悪役令嬢の本気その三【お茶会に呼ばない】
・このお話はフィクションでファンタジーです。
その三《お茶会に呼ばない》
嫌味を言うに関しては意外とてこずったが、彼らと関わらない嫌がらせはすんなりと進んでいった。
もともと第三王子妃として社交の取りまとめを行う予定だったカーラは、入学当初から上級学年を中心に個別のお茶会を開いていて、それは下級貴族や有力商家の生徒と多岐に渡る。話す内容も当たり障りのないものも多かったが、カーラが知りたかったのは家と家のつながりや力関係であり、『お茶会に呼んだ人物』に『親しい人物』を紹介してもらうという手段をとっていた。
「見事に抜けていますね」
今まで呼んだお茶会の人物リストを見ながら感心したようにつぶやく侍従のキリアは、お菓子をサーブしながら再び困惑する主たる女性を見守った。
「わたくしが主催するお茶会だということもあるのでしょう。ですが婚約を破棄された今ならまだしも、まだ婚約中だったころですら彼らが省かれているとは思わなかったわ」
リストにある名前はほぼ全生徒を網羅していた。高位、下位、平民関係なくほぼすべての人物が何らかのつながりを持っていることが一目瞭然だった。
「まさか第三王子殿下の側近たちが軒並み招待されていないとは思いませんでした」
だがあの無礼な男爵令嬢は当たり前だとしても、高位貴族の子息である彼らの名前がない名簿はそのまま今の学園を表しているともいえるのだろう。すでに卒業した学年からも、新しく入学した学年からも、誰にも『親しい人物』と紹介されなかった彼らの名前を眺めながら、カーラはこれで楽に嫌がらせができると穏やかに笑った。
「三人をお呼びすれば名簿が埋まるわね」
「小娘はいかがなさいますか?」
「『わたくしに嫌がらせをされた』方ですから、さすがにお茶会に出席はなさらないでしょう」
誰が噛まれると判っている蛇の巣穴に手を突っ込むというのか。
「ではいつもの土産の選定は……」
「適当に髪の色と目の色と家紋にちなんで適当に選んでちょうだい」
「『適当』は一度で結構ですよ。かしこまりました。こちらで選んでおきます」
すんなりと決まったにも関わらず、カーラの表情は晴れなかった。というより理解することが難しかったらしい。
「それにしてもどうしてお茶会に呼ばれないことが嫌がらせになるのかしら?」
考え込むときの癖で行儀悪く両手でカップを持ちながら思案するカーラに、キリアは彼女についての報告をする。
「この学園に入学してから一度もお茶会に行ったことがないそうですよ」
「まぁ……それはお気の毒ね……」
入学式から第三王子にぶつかって彼にエスコートしてもらうという注目を浴びた男爵令嬢を、その正体も判らぬのにお茶に誘うような学生はいなかったらしい。それでも普通なら付き合いのある貴族や商家に呼ばれるものだが……
「それでも普通は派閥や利害関係を考慮して呼ばれるのではなくて?」
「ですから利益より損のほうが大きいと判断されたのでしょう。男爵令嬢が捕まえたのは第三王子ですから、早い段階でもそれほどのうま味はなかったと思われますよ」
公爵家の婚約者もいたので、ルーシィはせいぜい愛妾くらいにしかなれないと思ったのかもしれない。
「それでは最後のお茶会をもってお土産の使用を解禁しましょう。今までは持っていない人に気を使っていましたが、それも必要なくなりますものね。それにしても……」
ここにきてカーラはその美しい顔に憂いを乗せる。伏せられた紅い目と白いうなじを隠すように揺れる黒髪は、レジストーク公爵家の秘宝というのにふさわしい美貌をカーラに与えていた。
「規模としては大きいですけれど、こんな些細な嫌がらせを第三王子殿下は気が付くかしら」
前回のように直接嫌味を言わなければ嫌がらせをされているという自覚がなかった時のようにならないかと悩む見目麗しい令嬢。悩んでいる内容が内容だけに非常に残念感が漂うが、遠くから見れば知られることはない。キリアも人によっては失礼だと捉えかねないカーラの思考を咎めることもせず、薄い表情で会話を続けた。
「お嬢様の嫌がらせも何のためにされているのかすら理解していないのです。気づかないのなら放置でよろしいのではないでしょうか。少なくとも第二王子殿下は経過をとても楽しそうに話しておりますよ」
「それならいいわね」
第三王子のあまりの鈍感さに本気の嫌がらせを思い知らせるという当初の目的から外れてきてしまっているが、お嬢様第一主義のキリアにしてみれば些細なことである。心の傷をこうして癒したり忘れられるのであれば、周囲の多少の犠牲などたいしたことではないのだ。付き合わされる人間にしてみればたまったものではないのだが。
