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3-8 南薩高校発展計画

 中央から大失電への援助の手が届かない九州の一番南側にある鹿児島。

 鹿児島でもさらに南西に位置する薩摩半島にある南薩高校では、少しでも多くの人に食料が行き渡るようにと、農業高校ならではこそ出来ることを探して、生徒会でも知恵を絞っていた。


 そんな中、以前訪れた長野県の城岡高校から始まった交換市場に刺激を受け、自分たちの高校でも同じように生徒による復興市場を始めていた。


 今、その南薩高校の生徒会室で、生徒会長の有村美穂と鳥津剛は、校庭ポストに今朝届けられていた本日発行分の城岡高校通信という新聞を読んでいた。

 その新聞は、特別なサツマイモの苗を育てると言うプロジェクトに参加した農業高校に対して、カノ国から留学してきている生徒が持つ摩導カートと言う乗り物を利用して、数ヶ月おきに不定期配布されている新聞である。


「今月も城岡高校さんのマルシェは活躍しているみたいね。

 この前訪問した時、城岡高校の生徒会長さんと約束したように、私たちの高校ももっと頑張らなければいけないわね。

 どうすれば、この私たちの市場を、そしてこの周辺を盛り上げて行けるのかしら」


 この新聞は、配布したサツマイモの苗の栽培に関する情報を配信する事が目的で発行されているが、そこには配布先の各校の状況なども紹介されていた。

 さらに、城岡高校のグラウンドで毎日催されている城岡高校のマルシェについての小さなコラムが毎号に載っており、二人はそれに注目をしていた。


 以前二人が城岡高校を訪問した際、そこで行われていたマルシェも見学し、自分たちの南薩高校の農場でも、同様に収穫した野菜や酪農製品を中心に、城岡高校のような市場を開催することになった。

 南薩高校の周辺地域には、自由に買い物ができる市場などはない為、そこそこの人は集まって来るのだが、どうしても物々交換での市場へ出店してくれる店の数自体が少なく、城岡高校のマルシェの規模と比べると足元に及ばない状況であった。


「先日の城岡高校通信に、カノ国のカノ屋というお店がマルシェに出店したと書いてあったのを覚えていますか?

 残念ながら、それは僕らが城岡高校を訪問した後にできた店のようで、前回は見ることができませんでした。

 そして今日の新聞に書かれている記事を見ると、どうもそのカノ屋という店を中心として、マルシェの更なる発展につながっているようです。

 会長、わが校の市場にもそのカノ屋という店を出店してもらうことはできないのでしょうか?」


「そうね。 私もこの前から新聞を読んでから少し気にはしていたけれど、やっぱりあのマルシェの中でも頭角を現してきたようね。

 でも、そもそもカノ屋という店はこの辺では聞いたことはないわよね。

 どうすればその店とコンタクトが取れるのかしら」


 残念なことに、カノ屋の店舗は、まだ日本全国というレベルまでには展開していなかった。

 新たな出店場所を探す人手が足りず、新店舗開店のマリエの資金も無尽蔵ではないことなどがあった。


 しかし、それ以上にボトルネックとなっている問題は、カノ島にある商品の製造工場の生産能力が不足している事で、既に開店しているカノ屋の店舗への商品補充だけでも、すでに生産の限界に近づいていることであった。

 店が増えた事と、その各店舗の販売量の増加と、特に城岡高校店での爆発的な販売量により、新規店舗へ商品を廻す余裕がなくなっていた。


 カノ島には新たな工場を作る為の余った土地や、生産に従事できる人口を急に増やすなんてことはできないので、カノ島としての生産能力は頭打ちとなっていた。

 そして、これ以上に供給を増やす為には、カノ国以外の地に生産工場を作る必要という事になった。

 しかも、カノ屋の商品には、店舗で自動的にカノンを決済するための機能を提供する摩導チップを組み込む必要があった、

 完成状態でない摩導チップはカノ国の輸出規制対象部品であり、他国では摩導チップが入手できないため、摩導チップを組み込んだ商品を製造することは難しかった。


「でも、私はそのカノ屋という店だけでは城岡高校さんのマルシェの発展理由は語れないように思うのよ」


「そうですね。

 あそこは会長と僕が視察に行ったカノ屋がまだない時からすでに発展を始めています。

 あのマルシェ自体が人を引き付けるのに十分な魅力を持っていましたので、カノ屋の出店だけでは、その発展を語ることはできないでしょうね。

 もっとも、新聞に書いてあるように、カノ屋の商品というものも脅威なのかもしれませんが」


「物が手に入りにくい時代となったので、いま人々の購買意欲はとても大きいと思うのよ。

 だけど、物を欲しがる人々に、それを購入するお金がない。

 店にはお金が入らないので、次に商品の仕入れができない。

 工場は電気が無いので工場での製造もできない。 さらに支払いができずに材料が手に入らず、働く人に賃金も払えない。

 そして人々は働く場所がないので、お金を手に入れる事など出来ない。

 これは負の(ネガティブ)循環(フィードバック)が発生しているわよね」


「そうですね。

 負の循環というか、もともと有ったループ(経済連鎖)が切れてしまっていますね」


「そうよね。 そこよ。

 城岡高校が、校庭のマルシェにとどまらず、なぜ学校周辺を巻き込んだ状態で地域経済が回りだしているのかよ。


 自分たちで手作りしたポイントチケット券を使った商売では、私達の小さな市場の規模ですら、すでにいろいろな問題が見受けられているでしょ?

