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悪役令嬢の本気 始まり

・このお話はフィクションでファンタジーです。

・スカッとざまぁはしていません。そういったお話をご希望の方はそっとページを閉ることをお勧めします。

 爽やかな風が吹き抜ける穏やかな日差しの午後。アルゴ・ブル高等学園のカフェテリアにて、一人の女子生徒が優雅にお茶を楽しんでいた。若葉生い茂る木々から漏れる木漏れ日が彼女のきめ細やかな白い肌を優しく照らし、風がいたずらに揺らした黒髪をそっと耳にかけるその仕草は気品に溢れている。一目見て上流階級の令嬢であることが見て取れ、赤というよりは紅に近い澄んだ目が今は手元の本へと落とされていた。


 周囲に人影はないものの周りを威嚇することなく自然にあるその姿に、よほど無粋な神経の持ち主以外は彼女の邪魔をしようと思う者はいないだろう。

 そう、まさに鼻息荒く喧騒とともに現れた彼ら以外は。


「カーラ・レジストーク、貴様を探していたぞ」

「これは第三王子殿下。お早いお着きでございますね」


 よほど急いできたのか息を切らし女子生徒を睨みながら声を上げたのは、かろうじて赤? と言えるような赤茶色の髪と茶色の目を持つ青年だ。女子生徒の呼びかけから彼がこの国の王子であることがわかる。他に宰相次男、騎士団長四男、魔導士長長男という、学園を代表する地位の高いそうそうたるメンバーが小柄な女性を守るように背後に控えていた。


「貴様はこの時間、第二講義室で授業のはずだ。なぜ出席していない? おかげで探す羽目になったではないか。おまけに隠れるように第二講義室から一番遠いここ(カフェテリア)にいるとはな」


 実際探したのは側近候補の更に取り巻きたちなのだが、王子にとっては些細な差でしかない。

 王子の問いかけにカーラ・レジストーク公爵令嬢は綺麗な緑のガラス玉がついた薄い金属のしおりを読みかけの本に挟んで立ちあがった。


「まずは基本的な礼儀に則って挨拶させていただきますわね。ごきげんよう、第三王子殿下、皆様。そして講義に出席しなかったのは正解でした。このような茶番で取りやめにするには、賢者様(先生)の講義はもったいないですものね」


 カーラは華やかで朗らかな笑みを浮かべながら一人満足げにうなずくと、改めて自分の婚約者を見た。


「それで第三王子殿下。わたくしに何用でしたでしょうか」


 要件をどうぞ、と促されてそれなりな美貌の王子はカーラのセリフに不可解なものを感じていたものの、気を取り直して尊大に告げる。


「カーラ。貴様は私が愛しているルーシィに嫉妬して彼女をいじめていたそうだな。彼女の持ち物を壊す、廊下で嫌味を言う、お茶会には呼ばない、根も葉もない悪意あるうわさを流す。上げ始めればきりがない。そんな女と本気で私が婚姻を結ぶと思っていたのか」


 良く通る声で見下す言葉が紡がれると、華のある美女は揺らぐことなく反論した。


「たとえどんな女性であろうとも、第三王子殿下の婚約者に必要なのは強力な権力を持つ中立派の貴族ですわ。たかが挨拶(いやがらせ)程度をあしらえなくて王子妃は務まらないと思いますが……まぁ他の武器で王侯貴族を懐柔するというのであればそれでもいいとは思いますけれど。『可愛らしさ』や『無邪気さ』、その方が最も得意としていらっしゃるような『天真爛漫さ』はいったいどなたに、何歳まで通用するのかしらね?」


 一応といった風情で反論する公爵令嬢からにじみ出るのは微かな怒気だ。それを真実を言い当てられ不愉快に思った証拠だと取った第三王子以下ルーシィハーレム集団は更に追及する。


