1-2 無茶な注文
今はカノ国評議会の議長を務める西脇風太ではあるが、物心ついた幼少期のころ、カノ島の同じ育児施設で育つ年上のマリエが風太達の相手をしてくれていた。
二人は王族の血の流れを受け継ぐ関係ではあるが、また二人が王族だからとか、そもそもそこの育児施設は王族用というわけでもなく、たまたま風太が施設で近くにいたから可愛がられていたようだ。
マリエに面倒を見てもらっていた彼らは16歳の成人を過ぎた今でも、彼女 マリ姉はちょっと頭が上がらぬお姉さんであった。
カノ国では、母親は出産後、数日体を休めた後仕事に戻って行き、それが普通であった。
そこにはカノ国の発達した医薬品や医療技術のおかげで、出産による母体への負荷は非常に軽く、生まれた子供は母親の労働中、育児施設で乳児保育される。
カノ国の考え方では、自然な分娩は新たな命を授かる神聖な行為ではあるが、出産は決して病気などではなく、人間以外の生物と同じく自然の摂理の中の1つの行為と考えられていた。
日本でも近年まで出産は病院に入院して行われるものではなく、医師ではなく 出産はお産婆さんが自宅や助産院で取り上げてきている。
風太は、久しぶりにマリ姉からお願いを受けて嬉しい反面、ちょっと頭を悩まされていた。
これまでマリ姉から大きなお願いをされる事などあまりなく、風太は先日の大型客船の漂流の際は、日本側でのヘルプをマリ姉に依頼しており、特にお願いを断れない立場であった。
マリ姉からのお願いとは、空から地球に降ってきた白い石を集めるので、それをカノ国で買い取ってほしいという依頼であった。
先般の太陽風の影響で、カノ国では北極基地でマナクリスタルの結晶化ができなくなっており、宇宙空間で発生している現象なので、その復旧など困難と判断され、現在カノ国ではマナクリスタルを強く欲している。
そして、先日マリ姉が送ってきた白い石のサンプルから、マナクリスタルに近い成分が検出された。
カノ島では上空のシールドにより、マナペブルは島に落下しなかったため、カノ島には受け取ったサンプル以外にマナペブルという物質は存在しておらず、これまでその事実に気が付いていなかった。
カノ国のラボで詳細に調べた結果、その白い石はこれまでカノ島で使ってきた単結晶の結晶体ではなく、マナクリスタルや他の雑成分が混ざり合い、それらが溶けて固まったような石であった。
このままではマナクリスタルの代用としては使えないが、石を成分レベルにまで一度分解し、それを結晶化プロセスを用い純度を高めて抽出する事で、手間はかかるがマナクリスタルと同様に使えそうなことが判った。
新しく発見された白い石なので特に名前は無かったので、カノ国ではこの宇宙から飛来して固まった白い石を『マナペブル』と呼ぶことにした。
カノ国の施設の独自技術を使い、マナペブルから不純物を除去することは出来たが、不純物を取り除いていくとマナクリスタルとしての成分はわずかな量しか残らない。
従来カノ島が使用して来たマナクリスタルの量を確保する為には、大量のマナペブルを使用する必要がある。
これを大量に集める策を考えているから大丈夫とマリ姉は言っていたが、カノ島から国外に派遣できるほど人材はいないので、どうやって大量にマナペブルを集めるつもりなのだろうか?
