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秋ですね

作者: タマネギ

秋ですねと、季美子が言った。

駅に繋がる歩道橋の上では、

路上ライブが行われていた。


緩やかなスロープを、

二人並んで歩いているときで、

ビルの合間、山の上の空に、

泡のような雲が浮いていた。


季美子は、音楽より、その雲を見て、

秋ですね……と言った。


路上ライブに気を取られて、

相槌を打てないでいると、

へえ……あんな所で歌うんだと、

季美子は、山の上から視線を

移してくれた。

そして、二人の間が、狭くなった。


ふと見ると、胸元には、

小さな花の刺繍があった。

その花を斜めにしている胸の高さに、

気さくに話すつもりが、話せず、

季美子の顔を見ようにも、

見られなかった。


相変わらず、不甲斐ない。

五十センチぐらいの距離を

保ちながら歩いている。

初めてデートするときの距離は、

これぐらいかもしれないと、

どうでもいいようなことを思った。


季美子は私の隣で、

路上ライブを見ていた。

二人の影が目の前に伸びていて、

風で髪が揺れているのがわかった。

演奏も歌も上手くて、

人集りがしだいに多くなっている。


「上手だよね……」


季美子が私を見て言った。


「うん……ねえ、こういうの好き?」


「うん……大丈夫よ」


「そうか。じゃあ、またこんど、

コンサートとかも、行こうか?」


季美子に顔を近づけて言った。


「うん、いいよ。いつかな」


「テストが終わったら行こう」


「あっ……テスト……忘れてた」


季美子の声が大きくなった。

慌てる表情が意外だった。

それが、彼女らしいところなの

かもしれない。


路上ライブの演奏が終わって、

拍手が沸き起こる中、

人集りに押された、二人の影は

もう、重なりあっていた。


「ねえ、お腹空いたし、行こうか」


「うん……駅の向こうに出来た

パスタのお店がいいな……」


季美子が言った。


「うん、そうしょう。

ねえ、あの雲ってさ、秋らしいよね……

鱗雲っていうのかな」


「えっ、ああ、ほんと……

パスタに何にしようかな……

やっぱり、きのこスパにしようかな」


季美子は、空の雲よりパスタの方に

気を取られていた。

さっきとは、別人のようになっている。

よほど、お腹が空いたんだろう。


秋と言えばきのこだしと言うと、

季美子の手が、私の手に重なっていた、

路上ライブの人集りを、振り返る。


今なら、季美子の胸にある、

花の名前を聞けるような気がした。

今しかない……

重なる手の中の手を、強く握りしめ、

季美子の顔を見て言おうとした。

秋ってこうすると暖かいね。


……好きですと。

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