腕がしなる少女 前編 (2)
三人はとある場所で足を止める。そこは新たな王都の玄関口と呼ばれるターミナルだ。そこで使われる乗り物は魔導列車でごく最近にできた最新鋭の魔道具である。乗車チケットを持って乗り込み、個室の向かい合った座席に座る。列車が白煙を上げながらゆっくりと進み出し、景色が街並みから平野に変わった頃ユーリが口を開く。
「アーネットさん、わざわざこんなに高い乗り物に私達を乗せなくても構いませんのに、しかも私と先生の分のチケットまで買っていただいて申し訳ないです。」
運賃は距離ごとに値段は変わるが、六十キロメキル(60キロメートル)離れた中継街までの運賃は一万ゴール(一ゴール=一円であり一万ゴールは銀貨一枚ほどの価値である。ちなみに金貨一枚=銀貨五枚の価値になる。)であり、魔導列車でも三日はかかるアーカネル・ストレンまでは二千キロメキルはある。その運賃だけでも一人金貨三枚弱はかかる。その代金を支払ったアーネットに感謝を述べるユーリであった。
「良いのですよユーリさん、あまり長い旅だと疲れますし犯人が分からなくなってしまいますからね。」
列車に乗って今まで口を閉ざしていたクロードがアーネットに質問をした。
「お孫さんに何か変わったことはありませんか?」
「変わったというのは?」
「閉じこもる前に誰かに会ったとかは」
「二人会いに来ておりました。一人目はケリー君、孫の幼なじみで毎日遊びに来てくれて様子がおかしくなる前日にも孫に会いに来ておりました。けれど様子がおかしくなってから顔を出さなくなったので私は怪しいと感じているのです。二人目が問題でビスティさんですが変態です!!今でもしつこく求婚してくるのです!!今考えればあの人が一番怪しい!!今すぐにも処刑台に送ってやりたいわ!」
興奮するアーネットをユーリが落ち着かせる。話を聞く限りだとビスティがこの中で1番怪しいが、決めつけてしまうと見落としが出てくる為、情報として記憶の片隅に記録しておくクロードである。
道中特に変わったことはなく、三日の長旅を終え目的地「アーカネル・ストレン」へ到着した三人は、すぐにアーネットの屋敷へ向かった。大通りを外れ、ぽつぽつとまばらに家が建っている通りを進み一際大きい家に着いた。
「クロードさん、ユーリさん、ここが私の家です。すみませんが見た目は広いのですが客人が泊まれる部屋がありませんので申し訳ないですが今は使われていない小屋で泊まっていただきますがよろしいですか?」
クロードとユーリは首を縦に振り、感謝を述べる。
「アーネットさん、お言葉に甘えさせてもらいます。」
「本当にありがとうございます!」
「お礼言わなくていいですよ。謝礼は弾みますのでよろしくお願いします。使用人を呼びますので少々お待ちください。」
アーネットは呼びに屋敷に入っていった。その間クロードはユーリをその場に待機させ屋敷の周辺を探索する。庭の庭園を見ていると不思議なものを見つけた。黄緑色をした石の欠片と深緑の紙が白い花と一緒に茂みの中に隠れていた。気になり手を伸ばそうとした時、後ろから声が聞こえた。
「ここに咲いている花が気になりますかね?」
後ろを振り向くとシワが深い執事服を着た男性が右手を腹の前に置いて立っていた。クロードの傍にある茜色の花を触りながら執事服を着た男性が語り出した。
「この花はユリアお嬢様が大切にしております花でして、亡くなった大旦那様が大事にしていた形見のものなのです。」
「失礼ですが、あなたは一体…」
「あー先生やっと見つけましたよ。アーネットさーんここにいましたー。」
離れたところで手を振っているユーリは若いメイド服を着た人と一緒にクロードの所に向かってくる。遅れてアーネットもクロードの元にたどり着く。
「先生あまり歩き回らないでくださいよ…探すのが大変でしたよ…」
「すまない。気になったものだからつい…ところでアーネットさん、この方々は?」
「私が雇った執事とメイドです。今訳あって息子夫婦はおりませんが…」
アーネットの隣に立つ執事とメイドが深々と頭を下げ礼をし、クロードが先に口を開く
「初めまして、クロード探偵社のクロードです。アーネットさんの依頼で少しの間お邪魔になります。」
「私、クロード先生の助手をやっているユーリです。時々質問すると思いますのでご了承を。」
「初めましてクロード様、ユーリ様。私はマシューと申します。隣にいるのは娘のリーンベルです。力不足で申し訳ないですがユリアお嬢様をお願いします。」
「クロード様、ユーリ様初めまして。私リーンベルと言います。よろしくお願いします。」
互いに挨拶を済ませた後、マシューが小屋まで案内をしてくれた。小屋は壁に蔓が覆っていて年季がはいっているがボロボロではないので少しの雨風なら耐えられそうな感じだ。二人は入ってすぐ右に曲がった大きめの部屋に荷物を置き、置いてあった椅子に座る。
「先生、やっと着きましたね。けど大丈夫ですか?アーネットさんのお孫さんの腕がおかしくなってから大分時間が経っているので犯人が遠くに逃げている可能性が高いですよ。」
「まずはユリアと言うアーネットさんの孫娘の現在の様子を確認してからだ。呪いであればどういったものなのか調べれば犯人の行動が見えてくるかもしれないからな。充分休憩したら屋敷に向かうよ。」
十分後、屋敷に向かう為紙とペン、何個か道具を持って外へ出るとドアの脇でリーンベルが待機していた。
「クロード様これからどちらに向かわれますか?」
「ユリアさんにご挨拶でもと…」
営業スマイルで応えるとリーンベルは何やら苦い顔をしている。気になったクロードがすかさず質問する。
「何かあったのですか?」
「いえ…そういう訳ではございません。ただ私以外の人が会おうとすると怪我だけでは済まなくなってしまうのでどうしようかと考えていただけです。」
「どういう事ですか?」
「心配した旦那様がお嬢様の部屋に入られた途端に旦那様がドアと一緒に後ろの壁まで飛ばされておりました…お嬢様は涙を浮かべるだけで何も語りませんでした。」
ユーリが恐る恐る手を上げる。
「あの〜今いらっしゃらない理由ってもしかして…」
「そうです…まだ治療中で若奥様が看病しております…」
今の話で息子夫婦が居ない理由が分かった。飛ばされた時に怪我をし、怪我が重くまだ治っていないからこの屋敷を空けているということだ。しょうがないのでクロードはカードを一つ切り出す。
「(ここでどうこうするよりも何とかユリアさんと話せるようにしないと前に進まないな…)私は元冒険者でもあるので一通りの護身はできます。なので話を聞くだけでもよろしいですか?」
そう言うとリーンベルは少し明るい表情をした。そしてお願いをしてくる。
「なら、ひとつ約束を。危険を感じたらすぐに避難してください。でないと私が対応しきれませんので。」
「分かりました。危なくなったらすぐに避難します。」
「では、おふたりをお嬢様の部屋に案内致します。付いてきてください。」
クロードとユーリはリーンベルの後を追い、屋敷へと向かった。