5話 ダレンの悪あがき
~ ダレン視点 ~
「女神だ……」
誰かの呟きが響いた。
その意見に激しく同意する。
これ程美しい女を見たことがない。
ポンチョのような白いドレスは美しいドレープを描いている。両腰に金の刺繍が施された紐が垂れており、先端に磁石が着いるようで、彼女が少し動けば磁石が自然とくっつき、腰周りを引き締めたて見せた。
100キロ以上あったであろう巨体は、細身の令嬢へと大変身している。
ウエストはクビレが分かるほど細くなり、胸にはたわわな果実を思わせる膨らみが2つある。ドレスの隙間から谷間が見え、男性陣の目線は釘付けだ。
あれほど真ん丸だった輪郭はシャープになり、肉に圧迫され糸目になっていた瞳は、大粒のサファイアを思わせるつぶらな瞳になっていた。
以前の容姿の面影は一切ない、まるで別人のようだ。
神秘的な雰囲気、グラマラスな体、整いすぎた顔に、女を目にした人々は老若男女問わず息をするのも忘れるほど見惚れてしまった。
「大聖女クローヴィア、ありがとう。大義であった。疲れたであろう。後日王城で感謝の祝典を開くので、その時にまた礼を言わせてくれ」
陛下の声で、人々は我に返った。
「お心遣い、痛み入ります。お言葉に甘えて、今日はこのまま失礼させていただきます」
美しいカテーシーを披露し、女はモサイ男に支えられながら大聖堂を後にした。
そんな……。
そんな……。
体の震えが止まらない。
俺は……なんて愚かなんだ。
まさに金の卵を捨ててしまったなんて!
「ダレン様?」
隣に座るミアに話しかけられたが、かまえるほど冷静ではいられなかった。
クローヴィアを捕まえなければ!
今ならまだ、気持ちが残っているかもしれない。
いや、一度は婚約した仲だ。
すぐに謝って、許しを乞うんだ!
もう一度、もう一度やり直して欲しいと。
俺は席を立ち、大聖堂を飛び出した。
クローヴィアはどこにいる?!
裏口から馬車に乗るはずだ。
裏口に行けば会えるか?
「そこをどけ!」
人をかき分け、裏口に向かって外周を走った。
普段から走り込みをしているのに、驚くほど息が上がってしまう。裏口につく頃にはゼェゼエと肩で息をしていた。
見慣れない豪華な馬車が止まっている。
王家の馬車ではないのに、それに匹敵するようなきらびやかな馬車である。記載されている紋章も見たことがない。
何処の馬車だ?
気にはなるが、まずはクローヴィアだ。
もう教会から出ていってしまったか?
「ヴィア、もうすぐ馬車だよ」
「ありがとう、ネル。重くない?」
「魔法書10冊より軽いよ」
クローヴィアがモサイ男に抱き抱えられながら、教会から出てきた。
「フフ、相変わらずね。こういうときは『羽の様に軽いよ』なんて言うべきじゃない?」
「羽?非現実的だ。なんで羽なんだ?」
「え?う~ん、詩的比喩?恋愛小説の定番文句よ」
「そう言うのが好きなのか?」
「フフ、嫌いじゃないわ」
「そうか…。善処しよう」
二人は和やかな雰囲気で話している。時折見せるクローヴィアの微笑みに、胸を鷲掴みにされた。また、その微笑みを向けられる男に激しく嫉妬してしまう。
「クローヴィア!!」
彼女に駆け寄ろうと走ると、聖騎士が立ちはだかった。彼らは騎士団とは別で、教会お抱えの魔法が使える騎士だ。
「お下がり下さい」
「私はダレン・レイザー。副騎士団長であり、クローヴィアの婚約者だ。通してくれ」
聖騎士達が顔を見合わせる。
そしてーーー。
「「ぶぁはははは!!」」
と盛大に笑いだした。
「何事だ?」
モサイ男とクローヴィアが近づいて来た。
「クローヴィア!!」
聖騎士達の間をぬって、顔を覗かせた。
クローヴィアなら俺に気がついてくれるはずだ。そんな期待を胸に、クローヴィアにアピールをした。
「はっ!この者が大聖女様に駆け寄ろうとしたため、止めました。その際、この者が『大聖女様の婚約者だ』と言うもので、思わず笑ってしまいました」
「ハハハ、確かに笑える」
モサイ男がこちらを見る。
髪で隠れて目は見えないが、目線を感じる。
しかし、クローヴィアを抱き抱えている姿がむかつく。その女はもともと俺のモノだったんだ。
気安く触ってくれるな!
