11話 あっけない幕引き
~ クローヴィア視点 ~
もし、ブリュッセル侯爵領が防衛援助金を真っ当に城壁維持に使っていたら……。
もっと道を修繕して、馬車が走りやすいようにしてくれていれば……。
もっと……教会に寄付をして、聖女を常駐させてくれていたら……。
お母様を亡くし、そう思わずにはいられなかった。
魔物が憎い。
根絶やしにしてやりたい。
でも、防衛援助金を着服し、お母様の死を『不幸な事故』と処理をしたブリュッセル侯爵も憎かった。
お母様の傷口に布を押し当ててくれたのは、侯爵婦人だった。もしも彼女が居なければ、お母様はお父様に会えずに亡くなっていただろう。
婦人には感謝している。
だが、『ブリュッセル侯爵家』として罰は受けてもらう。婦人もそれを望んでいた。
あの当時、侯爵は愛人に溺れ、防衛援助金の大半をもって、愛人に買ってやった王都の屋敷に入り浸って居たそうだ。
余談だが、長男は愛人との子どもで、生まれてすぐ養子として侯爵家で引き取ったそうだ。
次男のトーマスは、義務的な行為で授かった婦人の子供だと聞いている。
領地を顧みない男に期待しても意味はないと、婦人は自分の出来る範囲で侯爵領を切り盛りしていたそうだ。
しかし、『防衛援助金』の額は侯爵しか知らなかったそうで、領地に下ろしていたのは1/10程度だったのは後に調べて発覚した。
その事実に、侯爵婦人は憤りと自責の念で涙を流していた。
侯爵が防衛援助金を着服しているのは薄々勘づいていたが、ほんの一部だけだと思っていた自分が情けないと、そんな巨額な援助金があれば、城壁崩壊の大惨事を防げたかもしれないと後悔を口にしていた。
×××
「言葉を慎みなさい!!」
宰相様の声がホールに響いた。
「そなたが防衛援助金を着服し、愛人に注ぎ込んだことは調べがついている。そなたと息子が領地に帰らず、ここ数年王都で遊び回っていたこともな!」
いつも冷静沈着な宰相様が激高している。よほど据えかねるようだ。
「何が『日夜魔物と戦いしのぎを削っているだ』!領地に帰らずどう、しのぎを削るのだ!長年、そなたの事を『王国の英雄』だと憧れていた私が愚かであった!!このような卑劣極まりない、口だけ男だったとは…」
ネルから聞いただけだが、宰相様は冒険小説が大好きで、魔の森から領地を守るブリュッセル侯爵に密かに憧れていたそうだ。
信じていた英雄に裏切られて、かなりショックだったらしい。
「くっ、口だけ男だと!」
「その通りだろ。昨年、お前から『魔物との激戦を自慢されながら』提出された、防衛援助金使用用途報告書に記載された補強工事はどこも実行されていない。これをどう言い訳するのだ」
「補強工事された場所が違うのだ!」
「ではどこです」
「そっ、……それは調べ直さないと……」
宰相様の小馬鹿にした、ため息が響いた。
「防壁の工事や、道の修繕報告は別途、侯爵婦人から報告が上がっている。防衛援助金を使用しないで、領地で得た収入でおこなっていると」
「なっ!」
「今までお前が揉み消し、都合の良いように改ざんしていた領地経営報告書だよ。婦人が毎年報告していた書類の控えと、お前が改ざんした書類を見比べれば、横領していたことが一目瞭然だ!」
『そなた』から『お前』に変わった。宰相様の目が座っている。
「それは……」
口ごもる侯爵。その隣の息子が話し出した。
「なっ、何か行き違いがあったのやもしれません。我々でもう一度確認し、正式な書類を」
「ブリュッセル侯爵令息」
突然陛下が会話に割り込んだ。
「そなたの胸にあるブローチ。見事であるな」
「?お褒めいただき光栄です」
「その魔石、何処で手に入れた?」
陛下の指摘に、男は体を固くした。
ブリュッセル侯爵の不正調査で、魔石の横流しも発覚している。その主犯がこの男だ。
