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93、ゆるしの秘跡

 全てを打ち明けた――。


 二ヶ月と僅かで殺してきた全ての人間や事情。避けようのない状況下で生まれた殺意と自己肯定。それによって生まれた苦悩と葛藤。自分の【職業】が【死神】であることや、それによる制約。そして、その制約のために人を殺して長らえた命が、今日、尽きようとしていることまで――彼女のおかげでそう思い至ったことまで――全てを打ち明けた。


「······」


 マリアンヌは、俺が最後の言葉を言い終えるまで、一切、目を逸らさず言葉も挟まなかった。その時は微笑ではなく真一文字の口だったが、彼女が真剣に話を聞いてくれてるのは、俺の手を包む両手から伝わった。


「だから······【死神】を終わらせようと思ってる······」


 完全に罪を告白し終え、伏し目がちだった目を持ち上げた時――彼女は僅かに表情を緩め、そして黙って頷いた。聞き届けました、というように。


 しばしの沈黙。再び、目を伏せた。


 それからしばらくしてもう一度重い視線を持ち上げた時、彼女は綺麗に反った睫毛が乗る瞼を閉じ――瞑目してから、ゆっくりと、透き通る瞳の双眸を見せていた。そして、その双眸が完全に見えた時、彼女は静かに言葉を紡ぐ。


「······私はかつて、【職業】というのが本当に必要なのかどうか考えたことはありますが、今日ほど『本当は必要がなかった』と心の奥底で思う日はないでしょう。そして、今日以上にそう思うことは、恐らく、二度と······」


 哀しみの強い、綺麗な瞳の色だった。


「あなたに与えられた【職業】は、私の考え得る限りでは、残念ながら“不幸を生み出すだけ“の哀しい【職業】でしかない。短い人生ながら、これまで様々な方の話や苦悩を聞いてきましたが、あなたほど、残酷で――哀しい『過去』と『苦悩』を抱いた方は初めてです。······辛かったでしょうに、よく、勇気を出して告白して下さいました」


 慈悲のある顔で、目礼をする彼女。

 本来、こちらが敬意を示すぐらいだが、彼女はそうした。


 ただ――、


「ですが」


 彼女はそう言って伏せていた目をこちらへ戻すと、やや強い双眸を見せる。


「私は、あなたの犯した“罪“を――その全てを『間違いでなかった』と言うわけではありません。そこだけは、決して勘違いしてはなりません」


 否定ではなく、叱りの眼だった。


「確かに、あなたのあやめてきた方々は、人から幸せを奪って生きる、とても善人とは言えぬ方々ばかり。改心の余地がない者も居たことでしょう。しかしそれでも、あなたは“その者を想う人が居るかもしれない“ことを考えましたか?」


 一言一句に重みを感じた。


「その者に、家族や友人がいるかもしれないことを考えましたか? その者等をあなたが殺したことによって、癒えぬ苦しみを抱え続けなければならないことまで考えましたか? あなたの制約や心境、それらを察するに、私が無茶を言っているのは重々承知です。ただそれでも、どうか奪命に手を染める前にあなたはそれを考えるべきでした。たとえ、【死神】に飲まれつつある、薄い意識の中であったとしても」


 彼女は――俺の“殺しそのもの“は決して否定しなかった。

 あくまで、叱ったのはその内面。


「“罪“の被害者と加害者、どちらの苦しみも知っているあなたなら、それに気付く機会は間違いなくありました。だから、あなたに“揺るぎない過ち“があるとするならば、その事を考えず行動を続けてしまったことです。その事を深く反省し、命を奪ったことを悔い改め、たとえ今日お亡くなりになるとしても、胸に深く刻み込んで、忘れてはなりません。あなたと死者が、たとえどんな存在になろうとも“人“であり続けるために」


 ······そうか。


 俺は、ガルバスとリズの死から目を背けていた。


 一時は向き合ったものの、リズの手紙をしまったあの日から、俺は、俺自身が【死神】に染まろうとしていた。俺はあの時、過去と決別したつもりでいたが、あれは単なる甘えだった。本当に忘れてはいけないことなら、いつまでも苦しみ、死者が生きた証を慈しまなければならなかった。


 その死が、無駄にならないように――。


 それを心の内で見つめ直してから返事をした。


「······あぁ、もう忘れない」


 マリアンヌは言葉の真偽を確かめるように、じっとこちらを見据えていた。どこまでも透き通る綺麗な瞳だと、改めて思ってしまうほどの僅かな時間だった。そして彼女は、


「その言葉を信じましょう」


 噛み締めるようにゆっくり瞬きをしながら頷いた。そして、もう一度しっかりこちらを直視。


「私はあなたの罪を許します。たとえ、世界中の誰もがあなたの罪を許さないとしても、私は、あなたの罪を許しましょう。今日こうして罪の重さに耐え兼ね、己の罪を告白し、犯した過ちを悔い改めたわけですから。だから、私はあなたを許します。そして信じましょう。あなたが二度と“過ち“を起こすことはないと、運命に祈るように。だから――」


 そして、包む手に優しく力を込める彼女は、


「絶対ですよ?」


 ――と、肩の力を抜いたように微笑んだ。

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