「彼女に今のところ正式な婚約者はいない。誰かが故意に『婚約者に捨てられた』と触れ回ったお陰で、誰もが知る話だろ。それとも君は、今になって彼女を惜しくなった、馬鹿で愚かで厚顔無恥な元婚約者殿と言うことかな?」
小バカにする言い方にムッとするが、こんな男に構っている場合ではない。クローヴィアに許しを乞うんだ。
「ネル、そんな言い方は良くないわ。彼は三年間だけど、研究に貢献してくれた後援者なんだから」
「金を出す代わりに、君を魔物討伐に借りだし、回復魔法を強要した男だ。貴重な時間と神聖力を無駄遣いさせた愚か者だぞ。それがなければ研究も半年は前倒しになっていたはずだ。私からすれば疫病神だよ」
周りの温度が急に下がったように、肌寒さを感じる。
「ネル、落ち着いて。私のために怒ってくれているのね。ありがとう」
女神のごとき微笑みを、モサイ男に向けている。
むかつく……。
むかつく。
むかつく!
本来、その微笑みを向けられるのは俺だったはずなんだ!
「クローヴィア!」
そんな男を見ないでくれ!
俺を、俺を見てくれ!
俺の叫びに、彼女が反応した。
視線が交わる。
柄にもなく、頬が熱くなるのを感じる。
「レイザー侯爵令息様。私達はすでに婚約を解消している間柄です。名前で呼ばないで頂きたい」
冷たい視線だ。
モサイ男に向ける目とはまったく違う。
くそ!
くそ!
くそ!
「それで、どういったご用件でしょうか?大聖堂にいらっしゃったのなら、私が大魔法を使用した事はご存じのはず。にも関わらず、私を引き留めたのです。それほど火急のご用件なんでしょ?」
うっすらと微笑んでいるのに、瞳が冷たい。
くそ、どうする…。
「だ、大魔法成功…おめでとう。君はこの国の英雄だ。支援できたことを誇りに思うよ」
「ええ。ありがとうございます」
にっこりと微笑む姿に見惚れてしまう。
「ご用件はそれだけですか?疲れておりますので、これにて失礼致します。ネル、行きましょう」
「ふん。実にくだらん時間だった」
モサイ男が背を向けて歩き出した。
クローヴィアが行ってしまう。
クローヴィア……。
クローヴィア。
クローヴィア!!
「もう一度やり直したい!」
俺の口から咄嗟に言葉が出た。
「君を傷付けたことは謝る。すまなかった!だからもう一度、もう一度やり直すチャンスをくれ!!」
モサイ男の歩みが止まり、少しこちらに振り向く。クローヴィアの顔が見えた。
「君が好きなんだ。離れて気がつくなんて、愚かだと思う。しかし、バカ女を相手にしていて、君の尊さを感じたよ。君は聡明で、話をしていてとても楽しかった。マナーも完璧だし、細かなところに気が付く素敵な女性だ。私には君しかいない。どうか、私と結婚してほしい!」
一度は婚約をし、三年間も時間を共有したんだ。婚約破棄だって、4ヵ月しか経っていない。
俺に向けてくれていた気持ちだって、すぐに消える訳じゃない。
どうか、
どうか、
「最低。アンタなんか願い下げよ」




