9話 羽虫の末路と本命
~ クローヴィア視点 ~
「『聖女』の肩書きがなければお前などゴミクズ。誰も見向きもしない。お前の婚約者がいい例じゃないか。ククク、哀れだな」
ミアはネルの美しい口から紡がれる侮蔑と嘲笑に、顔を真っ赤にして睨み付けている。
「うるさい!うるさい!うるさい!」
ガムシャラに腕を引き剥がそうと暴れるミアを、ネルはポンコツ婚約者に投げ渡した。
「レイザー侯爵令息」
絶対零度の声がホールに響く。
「婚約者殿がお帰りだ。エスコートするのが紳士の務めだろ」
「王弟殿下、私は、その」
ポンコツ婚約者は顔面蒼白で、口をパクパクしながら言葉を探しているようだ。
今までの自分の非礼や、バカ女の巻き添えにならないよう、どう立ち回るか頭をフル回転しているのが手に取るようにわかる。
そう、わかるから……。
「二人並ぶと、とてもお似合いだな。うん、レイザー侯爵家とアンバー男爵家に、二人の婚姻を急がせるよう伝えておこう。王宮からの正式な通達だと、明日には届くだろうから楽しみにしておいてくれ」
腹黒のネルは容赦しない。
「妻の手綱は夫が引くものさ。末長く幸せにな」
ネルの微笑みを受け、青から白に顔色が変化している。
この問題だらけの女を、一生監督しなければならない拷問を言い渡されてしまったのだ。
『王宮から婚姻を許可する』すなわち『王が証人になり結婚を認める』。これにより、この国にいる限り二人は離婚できない。離婚する=陛下の顔に泥を塗る行為とされ、教会が受理しないのだ。
頭が悪くて、男癖が悪い。大聖女や王弟殿下に不況をかった女と付き合ってくれる貴族はいないだろう。むしろ、常に後ろ指を指される。
そうなると、やっと副騎士団長に就任したのに部下に侮られ、隊をまとめられない。必然的に辞任を余儀なくされる。
実家との繋がりもどうなるか…。
侯爵家は間違いなく勘当するだろう。でなければ、余波で領地経営が傾く。さらに次男は宰相補佐だ。ポンコツ男を庇えば辞職に追い込まれる恐れがある。
男爵家は…。
読めないわね…。
娘を溺愛しているのは有名だけど、家に打撃がくる場合、一般的には切り捨てるのが常識。
でも常識があるなら、もっと娘をまともに育てるわよね…。
人の婚約者を奪ったのに、謝罪しに来なかったし…。
イカれてるわよね。
まぁ、勘当して表向きは関係を断つが、裏で援助をするのが妥当かしら。
でも、男爵夫妻は高齢だし、今回の件で少なからず精神的ショックは否めない。寿命が短くならなければいいわね…。
「騎士団長、二人を城門まで案内しなさい。丁重にね。必要なら部下も同伴することを許します」
成り行きを見ていた王妃様の声が響く。
柔らかな声色だが、目線はとても冷やかだった。
「はっ!」
数名の騎士が二人を囲む。
「ちょっと!触らないでよ!」
「殿下!王妃様!どうか釈明させてください!ご慈悲を!」
醜い姿を晒しながら、二人は会場から連れ出された。
騒然とする会場をまとめるべく、王妃様が立ち上がり手を叩いた。
「さぁ、パーティーを続けましょう。今日は大魔法成功の宴ではありませんか。この先、魔物被害で民達を――――」
王妃様の言葉を遮り
「陛下!おまちください!!」
と、陛下に追い縋る貴族達がホールに流れ込んできた。
先頭に居るのはブリュッセル侯爵様とそのご長男だ。
「何故我が家が降格処分に合わねばならないのです!しかも私と息子が追放処分となるなど、納得出来ません。しかも不良品の次男を当主に据える?!越権行為ですぞ!」
「我々は魔物被害が多い『魔の森』と隣接し、日々民のために命懸けで討伐や警護を行っているのにあんまりです!弟は魔法はおろか剣の腕も三流で、領地に魔物が押し寄せても対処できません!どうか考え直してください!!」
ブリュッセル侯爵領は王国の北側に位置し、魔物が多く生息する『魔の森』と隣接している。その為、王国では毎年安くない金額を防衛援助金として侯爵家に渡している。
余談だが、防衛援助金を受け取る代わり、魔物から取れる魔石を全て王国に売るよう義務付けられている。自領で魔石を加工・販売は禁止だ。ただし、魔物の素材は特産品として認められている
。
「我等は王国の為に、日夜魔物と渡り合い、しのぎを削っていたのですぞ。その忠信を蔑ろにするなど言語道断!」
よく言う…。
防衛の為にある2メートル程度の石壁は、ずっと昔の先代が建てたもので、中にはひび割れ崩れている箇所もある。
侯爵と長男は、ずっと王都の屋敷に居るのは調べがついている。
何がしのぎを削るよ。
それをしているのは、領地に居る侯爵婦人と領民と冒険者達だ。
防衛援助金を真っ当に使っていれば…。
思わず握りこぶしを固くしてしまう。
ネルが手を握ってくれた。
顔を向けると、痛ましそうな視線を向けられた。彼は関係ないのに、傷ついた子供の顔をするから、こちらの気持ちが少し和らいだ。
「ありがとう……」
ポツリと呟いただけだが、聞こえたのか手をギュっと握られた。
私のお母様が亡くなったのは、ブリュッセル侯爵領だったのだ。