 これは想像だけれども、このようにもっと幅広い地域で発展できている要因は、以前見てきたポイントチケットだけではない別の何か、その地域で共通に利用できる信用力が使われているはずよ。


 新聞のここをごらんなさい。 この、小さく書かれている記事よ。

 これは私の想像だけど、あちらの生徒会では、何かマルシェを超えて、多くの人々に広がったことで、地域としての復興がなされたのだわ。

 あの地域だけの小さな話ではなく、これは私たちを始め、各地の農業高校を中心にもっと大きな広がりにつなげることができると思うのよ。

 やっぱりあそこの視察にもう一度行きたいわね」


「でも、当然わが校以外にも城岡高校を訪問したいと要望している高校はたくさんあると思います。

 それこそ、今回のサツマイモの苗の栽培計画に参加したすべての高校には、この城岡高校通信が配られていると思いますから、僕らの訪問の事も他校に知られていますので、それを見た人から多くの要望が出ていると考えたほうが良いかと思います。

 それで、どうやってあそこにまで行くのですか?」


「そうね、訪問の希望を手紙にしたため、ポストに投函する... だけでは、普通に考えるとたぶん無理でしょうね。

 受付順に訪問を受れてくれたとしても、一度訪問した事がある私たちの順番は最後になる可能性が高いから、やはり訪問は何時になるかわからないし、今の私たちにとって時間を無駄に費やす事はできないわね。

 とにかく、ここで待っていても日本列島の隅っこまで支援は届かないし、ここからの時間は冬になり人の命にかかわることになるから、それよりも自分達だけで永続的に動き続けられる力が欲しいわよね。

 それはこの学校にとどまらず、鹿児島の人たちを、そして日本の、いや世界の人たちが復興し、もっと豊かな暮らしができるようにしたいわね。 それで...」


「なにかそれは生徒会の枠を超えて、なかなか壮大な夢ですね。 で、それで具体的にどうするのですか?」


「そうね、だったらちょっと強硬な手段をとるしかないわね」


「え、強硬手段って、誰かを脅したり、暴力的な何かなんですか?」


「うん、それもいいけれど、そうではないわ。

 この城岡高校通信を届けてくれているのは、原田浩平君か、佐伯由紀さんのどちらかよね。

 だって、全国を回ることができるのは摩導カートしかなく、摩導カートはその二人にしか操作ができないものね」


「だけど、その城岡高校通信はいつも知らない間に校庭のポストに配達されていますよ」


「それは、目立たないように夜の間に配達しているからでしょ。

 だから、私たちが気が付かないうちに摩導カートはこの学校に来ているってことだから、カートのお隣の空いている席に無理やり乗せてもらっちゃうって話。

 耕平君でも有希さんでも、そのどちらが来ても、私だったら二人とも面識があるから、突然カートに乗り込んでも警戒はされないと思うのよ」


「あの私って、会長お一人で行くつもりなんですか?」


「だって、摩導カート一台だと、浩平君の隣の席には私しか乗れないじゃない。

 それとも、あなたも乗って、私は浩平君の膝の上に座れってことなのかな?」


「何を言ってるのですか! 会長は...」


「なので、次にいつ摩導カートが来るかわからないので、私は準備をしてポスト近くに隠れて、これから毎晩張り込むわ。

 ポストの隣に目立たない黒いテントでも張ろうかしら...」


「会長、本気なのですか?

 毎晩寝ないで夜中に校庭で待っているのだと、昼間の生徒会で運営している市場の仕事はどうするのですか?」


「これからテントで待っている間と、そして次の新聞配達の日までは、ここに戻ってこれなくなるから、しばらく私が抱えている仕事は君に頼むからよろしくね」


「えっ、そんなことを急に言われても僕も困ります。

 そもそもですが、美穂さんがしばらく家に帰れないなんて言って、有村家の親父さん達は何も言わないのですか?

 あのおじさんの事だから、我が一族がどうしたとか、また言い出しませんか?」


「まあ、それは逆に、これは御家大事だとか、藩を救うんだと言えば、まあちょろいもんだわね」


「会長、そんなこと言ってはいけませんよ。

 まあ確かに、僕らが目指している目標として、それは嘘ではありませんがね」


 こうして、美穂会長の校庭での毎晩の張り込みが始まったのであった。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 いつものように、原田耕平が摩導カートで城岡高校通信を配達していた時の事である。

 北海道からスタートした今回の深夜の配達便も、いよいよここ鹿児島の地で最後だなと思いながら、摩導カートを南薩高校の校庭のポストの脇に停めた時は、日本の西端で夜明けが遅い鹿児島であるが、すでにここも夜が白み始めた時間であった。

