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ここは、王都の娼館街。
夕陽が沈む頃に灯りがともり出し、王都の人間達が眠りにつく頃に最盛を迎える通り。
逆行した時間の中に咲き誇る華達から一夜の夢を見ようとさながら蜜を吸うように集まる男達。
嘘に塗り固められた睦言達の戯れ。
夜の帳が下りた街の中、一つのショーを売りにする男娼館が、活気に包まれた。
男娼館一人気の踊り子、ヨセフ。
通称よっちゃん。
通り名は大間抜け、しかし、ヨセフの踊りは一級品。
その吊り目に見つめられたら根刮ぎハートを持って行かれてしまう。
まるで夢魔の様に隠微な妖艶さ。
長い手足から成るヨセフの踊りは、ベールを棚引かせて情熱的に魅せられる。
正に神をも魅了する美しさである。
ショーに出る男娼達は、一夜の褥を共にする事が出来る。
ショーに出た蒸気した男娼達の肌を買えるとあれば、相当な額を積む男達もいる。
熱い眼差しを交わしながら、併設される男娼の館へと吸い込まれて行く。
しかし、ヨセフは滅多な事では色は売らない。
特別な客人か、ヨセフに気に入られた者しかその陶器よりも美しい滑らかな肌を味わう事が出来ないのだ。
ヨセフを囃し立てる男達。
その波間に場違いな女が一人。
手作りの旗には『世界の秘宝 よっちゃん!』の文字が踊る。
野太い声で、野蛮な言葉を投げかける男達に混ざって、その女も負けじと叫ぶ。
「よっちゃーーーーんっ!!今夜も最高ーーーっ!!」
一際高い声が、よく目立つ。
ヒラヒラと舞い踊るヨセフ。
衣装は際どく、ぴっちりとした女性物のビキニの下穿き以外はベールを纏うのみ。
筋肉質な隆起した胸。
六つに割れた綺麗な腹。
尻はキュッと上がっている。
あられもない肢体が惜しげも無く晒されている。
ヨセフが客席の近くを妖しく揺蕩うと、クッと小さな面積の布を纏った腰を突き出す。
男達は、その小さな下穿きに紙幣を差し込む。
無論、お触り禁止だ。
だが、その小さな布の下を覗こうと男達は鼻の下を伸ばして小さな布切れを持ち上げる。
男達に混ざって女もワクワクと握り締めた紙幣を震える手で下穿きに差し込む。
差し込んだ瞬間、ギャーーーッと絶叫して倒れた。
オマケに鼻血を吹き出している。
興奮により、血が上ったのだろう。
最早いつもの事なのか、手慣れた様子で楽屋に運び込まれた。
ヨセフは気にもせず、ヒラヒラと舞い踊る。
宴は始まったばかりである。
★
「ぐふ、ぐふふ。よっちゃん」
怪しく呟きながら、うなされている女の名はアンナという。
公爵家の一人娘、貴族女性の憧れの的。
ナルディス家のご令嬢。
そんな彼女が男娼通い。
大変外聞が悪い。
公爵閣下も奥方も、彼女の兄ランスロットも、お付きの侍女までもが苦言を呈したが、アンナは頑として聞かなかった。
アンナとヨセフの出会いは娼館街から程近い街外れのブティックである。
普段は商人を屋敷へ招いて必要な物を購入するアンナであるが、息抜きを兼ねてウィンドウショッピングに出かけた時だった。
アンナが一枚のドレスを掴み、繁々と縫製やらを見ていると、声を掛けられた。
「そんなもん買っちゃダメよ、お嬢ちゃん。一回洗濯したらすぐボロんなるわよ?」
振り返ると、綺麗に編み込まれた濡れ羽色の髪。珊瑚とパールの飾りを上品に付けている。
瞳は切れ長、スッと通った華奢な鼻筋、薄い唇を真っ赤なルージュで彩っている。
彼女の顔は完全なシンメトリーを構成していて本当に美しい。
鎖骨から首まできっちりとレースで覆われているが、透けた肌が艶めかしい。
スレンダーな体型を助長するように太腿までスリットが入ったタイトドレスは彼女が動く度に妖しく揺れる。
足の甲まで隠す程長いドレスも漆黒。
しかし、適度な肌の露出が彼女の魅力を引き立てていた。
アンナは背後に居た女性を仰ぎ見る。
———で、でかいわ!
彼女は男性のように高身長だった。
しかも、声もハスキーである。
だが、そのアンバランスさが彼女の魅力を存分に際立たせている。
アンナが暫くうっとりと見つめていると、彼女は手のひらをヒラヒラとアンナの前で振る。
「もし?なんなのよ、この子ったら。折角あたしが親切にしてあげたっていうのに、ぼーっとしちゃって、やーねえ」
眉根を寄せた悩ましげな表情も美しい。
アンナは我に返る。
「か、買う気は無いからご心配なく!」
慌てて手に取っていたドレスを棚に戻す。
「あーら、アンタ!そんな金のかかってそうなドレス着て冷やかししてたわけー?!ちょっと信じらんない!用が無いなら帰りなさいよ!」
女性に追い立てられるようにブティックから出ると、猛スピードの馬車がアンナの鼻先を掠めるように通過した。
———危なかった!
彼女が、咄嗟の機転で後ろに抱きとめてくれなければ、アンナは今頃死んでいただろう。
「危なかったわねー。嫌んなっちゃう!最近多いのよ、無茶なスピードで走る馬車。貴族って本当サイテーよ」
女性は怒っているようで、アンナはその女性が怒りを向ける貴族だとはとてもではないが、言えなかった。
「あんたぼんやりしてるんだから、気をつけなさいよ!」
そう言って女性はカツカツとヒールを鳴らして雑踏に紛れて行った。
それと入れ違いに、侍女のユーリが駆け寄ってきた。
「お嬢様!大丈夫ですか?!」
アンナの申し出で少し離れた場所から伺っていたユーリはさぞ肝が冷えただろう。
しかし、アンナはそんな事を気にできないほど、ぼんやりとしていた。