「ふん、自分にないものを持っているルーシィに嫉妬したと正直に言ったらどうだ。貴様が彼女を襲うために正体も判らぬ男と会っているのも知っているぞ。今捕縛するために騎士団を差し向けている。そいつが貴様の名前を言えばレジストーク公爵とて文句は言うまい。それどころか不出来な娘をむりやり私の婚約者に仕立て上げた無礼を償わせるために、ルーシィを養女に取らせ私の後ろ盾とするつもりだ」


 尊大な自信のせいか、第三王子がふんぞり返りすぎてひっくり返るのではないかと気を取られているカーラ公爵令嬢に、金髪碧眼というこの国ではありふれた色彩の少女の言葉が降りかかる。


「カーラ様が私を嫌う気持ちもわかりますぅ。私は婚約者である貴女を差し置いて、殿下から本物の愛を受け取ってしまったのですから。でもだからといってそれが私をいじめていい理由にはならないはずです! 貴女は殿下の正妃という立場の他に殿下の心も欲しいのでしょうけど、人の心をお金で買うような真似は誰にもできないんですよぉ!」


 穏やかな木漏れ日が注ぐ午後のカフェテリアにそこだけ聞けば正論ともとれる言葉が声高く叫ばれるも、相対する公爵令嬢は薄く笑みを浮かべたままテーブルに置かれた本のしおりを白い指先で撫でた。


「殿下が何をなさりたいのかは理解いたしました。婚約を破棄したいということでよろしいですか?」


 ゆっくりと紡がれた言葉は完全に少女の言葉を無視して第三王子にだけ向けられる。まるで(ルーシィ)のセリフなどなかったかのようだ。だが第三王子は婚約破棄という言葉に意識を向けてしまったせいで、カーラの態度を咎めもせずに話を続けた。


「当たり前だ。それとお前の犯罪を暴き、相応の罰を与えてやる」

「『罪』とやらが見つかり、わたくしが関与しているとの証拠が見つかるとよろしいですわね。ああ、それと」


 本を持ち穏やかに笑うカーラの背後に茶色の髪の学生が付き従うように現れる。彼を見たルーシィが「私が助けてあげる」とか「無理して従わなくてもいいんだよ」と上目づかいで訴えているが、表情の薄い整った顔の青年は答えることがなかった。


「キリア? 貴方が望むならあちら(・・・)に行ってもいいわよ?」


 ほら、貴方はわたくしにひどい仕打ちをされているらしいですし。第三王子の愛するルーシィの言い分を自分で言っていておかしくなったのか、苦笑しながら背後の青年を見上げても緩く首を振るだけだ。


「そう。ならこれからもよろしくお願いするわ」

「貴女がそうやって権力で彼を縛っているんでしょう! 私へのいじめだって公爵家の権力を使ってやったに決まってますぅ! 身分が低い者や逆らえない者に嫌がらせをするのを止めてください!」

「もともと権力欲の強い女だと思っていたが、お前の幼稚な行いには呆れるぞ。まぁ、公爵家といえども女であるお前にはあの程度しかできないだろうがな」


 それまで何を聞いても聞き流していたカーラは、第三王子の言葉に初めて何の感情も含まない視線を向ける。背後にいた青年侍従も同時に微かに眉を寄せた。


「第三王子殿下。お言葉を撤回していただけますか? 先ほど殿下が言われたような幼稚な嫌がらせを、公爵令嬢(・・・・)たる(・・)わたくし(・・・・)本気(・・)などと思われるのは心外でございます」


 会話に不穏な空気が混じり、張り詰めた緊張がその場を包んだ。悪行を理由に婚約破棄を宣言された時も、その程度といわれるような理由(いやがらせ)で罰を与えられそうになった時も、嫌がる侍従を無理やり付き従わせていると証拠もなく責められた時も、カーラ公爵令嬢はみじんも気配を揺らすことがなかったというのに、今ははっきり不愉快だとの表情を張り付けて第三王子を見返す。