今回の大失電に対して、カノ国としては援助が出来ないことをマリ姉には話してある。
カノ国が地球を救うようなことは国の規模的に無理であり、さらにカノ国の運営に必要なマナクリスタルの入手が停止したため、いまカノ国評議会は国の存続を揺さぶる大変な状態になっているのだ。
今回のマナペブル取引は援助ではなく、対等な商取引であるとマリ姉は言っているが……
しかも、僕が今回受けたマナペブルの商談以外に、他のカノ島の人達にもマリ姉からいろいろなお願いが同時になされていることがわかって来た。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「おい、風太。 これがマリ姉から頼まれていた摩導具な。
なんとかマリ姉の注文に近い物が出来たから、ここに置いておくからな」
「え? 賢二君、なんですか、それ?」
「何だ、お前マリ姉から聞いていないのかよ。
先日マリ姉から頼まれて、このところ俺はこれを作っていたんだよ。
これはカノ国以外でも使えるIDデバイスで、簡単に言っちゃうと、バングルなしでも個人認識をして動くように摩導チップをプログラムしたものさ。
摩導サーバーと通信を行い、その結果を表面に表示するカード形式の摩導具なんだ。
マリ姉から連絡して来たかと思うと、短期間で摩導具をつくれって、昔もそうだったけど、あいかわらずの無茶を言うよな。
それと、別の奴にまだプログラムが書かれていない摩導チップを封止したカードを頼んだとマリ姉が言ってたので、多分それもお前のところに来ると思うぞ。
そのカードが届いたらこれをマスターにして、カードの生チップにプログラムをコピーして使ってくれ」
「お、おう。 ありがとうな」
久々に風太の元にやって来た友人 新崎賢二は、幼少期から同じ施設で生活や勉学を共にして育った仲間だ。
どうやら、さっきの賢二の口ぶりでは、マリ姉のお願いは僕の元に集まってくるらしい。
「マリ姉ったら、いったい何人の人に無茶をお願いしたのかなぁ」
などと、悠長なことを思っていたのは、ついさっきまでの事でした。
僕は呼び出されて摩導カートで駆け付けると、船や貨物列車に積み込む標準サイズの、長さ12メートルの40フィートコンテナが広場にドンと置かれていた。
このコンテナは『摩導コンテナ』と呼ばれている物であり、北極工場で造られたマナクリスタルを運んで来るカノ島では一般的な物である。
コンテナは摩導シートによって作られており、摩導シートは多くの摩導具の構造材として用いられている。
摩導シートの表面には、テクスチャ画像が表示できるので、この摩導コンテナでは薄汚れたようなテクスチャ画像が使われており、知らない人が見ると使い古した鋼鉄製のコンテナにしか見えない。
当然、表面を綺麗な外装のコンテナにできるのだが、あえて見かけを目立たないように、どこにである古いコンテナのように偽装しているのだ。
僕らは摩導バングルを付けているので、偽装は意味がなく、これが摩導具のコンテナであることが調べなくともわかる。
コンテナの側で待っていた奴は、これが普通の貨物コンテナに見えるように、表面に細かなコンテナを偽装するテクスチャを設定する仕事をマリ姉から頼まれたようだ。
「これで良ければ、テクスチャデータを摩導サーバに入れておくから、今後はそれを使ってくれ。
あえて本物っぽいコンテナの画像を探すのは大変だったぞ。 何しろカノ島に本物の貨物コンテナなんて無いからな。
とりあえず、コンテナは大きいからこの広場で引き渡すけどいいよな?」
そう言うと、その友人は広場にコンテナを出したまま帰って行った。
そうこうするうちに、やはり何人かの古い仲間がやってくると、そのコンテナの外側に何か取り付けたり、コンテナの中に入って何か作業しているようであった。
コンテナ外装はさっきの彼が担当したようだが、彼とは別の女性、彼女も同じ施設の友達であるのだが、コンテナの内装デザインは彼女が担当したようだ。
こちらは外側の古いコンテナとは逆に、別世界の様な白く明るい綺麗な内装に仕上げていった。
翌日になると、更にカノ島の物流コントロール室からバングルに連絡が入る。
「マリーさんから依頼を受けていた物資がそろいました。
西脇議長に連絡するようにと言われていますので、コンテナをこちらの倉庫にまで回してください」
「えっ、倉庫ですか? どの倉庫でしょうか?