「それではお茶会の手配はいつものようにいたします。欠席される場合はお土産のみのお渡しで。これまでお渡しした色魔石は皆さま工夫されてアレンジされているようですよ」
学生生活もこなしながらさまざまな情報を仕入れてくる手腕は、さすが公爵家の侍従というべきだろう。
「お茶会に来ていただいたお礼ですもの。うちが産出する魔石で、あまり魔力が入っていないものに軽い解毒魔法を込めただけですけれど、少しでも皆さんの役に立てればうれしいわ」
いわゆるくず魔石にカーラ直々に魔法を込めてそのまま渡していたのだが、これが意外と役に立つ。さまざまなアクセサリーにカムフラージュしながら常に身に着けておけば、いざという時に魔力の少ない者でも使えるのだ。馬番のネグリムに渡してみたら二日酔いの時に解毒したと報告されたので、平民でも使い道はあるらしい。
お茶会に呼ばないということがどうして嫌がらせになるのか判らなかったカーラだが、第三王子が言ったのだから仕方がないと、だんだん面倒になってきた気分を奮い立たせて窓の外を見つめていたのだった。
案の定、第三王子とルーシィの取り巻き三人はお茶会に欠席の返事をよこした。二人は出してすぐだったが、騎士団長四男は迷っていたらしく二日前の返事になった。
それならば、と最後に魔石を渡す騎士団長四男にはキリアが適当に根付に加工して用途を記した手紙とともに送ると、お茶会を開くはずだった当日に本人がじかにお礼を言いに来た。
「茶会を欠席したというのに、このような品をいただいてありがとうございます」
さまざまな確執があるが、貴族として嫌な相手であろうとも丁寧に対応する姿は好感が持てる。カーラはにっこり笑いながら返事を返した。
「いいえ。お茶会は残念でしたけれど、この学園でわたくしのお茶会にお呼びしていなかったのは貴方がたと第三王子殿下、そして殿下の大切な女性だけだったのです。最後に第三王子殿下とあの男爵令嬢以外のすべての方に声をおかけできて良かったわ。これも王子妃としての仕事でしたけれど、結構楽しかったのですから。解毒の魔石ですけれど、わたくしが直接魔力を込めましたからどんどんお使いくださいね」
これで第三王子にお茶会へ呼ばないという嫌がらせをしたことが知れるだろうと内心で喜んでいたカーラだが、言われた最後の言葉に顔面蒼白の騎士団長子息はぎこちなくお辞儀をして教室を出ていく。
「なんだか怯えていたようだけれど、どうかされたのかしら?」
昔から知っているだけに騎士団長子息の感情を何となく読めるはずのカーラが首を傾げると、後ろに控えていたキリアが、こちらも長年の付き合いから的確に相手の感情を推測した。
「これから毒殺されると思ったのではないですか?」
「だったら解毒の魔石など渡さないでしょう」
「世の中には前後のつじつまも考えずに結論に飛びつく愚かな人間もいるのですよ」
なるほど。それならば怯えるのも仕方がないとカーラは机に頬杖をついて教室を見回すと、生徒たちそれぞれが好きなようにアレンジした魔石を身に着けていた。一番多いのは綺麗な飾り紐に組み込んで、カバンに下げたり護身用の短剣に着けたりしている者が多いが、中にはチョーカーの留め具に着けたりベルトに着ける者もいた。
全員が全員身に着けているわけではないが、普段から使える便利アイテムゆえにまるで流行のようだ。魔石の色も公爵令嬢がわざわざ選んだということもあって、各自が自慢するように話している。
やはりこうなると全員に行き渡らせてから使用を解禁したのは正解だったのだろう。
さて、肝心の第三王子の反応だが。
残念ながら自分を毒殺しようとしていると学園の廊下にて大声で指摘された。男爵令嬢ルーシィも自分たちにだけ魔石をくれないと騒いでいたが、『自分たち』の中に含めていた取り巻き連中が持っていることは知らないらしい。
だんだんと嫌がらせをしているのが馬鹿らしくなっては来ていたものの、当初の目的通り嫌がらせだと認識してくれたと安堵したカーラはとても楽しそうに笑って言った。
「毒殺未遂は嫌がらせの中に入っておりませんでしたので行いませんわ。良かったですね」
静まり返った周囲をよそに美しいお辞儀をして去っていく黒髪の令嬢。目を白黒させて呆然と見送る第三王子と「やっぱり私を殺そうとしていたのね!!」と悲鳴を上げる男爵令嬢の周囲を、生徒たちが邪魔そうに避けて通っていく。
第二王子も笑いながら側近たちと通りがかり、彼らの様子を横目で見ながら通り過ぎると平民出身の友人と朗らかに話し始めた。
