、暇さえあれば魔法の練習をするような幼少時代。今では5回に1回は、兄との剣の勝負に勝つ事が出来るようにまでなった。
12歳の時には、王命で第一王子と婚約を命じられたが一度も会っていない。王命なので仕方なく受け入れたが、家族が心の底から反対しているせいで、婚約自体なかったのではないかと錯覚してしまうくらい何もない。どうやら相手の第一王子の方も興味がないようで、逢いに来ないのは勿論、誕生日の贈り物も時節の手紙すら寄越さないから余計に話そのものが幻なのでは?と今では思っている。
そんな私に恋愛をしろと侍女達がやんややんやと言ってくるのだが、土台無理な話なのだと言いたい。いや、言っているのだが誰も聞いてくれない。
頭頂でキュッとポニーテルにしてもらった私は、シャツとパンツという出で立ちになる。
「朝食は1時間後でよろしいですか?」
アネリの言葉に頷く。
「そうね。それでいいわ」
寝室の奥に立て掛けていた剣を手にすると、私は意気揚々と部屋を出た。