国に渡す魔石の中から数点抜き取り、王都の屋敷で独自加工・転売をしていると報告を受けている。
「たっ、確か他国で作られた物と」
「ほう。何処の?」
「わっ、忘れてしまいました」
「そうか。世界基準法で魔石の裏に国の刻印を刻む決まりがある。見せて見なさい」
陛下は微笑んでいるのに『否』を言わせない凄みがある。
宰相様が男の前に手を出した。男はしぶしぶブローチを宰相様に渡した。
宰相様はブローチを陛下に渡し、裏の刻印を確認した。
「隣国の刻印がある。が、偽物だ」
会場がざわめく。
「に、偽物を掴まされるとは不覚でした」
「最近、違法魔石のアクセサリーが流通していたので、困っていたのだよ。……その者を捕まえよ」
男が近くの騎士に両腕を拘束された。
「何をするのです!私は偽物を掴まされた被害者ですよ!」
「先程、ブリュッセル侯爵家の王都の屋敷を強制捜索したら、作成途中の違法魔石のアクセサリーを回収したと報告が上がっている。また、他国に売るための販路も割り出し、おさえている。言い逃れはできないぞ。連れていけ」
陛下の言葉に観念したのか、男は項垂れて、ブリュッセル侯爵と共に兵士に連行されながら退出していった。
あっけない幕引きね。
お母様が亡くなった後、お父様はブリュッセル侯爵に掴みかかった事がある。
「殺してやる!」
その形相は鬼のようだった。
だが、すぐに側使えの騎士に取り押さえられてしまった。
「不幸な事故で奥方を亡くされたのです。気が狂ってしまったようだ。お痛わしい。……伯爵風情が調子に乗るな。せっかく生き残った娘と息子を失くしたくないなら、大人しくしていることだ」
屈辱だった。
しかし、伯爵家が侯爵家に勝てるわけもなく、お父様は私達を守るため、振り上げた拳を戻した。
「終わったな」
ネルだ。
「ええ」
12歳で魔法省に入ったとき、『王弟殿下のライオネル』にブリュッセル侯爵家の不正なり、私のお母様が侯爵が防衛対策を怠ったから亡くなったと訴えたら、『ブリュッセル侯爵家』に罰を与えるなり、王の耳にいち早く入れて捜査の依頼が出来たのかもしれない。
しかし、私はしなかった。
まぁ、政に興味がなかったネルに言っても「自分でどうにかしろ」って冷たくあしらわれるのが想像ついてたしね。
『仕返しは自分の力でやりなさい。お父様の力も家の力も使わずに、自分の力で。それが淑女の嗜みです』
お母様の口癖だ。
弱い女になるなと、言われていた。
それに、ブリュッセル侯爵家の不正を暴いても、お母様は帰ってこない。また、侯爵家を排除したところで第2、第3のブリュッセル侯爵家のように安全対策を蔑ろにする輩は出てくる。
それなら、『聖域結界』を成功させ、魔物被害を失くせばお母様のように命を落とす人を救える。
不可抗力として、王宮から割り当てられていた『防衛援助金』は撤廃され、豪遊していた輩は慌てるだろう。
そんな思惑を抱いて、今回の幕引き。
収穫は上々と言える。
聖域結界は発動され、数年に一度神聖力を注いで行けば半永久的に結界は守られる。
国内で魔物被害は失くなり、人々は安心して暮らせる。
防衛援助金を着服していた輩や、不正を働いていた輩も一掃されて王国は風通しが良くなった。
まぁ、聖域結界を求めて他国が侵略戦争を仕掛けてくる可能性や、他国が私を誘拐して自国にも聖域結界を張らせようと、押し寄せてくる可能性があるが、天才大魔法使いのネルがどうにかしてくれる約束だ。
「クローヴィア」
「姉さん」
お父様とアランドロだ。
「よく、頑張ったな。お前は私達の誇りだよ」
お父様の優しく、少し泣き声が混じった言葉に目尻が熱くなる。
「アネットに報告するのが楽しみだ」
お父様の笑顔が、あの時のお母様の笑顔とダブって見えたのは、きっと……。