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95、白い箱、白い百合

今日は二話更新です。次話は23時過ぎです。

 これが、彼女の人柄なのだろうと思うほどの往来だった。


 昼もまだだと言うのに、協会前からルグニスの大通りには、本来の目的で訪れた者の進入を拒むほど人が溢れていた。皆が皆、そのほとんどが、俺の着る黒のローブかその裏の白地を纏っていた。時折、マルクのように国賓のような礼装の者も居たが、しかし、その顔に浮かぶ哀悼の色は誰も変わらない。


「待て」


 同じ方向へ向かう波に流される――一輪の白い百合を持つ俺を、医者は引き止めた。


「その顔で彼女に会うのは、可哀想だ」


 医者は俺の頬に手を当てると、しばしそのまま。そして、


「ほら、いいぞ」


 気持ち、目の辺りが軽くなっていた。

 協会のガラスを見ると、ここ二ヶ月の濃いクマが消えていた。


「ありがとう。······そういえば、まだあんたに前のことも謝って――」

「もう、そのことはいい。ほら」


 医者はそう言って俺の背中を押し、リリィを預かると、彼女の肩に当てる左手とは逆の手で自分の目頭を一度押さえた。こちらを哀しく見る二人の影は、すぐに人混みに飲まれて見えなくなった。


 彼女の遺体は、協会入口前の空間に置かれていた。

 真っ白な長方形の箱だった。


 その周りには白い百合の花が無数に。改めてこれが、彼女の死を哀しむ人の数なのだと思った。その数ゆえ仕方ないが、少しだけ、踏まれてしまった花が憐れに思えた。


 白と黒の波に流され、その箱の目の前まで来た。


 ······。


 その姿を見るまで一縷の望みを抱いていたが――彼女は居た。


 マリアンヌは箱の中で、重ねた両手を胸に当てて眠っていた。手元に短剣も添えられていた。ベールは被ってなかった。相変わらず綺麗な亜麻色の髪だと思った。肌も白く「眠っているだけ」と言われても違和感ないほどだった。しかしそれが違うというのは、ほんの僅かに開いた口と、生気のない青紫の唇が教えた。


 彼女は死んでいる――と。


 唇を強く噛み締めると共に、目と喉の奥が苦しく締まった。何十人と殺してきたのに、一度経験のある苦しみでもあるのに、このたった一人の聖女の死は、かつてないほどにつらく重い衝撃を胸に与えた。


 ······。


 心にぽっかり穴が空くとは、こんな感じなのかもしれない。哀しみの情念がこれでもかと押し寄せているのに、他のどんな感情も浮かばなければ、ただ、その死を哀しみ、そのまま彼女の側に花を添えるくらいしか出来なかった。


 感情が欠落したようだった。


 二ヶ月。さほど多くも長くもないその期間と回数。

 それなのに、俺は彼女を好きになった。


 ······もう一度、笑うところが見たい。


 余計な一言も、少し意地悪な性格も、それでいて悪いことをちゃんと叱れる彼女の声も姿も全部を見たかった。俺が、彼女の代わりに今日を迎えてしまったから。


 ――と、棺の前で茫然と考えていると、


「イルフェース······だったか?」


 声を掛けてきたのは『天上の間』の管理人――ハーウェイルだった。【職業】を与えられたあの日以来に話す彼は、自分がこの葬儀の管理、責任を担っていることを述べると、優しめの声音で言った。


「気持ちは分かるが、あまり長く哀しまれてはこの長蛇の列が済ませられない。申し訳ないが、あと少し、程々に別れを告げたら後の者に代わってもらえるかね?」


 そんな長く俺は居たのだろうか。そう思ったが、周りを見ると、俺と同じように別の神官に声を掛けられる者ばかりだった。だが、その哀しむ者等は、花を置く直前までに見た顔とはどれも違う――知らない顔。それを見た時、俺は、この者等と同じように長いこと立ち尽くして居たのだろうと思った。


「······はい」


 もう一度だけ、彼女のほうに身体を見せた。

 ひっそりと【透過】を使って、彼女の頬を撫でた。


 冷たく、昨日の彼女とは別の存在に思えた。

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