「ふん。何が心外だ。お前の嫌がらせなど私が手を打てばルーシィを少しも傷つけることなどできないだろうが」


 背が高く赤茶の髪を揺らして尊大に言い放つ第三王子に向かってカーラは赤い目を細め見下した(・・・・)


「第二王子殿下」


 幾分低くなったカーラの声がそれまで会話に入っていなかった人物に向けられ、今まで薄ら笑いを浮かべて離れた場所から観察していた赤い髪の青年が慌てて近づいてくる。


「いや、わざと止めなかったのは悪いと思っているよ。でも馬鹿な(三番目)は一度痛い目を見ないと―――」

「婚約を破棄する件については国王陛下への報告をよろしくお願いします。それと悪いと思っていらっしゃるなら、一つお願いがありますの。今から第三王子殿下にわたくしの本気の嫌がらせをいたします。お体を傷つけることは決していたしませんので、しばらく王族への不敬を見逃していただけませんでしょうか」


 王族の言葉を遮るという不敬すら平然と行ったカーラに第二王子は引きつった笑いを漏らすしかない。幼少の頃よりの知り合いだ。お互いに人となりは判っているし、自分の家を侮辱されて腹の立たない貴族などいないのだ。

 カーラがレジストーク公爵家から王族に嫁ぐのは政治的な意味合いが強いのだが、第三王子の言い訳はそれらを凌駕するものではないし貴族家を完全に馬鹿にしていた。どうせ王位に就くことは絶対にないとはいえ、今回の件を罰もなく見逃せば本人も、そして王族も社交界から反感を買うだろう。


 それをカーラの本気の嫌がらせを認めることで終わらせてくれるならば安いものだと瞬時に判断した兄王子は、ヒラヒラと片手を振って軽い調子で許可を出した。


「ああ、いいよ。国王陛下にも許可を取っておくし、あとで証文も送るよ。ここまでやっちゃえば種馬要員にしかならないから、自我が崩壊しない程度ならいいかな」

「嫌がらせで自我を崩壊させるのは、さすがに無理がありますわ」

「え? 簡単だと思うけど……?」

「わたくしはわたくしの家の名誉を守れれば、それでいいのです。余計な面倒ごとを背負うつもりはありませんの」


 うふふ、あははと黒く笑いあうカーラと第二王子に、赤茶色の髪(第三王子)が割り込んでくる。


「貴様はさっきから兄に何をごちゃごちゃと言っているんだ。それよりもルーシィを虐めた罪はしっかり問うからな!」


 学生という身分のせいか、それとも恋に浮かれた愚かな男なのか、空気を読まない第三王子は精一杯厳しい顔で元婚約者に怒鳴ると、黒髪をきれいに結い上げた公爵令嬢が侍従の手を取りながら大変機嫌の良い笑みを浮かべた。


「わたくしも本気でやらせて(・・・・)いただきますね。嫌がらせはわたくしとキリアだけで行いますので覚悟してくださいませ。それでは失礼したします」


 美しいあいさつは第二王子にのみ向けられ、ルーシィとお馬鹿な取り巻き集団は射殺すような視線を向けてくるも、第二王子の手前小さく反論するだけの彼らを置いてカーラは無事にその場を立ち去ったのだった。






「お嬢様」

「なぁに? やっぱり貴方もあっちに行きたいの?」

「それは俺に消極的に自殺しろとおっしゃっているのですか? 可愛い従者にそんな無慈悲なことをおっしゃったりしませんよね。それよりもお聞きしたいことがございます」

「そんな図体で可愛い従者って……まぁいいわ。それで?」

「彼らは『ルーシィハーレム集団』なのですか? それとも『ルーシィとお馬鹿な取り巻き集団』なのでしょうか」

「……キリア。わたくしの考えを読むのをやめなさいね」

「口に出ていましたよ。それで正式名称はどちらにしましょう」

「しつこいですわよ!」






 翌日にはさっそく国王からの書状が届き、第三王子への無礼講……嫌がらせへの許可が下りた。


「ずいぶん早かったな」

「カーラの本気が見てみたいそうよ」


 両親はのほほんとそんな会話をしていたが、カーラの兄たちは妹を心配そうに見つめている。それはそうだろう。四人兄弟の唯一の女の子で末子である彼女は生まれた時から家族全員に愛されてきた。子供のころから付き合いのある王太子殿下ですら引くほどの溺愛ぶりを家族は示してきたのである。