はい、わかりました。
座標が確認できましたので、そちらまでコンテナを送ります」
僕は、再び広場にコンテナを確認に行くと、コンテナ扉にはリストが表示されており、商品積込みとカノ島発送以外のリスト項目にはすべて完了と書かれていた。
どうやら、マリ姉からの全ての依頼がこのタイミングで一斉に揃うようになっていたらしく、皆がそれぞれに頼まれた作業をして、それが終わった状態になっていたようである。
ここまでの作業はすべて終了しているようなので、倉庫宛てに移動するように摩導バングルで指示を出すと、大きなコンテナは目の前から走り出していった。
全体に何が起きているかは判らなくとも、最後は僕にお鉢が廻ってくるようだ。
うーん、マリ姉ったらもう少し詳しく教えておいて欲しいな……
しかし、沢山の事を計画し、それを同時にお願いできる知り合いを持っていて、たとえ自分はカノ島に住んでいないくとも物事を進めることが出来るスキルは、議長として見習うことが多いと風太は痛感した。
全ての荷物を積み込んだ摩導コンテナは、最終的に西脇議長の許可を受け、マリ姉が住む日本の東京湾に向けて太平洋の中を走りだした。
これがこの後日本中に展開する、摩導コンテナショップの試作品であった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「マリーさんよ、それでこのコンテナはどこに置くのかな?」
浜離宮近くの堤防でのお披露目を行ったコンテナを目の前にしながら、他のカノ国の人に今回の計画を説明するマリエであった。
「この試作コンテナは、固定した置き場所は決めずに、1週間ごとに移動させる予定よ。
そして、商品や販売方法などについて調査するアンテナショップにしたいのよ。
最初のショップでうまくいけば、順に数を増やしていきたいわね。
だから、皆には今後移動するコンテナを置く場所を選んで欲しいの。
今はまだこの1台しかないけれど、私としてはこれからもっと増やしたいしね。
その為にも、まずはこの実験コンテナを成功させたいの」
「え? マリーはこれから何台くらいの摩導コンテナを作る気なんだ?」
「この1台を作る事で、私の手持ちのお金はほとんど残ってないのよね。
なので、今回のコンテナショップで集めたマナペブルをカノ国に売って、それを次の資金にするつもり。
マナペブル売却の話は議長の風太には事前にしてあるから、これから価格交渉をするので、何台作れるかはその交渉次第かな?」
「そんな、売れたらそのお金で次のコンテナ準備なのか? 自転車操業みたいだな。
新しいコンテナの前に、今のコンテナの売れちゃった商品補充にもお金が必要だろう?
そんなギリギリの資金でこれから大丈夫なのか?」
「そうね。 なので、それは最初の商売にかかっているのよ」
「でもよっぽど稼がないと、そんなに大きな利益は出ないんじゃない?
さっきのショップの値付けを見ても、1個のパンが1個の石だったらギリギリじゃない?」
「うふふ、それはね、コンテナの買い取りで1個のマナペブルを1カノンに交換したとしても、それをいくらでカノ国に売るかの決まりは無いのよ。
これまでマナペブルという商材は世界になかったから、基準となる価格など、どこにもないの。
市場価格なんて無いから、その最初の取引価格については私が決めちゃうつもり。
カノ国への販売は1個のマナペブルが1万パラスだっていいのよね。
まあ、これは極端だけど、今回の仕入れた商材がコンテナで全て交換されれば、かなりの量のマナペブルが集まるわ。
それで次の量産計画として、新たに10台くらいのコンテナが仕込めるくらいのパラスが捻出できるくらいの比率で交渉するつもりよ。
だって、当面のマナぺブルの流通はすべて私が握っているから」
「それは決めた交換レートによっては、1個のパンが1万パラスって事か?
お前って、かわいい顔しながら とんでもないことを考えているな」
「カノ国には少し悪いけれど、当面は多少の無茶はさせてもらわないと、この計画が、そして世界が破綻するわね。
それにマナペブルに高い価値を生み出せるのは、多分最初のうちだけだからね。
カノ国が独自でマナペブルの回収を行うかもしれないし、すぐにまねをしてマナペブルを集めて、それを商売にする人も出るでしょうから。
そうなると、我々以外に高値を狙って買い集める商人や、それを相場として操る人、それらによってマナペブルの交換レートが意図的に変動する事に成るわね。
なので、重要となってくるのが、カノ国へのマナペブルの販売権利を、私が一手に握っておく必要が有るのよ」
「確かにカノ国はマナクリスタルを強く欲しているわけだし、そこにこのコンテナで販売するマリー商品発注でも、さらに沢山のマナクリスタルが必要になるよな。
そもそも、そのカノンカードからしてマナクリスタルを使った摩導具だし、大量に必要な商品パッケージなど、確かにマナクリスタルはいくらあっても足りないな。