「学園では許されるけど、王城で王族に会ったら立ち止まって脇に避け、お辞儀をして通り過ぎるのを待つのを忘れないでね」
「当たり前だろう。学園が特殊なのは誰でも知ってる。礼儀作法くらい弁えてるさ」
「悪いね。末端といえども貴族に籍を置いている人間の無作法を、このところ嫌というほど見てきたものだから」
「キリアも大変だよな。あいつ、学業と侍従業の両方をこなしてるんだろ? この間、歴史の授業で目を開けたまま綺麗な姿勢で熟睡してたぞ」
転々と転がる会話にもう一人の友人も参加してくる。
「ああ、あの厳しい先生がこめかみに青筋立てながら怒ってて、教科書にない雑談の質問に答えろってキリアを当てたらポロッと答えたやつだろ?」
「で、そのまま座ってまた寝てんの。あのおっさん先生、血圧上がって死ぬかと思ったわ」
「なんだ、それは。私が公務で欠席している最中に面白いことをしているじゃないか」
「ああ、見せたかったよ。公爵家っていうのは侍従まで完璧な教育を施されるんだな」
「はぁ。王家の教育だって完璧に近いはずなのに、どうしてあんな風に育ったかな……」
目下第二王子の最大の悩みである弟の愚痴に、友人たちは慰める言葉も出ない。
やろうと思えば元庶民の男爵令嬢の排除など簡単だ。第三王子がどれだけ探そうとも決して見つからない場所にやることなど造作もない。
だが第三とはいえ王子なのだ。しかも成人間近で、判断力も今まではある程度信用ができていたからこそ今回の事態は後手に回ってしまっていた。気が付けば女の色香に迷った愚弟が人目のある場所で婚約者であり後ろ盾でもあった公爵令嬢に喧嘩を売っているのを見た時は、さすがの第二王子ですら呆然とするしかなかったのである。
「王族教育で全員がお前みたいになったら大変だろうよ。王族だっていろいろいるさ」
慰めとも揶揄ともとれる言葉を友にかけられながら、第二王子はいまだ騒いでいるらしい弟の声に振りむいてつぶやく。
「お前は王家が用意した側近以外の友人をどうして作らなかった。そのための学園だというのに」
平民や下位貴族と意見を交わらせるのにここ以上の環境はない。王族が身分に捕らわれない人間関係を築くことのできる王家のための箱庭が学園なのだ。
今更な質問を口にしたとしても時は戻らない。救いなのはカーラの嫌がらせが思いの外優しいということだろうか。どことなく嫌がらせをしても手ごたえがないので飽きてきたようにも見えるが、やるといったことは最後までやり通す女性だ。第三王子を肉体的に傷つけることなく嫌がらせを成功させるに違いない。
「次は『根も葉もない悪意あるうわさを流す』だったか」
「ああそれな。もう流れてるぞ」
商家の息子が実に楽しそうに笑うが、話そうとはしない。不思議そうな第二王子に青年はくつくつとのどを鳴らしながらなだめるように付け足した
「もう少しうわさが熟成するのを待ったほうがいいな」
楽しむなら時間をかけろと言われて助言を受け入れる第二王子は、最後の始末をどうするのかを早いうちに決断しなければならないとため息を吐いたのだった。
【あまり物語に関係ない人物紹介】
・ネグリム(年齢32歳、公爵家の馬番)
公爵家の所有する馬を世話する男性。独身だが採用の面接で「お嬢様より侍従さんの方が私の好みです」と発言して採用された(もちろん紹介状は完璧だった)。馬を扱わせたら天下一品、どんな暴れ馬でもいうことを聞かせられる才能の持ち主。故に軍馬を育成している騎士団からの誘いから逃げるために公爵家へとやってきた。
本人曰く「軍なんて朝から晩までこき使われるでしょう。あまりきついのはちょっと嫌でした。それに私は旦那様たちの馬をこうやって愛情たっぷりに育成するのが好きなんです。ここなら馬がケガをしたからと言ってすぐに殺処分にはしませんから」と笑いながらカーラに話してくれた。
酒に弱くグラス一杯で酔いつぶれてしまうらしい彼に解毒の魔石を渡したキリアを、実は相思相愛なのではないかとカーラは疑っている。
・第二王子の友人(とある商家の次男)
学園でできた第二王子の友人男性。新興のやり手の商家の息子で、次男だが三男と共に将来は国を跨いでの商隊の指揮を執る。情報通で子供のころから連れまわされたおかげで外国にも詳しく、商人ならではの話術と機転の速さを第二王子に買われた。
現在は王子がお忍びで外出する際のガイド兼護衛を任されており、清廉潔白な王太子を補佐しようとしている第二王子と一緒にいろいろと薄暗い場所にも秘密裏に出入りしている。もちろん国王も王太子も承認済み。彼の親や兄はもともと放置気味だったが、何となく察しているようで普段は学園生活をおう歌しているようだ