 この時間はスキップ移動で宇宙に飛び上がると、地球の影から飛び出すために、そこでは明るい太陽光を浴び、地上に降りると再び暗くなる。

 カートの外からの光を遮るようにしてあり、乗っている人の目が惑わされないように明るさの調整をしていた。


 地上に到着すると摩導カートからは降りずに、カートの窓から手を伸ばして校庭に設置されたポストに新聞を直接入れようとした時、突然近くから声が掛けられた。

 


「あら、耕平君!」


「わっ、驚いた!」


 自分の名前を呼ばれて、声がした方を見ると、そこには以前耕平の家に泊まって行った、ここ南薩高校の生徒会長の有村美穂さんが立っていた。

 これまで何度も多くの高校を訪れているが、いつも深夜である為、配達中に人に有ったことなどは無く、知った人でもあってのでカートから降りて挨拶をした。


「あれ? 有村会長ですか? ご無沙汰しています。

 こんな朝っぱらから、こんなところで何をしているんですか?」


「今日はね、ちょっと君にお願いしたい事が有って、君が来るのを夜も寝ないで昼寝して、そこのテントで耕平君が私のところへ来てくれるのを待っていたのよ。

 だって、あなたがいつ我が校に来るかなんてわからないじゃない」


 いきなりそんな事を言われて、約束なども無く驚く耕平であったが、


「え! そうだったんですか?

 えっと、僕がここへ来る城岡高校通信の配達予定日は、新聞のここに、ほらしっかり書いてありますよ。

 それなのに、毎日ここでずっと待っていたんですか?」


「えっ? どこにそんな事が... あ、本当ね。

 でもこれって、新聞発行日でしょ?

 これって、数週間前に発売されている雑誌のような、いい加減な日付じゃなかったの?」


「これは一般の新聞と同じで、きちんと発行日通りに僕らが配達していますよ。

 これまで遅れたことは無かったと思いますが?」


 それを聞くと、ここ数日の泊まり込みが無駄であったとわかり、かなり落ち込む会長であった。

 そもそも新聞が何時届いたなど、ほとんどの人はそんな細かい部分まではチェックしていない。


「そうなのね。

 耕平君はこの後も新聞をまだ配るの?」


「あ、今回僕は北海道から日本海側を中心に順に廻って来ていますので、ここ鹿児島の南薩高校が最後の配達になります」


 それを聞くと、少し悪い笑顔を浮かべた有村美穂は、


「それでね、お願いというのはね、ちょっと耕平君の摩導カートの横で一緒にドライブしたいのよ。 だめ?」


 ちょっと斜め上を見上げるような目線でお願いをする美穂に対して、


「あのですね、会長がそんなぶりっこするのは似合いませんよ」


 奥手な耕平はその手の態度に鈍感であり、有村会長の誘惑を鈍感力で見事に退けた。

 というよりも、毎日屈託もない笑顔を見せる有希と同居しているため、有村会長の態度が少しあざとく見えたようであった。

 若い男子としては、それでよかったのかどうかはわからないが。


「えー、私としては最大限女子力を使ったつもりだったんだけどなー。 カノ国男子には通じないのね」


「で、僕は城岡高校へ戻る時間なので、余り遅れると配送スケジュールを管理している人が心配します」


「あ、ごめんなさい。

 で、本当の用件ね。 それはね、君が城岡高校へ戻る便に一緒に乗せて欲しいのよ」


「すみません。

 乗せていくことは出来ても、次にここへ来るのは数か月先の城岡通信の次の配布の時になると思います。

 ですので、お連れすることは無理です」


「やった! 一緒に乗ることは出来るのね!」


「え? だから帰ることができませんから、一緒に行けませんって言ったのですよ!」


「私も帰りは、次号の新聞発行の時までそちらにいるつもりよ。

 私が耕平君の学校を訪問する件は、生徒会や私の家にはもう話をしてあるから問題ないわよ。

 この話はすでに始まっていて、私はテントで既に何日も過ごしているしね。

 あ、テントも一緒に持っていくから、私はどこであっても野宿ができるわよ」


「冗談ですよね?」


「私はいたって本気よ。 テントを畳むから1分待ってね」


「えー、ダメですよ。

 そんなことしたら絶対にうちの会長に僕が叱られてしまいますよ」


「男でしょ! 一度口に出したことは守ってよ!」


「それは例えの話で、一緒に乗せていく事は無理と言ったつもりですが」


「さっき聞いたけれど、今日は全て配ったからあとは帰るだけなのでしょ?」


「それは、そうですが...」


 そう言う話をしながら、手際よくテントを畳んだ美穂は摩導カートの後ろの荷物入れにテントを入れてしまった。


「じゃあ、お願いするわね!」


「もう、しかたないですね! だけど、本当にテントで暮らすのですか?」


「いざとなったら、城岡高校の空いている教室ででも寝泊まりさせてもらうわよ」


「うーん。 しかたないですね。

 これ以上帰りが遅れると、事故ったんじゃないかと心配されますので、じゃあ乗ってください」


「やった! 本当にごめんね!」


「心がこもっていませんよ。 では出発しますね」


 こうして、耕平の家には新たな住人、南薩高校の生徒会室 有村美穂がしばらく転がり込むことになるのであった。

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