 ちなみにカーラは学園に入学した時に来賓で来ていた王太子殿下(当時22歳・既婚)に「こんなに礼儀正しく常識のある令嬢に育ってくれて……!!」と涙ぐまれた経験がある。もちろんにこやかに微笑んで場を流すも心中では「お前は私の父親か!!」と突っ込んでいたが。(ちなみにキリアは王太子殿下に「お前の教育のおかげでここまで素晴らしい淑女に育ったんだな」と言われて困惑していた。キリアは私の母親か……?)


「本当に手伝いはいらないのかい?」


 プラチナブロンドの髪に赤い目を向けてきたのは長兄だ。レジストーク公爵家の貴公子の一人であり、結婚してからも側室を狙う女性が後を絶たないくらいの美貌の持ち主だが、相手を心底思う憂いを含んだ視線に晒されれば落ちない人はいない好青年でもある。


「お嬢様」


 背後に立っていたキリアが冷気と共に声をかけてきて、見惚れていたカーラは気を取り直して柔らかく微笑んだ。


「お兄様、大丈夫ですわ。わたくしの実力は知っているでしょう? わたくしは第三王子殿下のレジストーク公爵家への過小評価を正したいだけですから、危ないことはいたしませんわ」


 あの程度のいやがらせを公爵令嬢の本気と侮ってもらっては困るのだ。第三王子がこれから社交界を渡っていくにしても、王宮にただ住むだけの人間となったとしても、自分は動かずに貴族社会をうまく動かしてこそ尊敬される王族と呼ばれるのだから。


「お前とキリアなら十分だろうが、あー……持ち物を壊す、嫌味を言う、お茶会には呼ばない、根も葉もない悪意あるうわさを流す……あ、あと正体不明の男に襲わせる、だったか」


 慰めるようにカーラの頭を撫でた次兄が確認するように『公爵令嬢の悪事』を数えた。どこから会話の内容が漏れたのかと疑問に思うと同時にあの場には第二王子もいたことを思い出し、カーラはあっさりとうなずく。


「多少のやりすぎは見逃してもらえるはずだから頑張っておいで」


 現在独身の次兄は溺愛する妹の髪にキスすると、とろけるような笑顔を浮かべて応援してくれる。それをほほえましそうに見つめる公爵夫妻と長兄(三番目の兄は騎士団所属なので寄宿舎暮らし)。

 一見和やかな一家の風景に、離れた場所から見ていた忠実なる侍従(キリア)は何も知らずに青春を謳歌しているであろう第三王子を少しだけ哀れに思ったのだった。


【物語にあまり関係ない人物紹介】


・賢者様(年齢不詳)


 カーラが受講していた学園の講義の先生。ふわふわの茶色の髪に薄い翡翠の目を持つ中肉中背の男性。学生の中にいると事務員と間違われるほど存在感がなく、大きなイベント時などでは学生に頼まれて下働きをしている姿を見かけることがある。

 本人はにこにこと常に柔和な笑みを浮かべて穏やかな性格であるものの、その魔力と知識は賢者の名にふさわしく大陸規模で有名人。賢者に教えを乞おうと学園に留学に来る人もいるほど。

 ただし、王太子の学年に所在していた人たちは賢者の名が出ると一様に大人しく口を噤んでしまうという話がある。最終学年に行われた野外訓練で騒動があったらしいが極秘にされているらしい。

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