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97、真相

最終章の始まりを変更しました。

「ここでマリアンヌは死んだか」

「······誰だ?」


 俺が【死神】になってから、マリアンヌの死に至るまでの事を全てあの探偵に話した。おかげで、頭に迷いも憂いもなく“ここ“へ辿り着いた。パン屋の前で不意打ちを仕掛けて来た時、“神隠し“と口にして、そしてそこで“マリアンヌと初めて会った探偵“のおかげで。


「俺はすっかり忘れていたが、もし彼女に導かれたもので未解決のものがあるとしたら、やはり“これ“だろうな」

「何の話をしている?」

「あぁそうか。俺が一方的に見てたから、あんたは知らないか」

「······」

「いや、知る必要もない。どうせお前は俺に殺されるんだ」


 右手に発現した三日月の鎌は黒く冷たく、それでいて哀しみの色が刃に現れているよう。その刃には、彼女を殺した犯人が映っていた。




 ◇


 あのカフェから移動し、墓地へ来ていた。


「くっくっくっ······困ったもんだった。医者の所へなんとか辿り着いたものの、お前に斬られた傷がその医者のスキルでも治癒されないんだからな」


 探偵は、リズの墓に黄色い花を備えていた。

 隣のガルバスの墓にも同じ花があった。


 俺の言葉を聞いてから奴は「場所を変えよう」と煙草の火を灰皿の上で消して“この場所“へ誘った。明日にはここも人で溢れ変えるだろうが、今は、この白いロングコートの探偵と俺だけの寂れた通常の景色。


「だが、お前の言う通り、彼は“優秀な医者“だった。俺の斬られた部分だけが治癒しないと分析し、その周りの部分を斬り落として治療してくれたほどだ。おかげで、身体が部分的には減ったから脚はやや突っ張るものの、傷は綺麗さっぱりだ」

「へぇ、良かったな。無駄に高いその背が小さくなって」

「くっくっくっ······そう僻むな」





 ◆


 一昨日『初心者の森』。


 脚から血を流す探偵は、いかるようにこちらを睨んでいた。


「······どういうつもりだ?」


 死神の鎌は、胡座の男の右脚――そのすぐ側で、いつかガルバスと戦った際初めて武器を見つけた時のよう地面へと深く突き刺さっていた。俺は――、


「はぁ、はぁ、はぁ······」


 鎌を振り下ろした姿勢のまま息を乱し、その柄を握っていた。


「どうした? 直前になって怖じ気づいたか?」


 そう言う探偵の脚からは血が垂れ、ガルバスの血を吸い込んだであろう大地へと広がり始めている。


「勘違いするな······」


 少しだけ落ち着いた息で、苦悩で自然と歪む顔をしながら奴を睨んだ。


「お前はもう死んだようなものだ。だから、俺がお前を利用する。その利用先が浮かんだだけだ」


 本当にそれだけか? と、心の中で声がしていた。


 うるさい······黙れ······。


「ほう、利用? 今ので碌に歩けない俺を利用か。自棄やけにでもなったか?」


 それだけの傷に関わらず、探偵は痛みで顔を歪ませることなく先と変わらずこちらを睨む。


「そう見えるか? そう見えるならそうでもいい。言ったはずだ、お前を利用すると」


 何が言いたい、という睨みを見せる探偵。


 俺は、なんでこんな奴にそれを頼もうとする······。

 俺は、それを見つけた所でどうする······。


 そう思いながら口にしていた。


「俺の両親は通り魔に殺された。その犯人を探せ。十年以上前のことだ、見つかるかどうかなんて分からない。だが、お前に設ける期限は一週間だ。一週間後にルグニスへ来い。見つけられなかったらお前の村の人間を全員殺す」

「もし見つけられなければ?」

「その時も同じだ。お前のせいで死体が増える」


 僅かに眉を吊り上げた男に、続けて言った。


「その期間に村人を逃がそうとするならそれでもいい。ただ、俺は必ず探し出して全員を殺してやる。それを覚えておけ」


 そして俺は、森の奥へと歩みを向けた。――が、


「待て」


 探偵は一度、俺を引き止めた。


「この脚で探させようとは、最初から全員殺すつもりじゃないのか?」

「そう思うならそう思えばいい。ただ、ルグニスにはパジャマなくせに優秀な医者が居る。お前に運があるなら助かるだろ。だが、途中で死ぬならその程度。俺もその時は『死んだか』と思い、村人を消すだけだ」


 そして「そうしたら殺す奴を探す手間も省ける。せいぜい、村の連中がお前のせいで死なないよう、死力を尽くすんだな」と俺は森の静寂に飲まれていった。


 ◆




 この男の傷が癒えたのは道中の歩く姿から一目瞭然だが、念のため尋ねればあの返し。医者のスキルで“治癒まで出来ない“のは想定外だったが、想定外でも少しだけ良かったと思った。


