プロローグ
「やっと見つけたよ。たく、君はよく脱走するんだね。」
子猫を抱きかかえた少年は大通りを通りすぎ、人々の往来が徐々に少なくなってきた。そしてすぐ脇の寂れた道の裏路地へと進みある看板が掛けられた事務所へ入っていく。そこには茶色の紳士服、肩にコートをはおり木製の上品な椅子に座り本を読んでいる青年がいた。青年は少年を見るなり手招きをする。
「先生、依頼された迷い猫を見つけられましたよー。」
「私が予見したところに居たかね?」
「えぇ、まさかあんなところにいるとは思いませんよ。小道具屋の猫人形の中に紛れているなんて誰も想像出来ません。」
その子猫は小道具屋にあった猫人形の中に紛れ込んでいた。しかし、
「なんでこの猫は猫人形の所に居たんですか?すぐ近くまで近寄ってようやく猫人形と分かるぐらいの質が悪いのに仲間だと思ったんですかね?」
「君は気づかなかったのか?あの小道具屋に秘密があるんだよ。」
少年は首をかしげ、青年の疑問を問いかけた。
「秘密とは?まさか猫人形の中に何かを隠しているとかですか?」
冗談で適当なことを言っているが青年は肯定した。
「そのまさかだよ。さて、その小道具屋に向かうからその子猫も連れて一緒に行くぞ。」
そう言うと青年はディアストーカーハットを被り、杖を持った後足早に小道具屋へと向かった。
「ちょっと先生置いていかないで下さい!」
「待てない。早くしないと証拠を持っていかれてしまう。」
「ええ!?証拠とは一体……」
「口より足を動かす!!道中こっちで調べたことを話しておくからちゃんと聞いておきなさい。」
「は、はい!!」
暫くして二人は目的地に着き、店内へと入っていく。部屋の明かりを灯していないのかとても暗い。店員の姿がなく、廃業でもしたかと思った少年だが営業はしている。一見ただの小道具屋に見えるが…
「あそこをよく見てみろ。何か引っ掻いた痕があるだろ。」
木の柱に指をさして教える。
「あっ、本当だ全然気がつかなかった。小さい傷をよく見つけますね…」
「どんな細かい事象でもそれが事件の真実を導く鍵となることが多い。だからどんなに小さくても見逃したりしてはいけない。話がずれたが私の推理が正しければ…」
そう言いながら青年は近くにあった猫人形を拾う。
「この猫人形には危険物質が練り込んである。しかも他の人形も全部爆薬も一緒に混ぜられているからかなり危険な代物だよ。」
見た目に反してかなり物騒な代物である。
「ッ!?なんでこんな危険な物が沢山あるのですか!!」
「その答えを教えてもらいましょうか。隠れてないで自首をなさった方がよろしいですよ小道具屋の店主。いや、秘密組織の工作員さん。」
「フフ、そこまでバレていたとわね…侮れないわ探偵さん。」
「それはどうも」
「あなたは先生に猫探しの依頼をしてた人じゃないですか!!」
隣の部屋に隠れていた女が姿を見せた。首元に独特な傷が付いているその女は目の前にいる二人に現れた時の見ずぼらい衣装ではなく、軽装で黒い服を着ている。夜の闇に紛れやすくするためであろう。
「あら、猫ちゃん探してくれてありがとう。けど何故そこまで分かったのかしら?」
「私の能力で分かっただけです。さて、事の顛末を話していただきますよ?」
「話すわけが無いじゃない!これが何かを知っているみたいだし残念だけど死んでもらうわ!!」
そう言うと女は隠し持っていたナイフを青年に向け走り出した。青年と少年はとっさに避けた。
「この……うわわああああぁぁぁぁぁぁ!!」
少年はすぐさま反撃をしたのはいいが勢いがつきすぎていたからか壁に激突して気絶した。青年は手にしてた杖を振るい、女の無力化を図った。派手にやりやった後女の手首に杖が当たりナイフを手放すことは出来たが、無力化とは程遠い結果となった。
「あんた見た目によらず中々やるじゃない…今回は私の負けだわ。けど私たちの目的が分かった暁にはあなた達を全力で始末させてもらうわよ!」