鶏が先か、卵が先か、どっちが先に生まれたかじゃないけれど、今回の計画には連鎖性があるから歯車をうまく回し続けないと、もしどこかで回転が止まると破綻につながらないか?」
「うん、そうなのよ。
特に今回の計画にはカノ国の動きが大きく係ってくるからね。
もしコンテナが多数に増えた時、商売のボトルネックとなるのは、カノ島で生産可能な商品の量よね。
カノ島での食糧や物資の生産計画は、備蓄を含めての国民1年分くらいを生産するように計画しているので、島外へ輸出までは考えてこなかったわ。
今回のようなコンテナ1台くらいの追加であれば、誤差の範囲で済むけれど、コンテナを増やして継続して出荷するのであれば、カノ国の生産計画を変更してもらう必要があるわ」
「マリーさんよ、カノ国は今回の大失電に対して、国外に対して援助は行わないって評議会で決まったんじゃなかったのか?」
「ええ、そうなのよね。 だから援助として手を貸してもらう事は出来ないわ。
しかも、カノ国も新たなマナクリスタルの入手方法を失っているために、他の国を支援するだけの余裕はないわね。
なので、今回は援助ではなく、あくまで対等なビジネスの立場を取るわ。
私たちは、カノ国が必要としているマナクリスタルの原料ともなるこの小石を売り、受け取ったパラスを使ってカノ国から物資を購入します。
カノ国に対しては無償や安価で物資の提供を受けるのではなく、正規の取引で商売をします。
また、日本などカノ国以外で労働として集めてもらったマナペブルに対して、その労働対価としてカノ島で生産した物資と交換します。
食べる為に稼ぐ手段の提供と、その仕事に見合う物資の提供というチャンスにしたいと思っています。
だからこれは支援などではなく、お互いにメリットが有り、カノ国としても通常の貿易の範囲であるので、例えカノ国評議会であっても自由経済に対して口を挿む行為はさせません」
「おー! なんかそれってどこかの国の与党に剣を突き付ける野党代表みたいなセリフね。 まぁ、マリーは本当の王族だけど……」
「ふふふ、カノ国の王族なんて、本当に血筋だけだけどね」
「わかったわ。 まあ、いざとなったら評議会議長に動いてもらえば、と聞いているしね」
「こらこらこら、そんな事言ったことは無いから」
「あら? そうだったかしら? まあそう言う事にしておきましょう」
「それでマリー、設置場所について私たちはどこに探しに行けばいいの?」
「設置については、まず生活が困窮している場所。
大きな都市はそれなりに備蓄が有る事と、周囲に人が多すぎると混乱する事、何よりもコンテナが目立ちすぎるのでそのような地域は避けます。
今、都市部から多くの人が難民として、食料が有ると思われている農村地帯に向けて歩いて移動していますが、定住先が無くまだ移動途中の人たちは、既に食料や物資が不足している事が予想できます。
カートの設置場所としては、それらの人の流れの途中に配置する事が良いかと考えています。
そのため田舎であっても、農作地帯の平野や海産物の入手が可能な海岸沿いではなく、山間部の村や狭い平地にある小さな町など、移動途中の人達の経路や立ち寄りそうな場所が良いと思います。
それらの街道や街の外れで、許可が必要なさそうな場所に、こっそりと設置したいと思います。
皆さんには、出店地に摩導カートで移動してもらい、真夜中にカートが着くまでの間、そこの場所の確保をお願いします。
初めて設置する土地では、開店の際に集める石とコンテナの使い方の説明のために、半日くらいは人が立ち会ってください。
付近にいる何人かに説明できれば、あとは無人で営業しますので、次の候補地を探しに摩導カートで移動ください。
特に開店に対して特別な宣伝等はしません。
設置期間は、およそ1週間。 開店以降は無人で24時間営業です。
また、中の商品が8割程度売れたら、1週間を待たずにその日の夜中に閉店します。
商品が無くなった摩導コンテナは自動的に閉店処理を行い、夜中にカノ島に向けて自動で戻ります。
以上が流れです」
「あの、マリーさん? この摩導コンテナのお店に名前ってないのですか?」
「うん、まだ実験店舗なので決めていないわ」
「じゃあ、マリー屋でもいいけれど、日本だからマリエ屋ね!」
「いや! それだけは絶対にやめて!」
「だったら、カノ屋ってだめですか? カノンを使うカノ国のショップですし」
「みんな。 どう思う?」
「いいと思うよ。 自分達も覚えやすいしね」
「そうね。 私はマリエ屋でも良いけど、あなた絶対に反対するでしょ」
「ふふ、それが分っていて、それをおっしゃるとは... マリエ屋は却下!
では、この摩導ショップの店名は『カノ屋』で決定します」
こうしてマリエの計画であるカノ屋が誕生した瞬間であった。