悪役令嬢の本気 終わり
・このお話はフィクションでファンタジーです。
仮面舞踏会から一週間後。第三王子はあっさりと北の砦に送られた。
ハーレム集団……もとい側近は解体。王子が纏わりついていたルーシィはカーラの陰謀だと泣き叫びながら学園を退学したらしい。
「ふぅ。嫌がらせって意外とつまらないのね」
事後報告を受けていたカーラがお茶を飲みながらため息をつく。憂う様子も人の目に魅力的に映るだろうと、侍従服に白手袋を身に着けたキリアは満足げに小さく笑った。
「それで、いかがなさいますか?」
先ほどからカーラが目に入れないようにしているのは釣り書きの山と花束と珍しい果物だ。釣り書きの山は独身子息を持つ(婚約者がいないとは言っていない)貴族たちからのもの。花束は本人は冗談のつもりらしい(けれど周囲は本気の)第二王子からのもの。そして果物は隣国から留学に来ている(学科が違うので四、五回挨拶した程度の)公爵令息からのものである。
それをちらりと見たカーラはおろした黒髪を揺らして小さく首を振った。
「キリア。わたくしね、今回のことで一つ判ったことがあるの……わたくしは嫌がらせを途中で飽きてしまうほど第三王子殿下に興味がなかったのね。本気で復讐をしようとか、人生をかけて相手にのめり込むくらい憎く思うこともなかったわ。本当、復讐物語って相手への相当な執着がないと続かないのだと身をもって知った気分よ」
これは現実逃避も入っているなと優秀な侍従は黙って聞いている。
カーラが婚約を破棄された直後はなんの反応もなかったのに、第三王子が北の砦に送られたことが広がると一斉にこれらのものが届けられたのだ。届けられた直後の公爵家の面々を思い出してキリアは震える手をとっさに抑え込む。
「途中で飽きてしまわれましたからね」
当分この国は荒れるだろうなぁと思いながらも、願うのは仕える主人の幸せである。
「これからどうなさいますか?」
先ほどと似ていても全く違う問いかけにカーラは赤い目を楽しそうにきらめかせて楽しそうに見上げてきた。
「わたくしね、わたくしが一番大変な時に傍観していた人たちと仲良くしたいとは思わない。だから学園は普通に接してくれたクラスメイトたちと一緒に卒業するまでこのまま通うわ。その間に外の世界を見る手段を見つけることにしたの。わたくしは公爵家の子女で、わたくしの体と知識と経験の全ては公爵家領民とこの国のものであり、わたくしが自由にできることは少ないけれどやりようはあるのだと学んだから」
今回の嫌がらせは行うと公言はしていても一応秘密裏に行われていた。第三王子ではなく王家に配慮した形である。だからこそ今まで姑息な手段を取ったことのなかったカーラはいかにして人の目を避けながら嫌がらせをするかということに大変頭を悩ませた。
その過程で敵と味方の区別、悪事を悪事と悟らせない方法、知識ではない公爵家と王家以外の広い世界を見つけたのだ。それらはカーラにとって第三王子への嫌がらせより魅力的であり、王家へと嫁ぐ以上の公爵領と王国への新たな貢献方法を知らしめる結果となった。
羽を与えられた鳥は大空を舞うだろう。
とある小説の一説を思い出したキリアは主たる女性の前で膝をつき、うっすらと微笑みながら見上げた。
「私もお供いたします。見張っていないと何をしでかすか判りませんからね」
「判ってるわよ! 今回の嫌がらせだってキリアがいなかったから途方に暮れていたもの。キリアのことは首輪を着けてでも連れて行くわ!」
「……言い回し」
「……わたくしの侍従は貴方だけです」
「これからも変わらぬ忠誠を誓います」
公爵家の麗しき薔薇。美貌の公子たちに溺愛されている末の妹姫。カーラをたたえる言葉はいろいろあるが、彼女の一番近くにいるキリアはそこに新たな言葉を付け足す。
自由の翼を手に入れた女神……そこまで考えて女神は言い過ぎだと自嘲気味に小さく首を振った。せいぜい黒い小鳥だろう、アレは。まだ大人の色気が足りないし。
「それでは手始めにアルファメル魔道王国に留学することを目指しましょう。わたくしの天候を操る能力をもっとうまく使えれば様々な自然災害を軽くできるかもしれないわ!」
「あの国は酪農が盛んですから乳製品の種類が豊富で、料理も大変美味しいそうですよ」
「それは楽しみだわ。それじゃあ誰から味方に取り込もうかしら」
実に生き生きと楽しそうに話す公爵令嬢を見て、主至上主義の青年侍従も穏やかに相槌を打ったのだった。
【あまり物語に関係ない人物紹介】
・隣国から留学に来ていた公爵子息(婚約を申し込んできた人物)
学年は違うし学科も違うので数回あいさつした程度の顔見知り。隣国の公爵家の次男で外交官を目指しているためか、婚約の申し込みに美味しいものを食べることが好きなカーラの気を引くような珍しい果物を持ってきた。子息を忘れてしまったカーラに「あの珍しい果物の……」といって思い出させているキリアを見て、レジストーク公爵家では婚約を申し込んできた連中の中では比較的ましな青年だと認識されている。