女はどこからか小瓶を取り出し、中にある液体を振り撒いた。そして女がてをかざすと目の前に小さい炎が現れた。ピンポン玉位のとても小さい炎だ。
「ここを爆発させる気か!?あなたもただじゃすまないぞ!!」
女の意図に気付いた青年が制止する。だが
「説得は無駄よ。」
炎が液体に触れ、辺りを火の海に変える。このままだと猫人形も誘爆して辺り一帯が焼け野原となる。
「くそ、こんな時はどうすれば……」
「そう言えば名乗ってもらっていなかったわね?聞いていいかしら?」
「そんな事今聞くよう……」
「答えなさい!!」
今は敵とはいえ、前回依頼してきた女である。 渋々だが答えた。
「……私の名はクロード探偵社のクロードだ。そしてそっちで気絶しているのは助手のユーリだ。」
「クロード、ユーリ…その名は忘れないわ、またどこかで合いましょう♪」
「待て!!く…」
クロードは女に手を伸ばしたが女との間で屋根が崩れ落ちてきた。高笑いする声が遠くなっていく。
「逃げたか…おい起きろ。」
「ッ…またやっちゃった。」
「早くしないと私もお前も丸焼きになるぞ!そして猫人形も外に出さないと甚大な被害が出るぞ!!」
時間がない中、クロードはユーリに発破をかける。話している間にも刻一刻とタイムリミットは近付いていく。猫人形と子猫を抱え、クロードとユーリは店を出た直後爆発を起こし、二人を吹き飛ばした。二、三回地面に叩きつけられた後二人は意識を手放した。
暫くしてクロードは目を覚ましベッドから起き上がる。頭痛がするが現状把握するため気持ちを奮い立たせるがすぐに力尽きてしまう。
「全く…あんまり無理はしちゃいかんよ。これで何度目だい?あんたが運ばれてくるときはいっつも意識が無いんだから治療するこっちの身にもなってほしいよ。」
お盆を持ってきた初老の女性が溜め息を吐きながら入ってきた。彼女の名はカリンと言う。何度かクロードの生死の境目を漂う大怪我を負っているがその度に救ってきた名医である。ただし…
「カリンさんいつも瀕死の時に治療していただいてすみません。」
「お礼なんかいいよ!!さっさと治療費を払ってもらうよ!!今回はいつもの五倍は払ってもらうから覚悟おし!!」
そう、腕は確かだが金に目がなく医者仲間から金の亡者と言われるほどの金好きである。しかもかなりの守銭奴で、薬商と言われる薬の問屋の値段交渉の時、相場と同じ価格なのに値段が高いと言って原価以下の価格を要求して買わせるほどの財布の紐がガチガチに固い女性である。クロードはいつもの五倍と聞いて驚いている。
「ち、ちょっと待ってください!!いきなり五倍はないでしょう!?」
「隣の部屋で転がっている奴と動物の分だよ!!動物は専門外だから料金は上乗せだからね!!」
クロードはじっくり考えた。だが答えはまとまらない。なぜなら…
「…五倍は流石に死活問題になる。分割払いならなんとか工面が出来るんだが?」
ここの治療費は一人につき金貨五枚、一般の家族三人で四ヶ月出来る金額だ。だが、その治療費が五倍ともなるとそうそう出せる金額ではない。クロードが今出せる金額が金貨十四枚、ユーリが出せる金額が金貨六枚。計二十枚だから不足分をどうにかしないといけないのである。しかしカリンは首を縦に振らない。
「あんた長い付き合いなのにまーだ私の性格が分からないのかい!!分割もしないしびた一文もまけたりしないよ!!」
クロードが反抗しないのは交渉を持ちかけても全く反応しないし意味をなさないからだ。当の本人も既に諦めている。
「分かった、一週間の間になんとか工面する。今回はそれで手を打ってくれないか?」
「フン!一週間以内に払ってくれたら文句は言わんよ!!けど、今回も怪我の過程での出来事が気になるんじゃが、教えてくれんかい?そしたら値下げするか考えておくよ。」
「………………」
「黙秘か…しょうがない、さらに三倍上乗せしとくかい。」
「カリンさん、それは卑怯ですよ…」
盛大に溜め息をはいたクロードは事の顛末を話し出した。