84、蜉蝣(かげろう)
穢れに満ちた手で、草を――命を吸い込んだであろうその地を抉るように強く握り、葛藤の淵から奴のほうを見た。羽根の付いた砂時計が、あと少しで役目を終えようとしていた。迷う時間は無いというように。
何故······俺に選ばせる······。
“それ“はもう、限りなく確信の側にいた。
不自然の点と点は繋がり、線となっていた。
しかし――、
頭の中を乱す情動の渦は、まだ収まっていなかった。
それが『後は口にするだけ』を強く遠ざけた。
明日を望む意味はなんだ。そうしたところでどうする。それらを自問する度『偽りの亡霊』が、えづきそうになる塗炭の苦しみをひどく掘り返した。「自分勝手」「お前も同じなんだよ」――などと冷酷に強く誹りながら。
分かってる······分かってる······。
謝罪のような気持ちで、何度も心で唱えた。
許して······くれ······。
俺は醜くも、延命の糸が垂らされた瞬間、無意識にそれを掴もうとしていた。手を伸ばしていた。こいつ等を殺した罪も忘れ、生きようとしていた。生きる意味も考えず、ただ、身体の動くがままに明日を拾おうとしていた。人としてではなく、生物として。
俺は――欺瞞の塊だった。
綺麗事を被る獣だった。
俺はずっと······目を背けてきた······。
醜く、気味が悪く、卑しく、どこまでも軽蔑されるべき存在だと思った。双子の時のように、『心を殺せない』ことがこれほど胸を締め付けるのだとようやく思い知った。人は――取り返しのつかない過ちには『苦しみを背負う生き物』なのだと初めて知った。
頼む······残りの命で、全てを背負うから······。
それも建前だと分かっていた。
目を逸らしたいが為に放った嘘だと分かっていた。
だから······だから············。
「祈りの時間は終わりだ。これで、晴れてお前は元通りの――」
「答えろ······」
俺は、親を失くした日から独りだった。
「――? 手短に聞こう。答えられて二、三言だ」
俺は、群れてはいけない存在だった。
「お前は······」
俺は、大事な仲間さえ殺す人間だった。
「どうして、先に、協会前で俺と会った?」
「――っ!?」
俺は、穢く、力に溺れる人間だった。
「ガルバスを殺した証拠······完全な証拠なんて······」
俺は、罪を背負う宿命だった。
「ないんだろう? 最初から」
俺は、人を不幸にする命だった。
「どうなんだ······?」
俺は、誰も傷付けない為に最初から――、
「答えろ······」
独りで居なきゃならなかった。
「答えろっ!!」
その瞬間――砂時計にヒビが入った。
「············ちっ」
それは、瞬く間に砂時計全てへ広がると、パリンッ、と、光の割れるような音を立てて、砂時計を“青い蛍“へと変えた。蛍はしばらく空を泳いで、そして消えた。
············。
推理が終わっても、喜びなんてこれぽっちも沸かなかった。胸に残ったのは、二度と消えないであろう、重すぎるほどの懺悔の念だけだった。




