257話目
領主の館
執務室にて仕事をしていると扉をノックする音が聞こえてきた。
「入れ」
「失礼します」
私が処理した書類を整理していたイネスが立ち上がりドアを開けると執事が部屋へと入って来た。
「旦那様、フォルラーニ侯爵からご連絡が入っております」
「フォルラーニ侯爵から? 分かった。 ……イネス書類の整理を頼んだ」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げるイネスを部屋に残し通信の魔道具がある部屋へと赴いた。
「お待たせいたしました。 こちらブリストウです」
「いや、構わない。 こちらこそ突然の連絡すまない。 ……アルフォート今からそちらにグリフォンで赴いても宜しいか?」
「……どういう事でしょうか?」
「そちらに着いてから話す」
通信の魔道具から聞こえるフォルラーニ侯爵の声色は固い。
侯爵領で何かあったのだろうか?
情報が漏れにくいという点で辺境は便利だが情報が入りにくいという点で不便なものだ。
相手に聞こえないようゆっくりとため息を吐き了承の旨伝える。
「……かしこまりました、お待ちしております」
「今からすぐに出る。 昼過ぎにそちらに着くだろう、申し訳ないが準備をしておいてほしい」
「分かりました」
「すまない」
そう言うと通信の魔道具からの音声は途切れた。
今度はフォルラーニ侯爵か。
通信の魔道具が置かれている部屋から執務室へと戻る。
道すがら執事へ昼過ぎに来客がある、歓待の準備をしておくようにと指示を出し歩きながら考える。
公爵の来訪、陛下の来訪、ドルイット侯爵、フォルラーニ侯爵の来訪、再び陛下の来訪、ミラーリア侯爵令嬢の襲来、倉敷の拉致。
ミラーリア侯爵令嬢はあれからすぐにブリストウ領を出て行ったようだが。
アレは何を考えているのだか。
桜が来てからというものそれ以前の平穏さはなりを潜め多忙な日々を送っている。
ここ十年分の出来事を数カ月に凝縮されたような日常だ。
……まぁ、それに関して処理は出来ているので特段文句を言うつもりはないが。
それまでは渡り人が渡航する地としてそれなりに知名度はあったが辺境にある場所の為、国の中での人の来訪は少なかった。
だが桜が異世界の商品を商人ギルドに卸すようになり他領の商人が来訪するようになった。
相良から売り渡される魔獣の素材で冒険者ギルドも好景気に沸いている。
それに伴い武具防具を作製する職人たちも腕を振るいその結果武器防具の質の向上に繋がった。
冒険者たちも質の良い武器武具が安定して手に入り命にかかわるような怪我も減ったと聞く。
それに冒険者ギルドには渡り人の灯里が居る。
冒険者も安心して魔獣狩りに行けるようだ。
相良が狩りを行う場所は街よりも深い場所だ。
持ち込む物が街の近郊に出る魔獣と種類が異なるから素材が被ると言う事もない。
それに値崩れしない様になのか知らんが絶妙にバランスが取られている。
……単に魔道具作りに使用した残りなのかもしれんが。
飲食店も宿泊施設も千客万来で大忙し。
それに伴い税収も上がっている。
問題も多いがな。
……まあ、それはさておきフォルラーニ侯爵の来訪理由は何だ。
本来であれば通信の魔道具で簡単にでも説明するべきだ。
だがこちらに直接足を運ぶらしい。
通信の魔道具では言えない事なのか?
……また厄介ごとでなければいいのだが。
ため息を吐く。
フォルラーニ侯爵が来るまで書類仕事を進めることにした。
「ようこそブリストウ領へ。 お待ちしておりましたフォルラーニ侯爵」
昼過ぎにフォルラーニ侯爵がやって来たと思いきやグリフォンが2頭居た。
どうやら侯爵一人での来訪ではなく、連れが居るようだ。
フォルラーニ侯爵を見るとその顔には怒気が含まれていた。
「出迎え感謝します」
怒気を消しにこやかに挨拶を交わし客間へと案内した。
連れの者達は2人と従者が1人。
従者は侯爵の後ろで控え、連れの者は頭からフードを被せられ、フォルラーニ侯爵から私への挨拶の許しを得られずに戸惑っているようだ。
フォルラーニ侯爵の来訪理由はその二人か。
顔を隠して連れてくると言う事は訳ありか。
侯爵が挨拶を許可しないのであれば私もいないものとして扱う。
客間へ通すとメイドに飲み物を運ばせ下がらせた。
室内に私、侯爵、侯爵の従者、連れの者2人になると侯爵の口が開いた。