「――で、“この世界を終わらせる“だったか?」


 供花きょうかを終えた男は立ち上がると同時、本題へ入った。


「お前が言うその“世界“は、生命の全てにける意味か? それとも、お前が今こうして生きて“苦しんでいる世界“か?」

「後者だ」

「なるほど。つまり、今こうして【職業】のおかげで潤ってる国々を、この仕組みを、その恩恵による『幸せ』を、全てお前はゼロに還そうというわけだ。それは正義による使命か? それとも私怨か?」

「人を殺してきた俺に正義なんてあるはずが無い。全部私怨だ。それにそのことは、お前がよく知っているはずだ」

「そうだな。“1000人殺せば英雄“だなんて言葉はあるが、あれはまやかしだ。どれも殺人者でしかない」

「返す言葉もないな」

「······一昨日に比べ潔い上、随分丸くなったもんだ」

「協会前で眠ってる彼女のお陰だ」

「ほう、その恩返しというわけか」

「仇討ちかもしれんがな」


 探偵は「くっくっくっ」と笑いながら煙草を手にする。そしてそれに火をつけると、


「いいだろう、手を貸してやる」


 見知らぬ誰かの十字架に腰を掛けた。


 ◇




 そして今に至るが、


 ······あの探偵の元を訪れて、本当に良かったと思う。


 思っていたことの確証が取れたこと。彼女に導かれていたこと。彼女が殺されるキッカケを作ったのは、やはり俺だったこと。そして、俺の両親を殺した人間まで判ったのだから。


「日中の通りは人が増すばかり。増え続ける人の群れにどうしようかと思ったが、流石にこの時間は基本、報告会か?」

「······」

「彼女は昨日、同じ時間、悩みを打ち明け終えた俺に『後の仕事がある』と別れる前に言った。灯りも落とし切った協会ですることなど施錠ぐらいなものだ。じゃあ、あと何が仕事として残る? いや、そんなものはない。“神“への報告なら嘘をつく程のことでもないだろうし、以前、俺が協会へ侵入した際、活動日誌なんてものが無いのも知っている。なら、何故彼女は嘘をついた。それは“あること“を頼むため。その内容はもちろん、彼女の預かる孤児が、また見知らぬ子供が、『自分の望まぬ未来を歩かないで済むように出来ないか』と頼むためだろう」


 だから俺は、彼女を殺したのは俺自身だと思った。俺が打ち明けなければ、マリアンヌは行動を起こさなかっただろうから。ただしかし探偵には、


『お前が打ち明けずとも、いずれ彼女はそうなっていただろう。お前みたいな別の奴が現れ、彼女の哀しみが許容を越えた頃に、きっとな。そういう人間じゃないだろ、お前が惚れた女は』


 ――と、言われたが。


「ともあれ、まさかお前が俺の両親を殺しているとは思わなかった。これは僥倖だった。顔も声も忘れたが、それでも両親の仇が取れるのはありがたい。お前もまさか、昔の同業の仲間に見捨てられるとは思わなかったんじゃないのか? ――あぁ、分かる。憎いよな、怒りを覚えるよな。ただ、弱い人間なんてのはそんなもんだ。自分が危うくなると簡単に人を犠牲にだって出来るんだ」

「······」

「しかし、そう考えると全てが繋がった気分だった。俺の【死神】も、ガルバスの【職業】も全て“神“の掌だったってことになるんだからな。何故そんなことしたのかは問いたいが、お前にそんなこと聞いてもしょうがない。差し詰めお前は、その時からあのクソッタレな“神“の意のままにってとこだろうからな。――そうだろう? 違うか? ん? どうした? 何を黙ってる。事実に返す言葉がないか? それとも主が貶され言葉も出ないか? いや、そもそもこの予定外の訪問に困ってるか? ただ腹立たしいだけなのか? おい。聞いてるのか、なぁ。歳のせいで耳でも遠くなったんじゃないか? なぁ、聞こえないのか【神官】ハーウェイル」


 奴は、ずっと平静に黙ってこちらを見ていた。だがようやく、俺の黒いローブの裏を着る、十字架を首から下げる出張った目の毛髪の無い老人は、


「······イルフェースだったな」


 ――と、金一面の『天上の間』の魔方陣の前で口を開くと、初めて俺が説明を受けた時に見た、今では畏怖さえ覚えそうな汚れの無い真っ白な一本の槍を発現させた。そして、


「まずは、口の聞き方を正すことから始めようか」


 その言葉と共に、俺の視界から瞬く間に消えた。

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