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82、呪いと亡霊

「無さそうだな。続けさせてもらおう」


 “記憶の人間等“を操る男は、二本目の煙草に手を出していた。


「さて、その間のお前のアリバイは無いわけだが、もう少しだけ時間を絞ろう。その足掛かりとなるのが、さっき少し触れた、ガルバスと同じ日、同じ現場で死んでいた“鎖鎌の男“だ」


 あの森で最初に出会い『もし瀕死で生きていたら、殺そうとした男』のことだろう。


「彼は、23時頃『初心者の森はどちらか?』と隣人に尋ねていた。どうしてその時間に? と、思うかもしれないが『シャイな性格で【職業】を扱う練習を見られたくないからだろう』と彼を知る者は、誰もが同じ見解を述べた。ともあれ、彼はそれから森へ向かった。ルグニスからこの森の入口まで歩いて20分。仮に順当に歩いたとして、この現場に辿り着くのは23時30分。そうして彼は、この場所を見つけてすぐに殺された。到着時間に多少の差異はあれど、到着後すぐに殺されたことは、死体を運んだ衛兵が回収した――片面だけ僅かに土の付いた鎖鎌から間違いないと窺える」


 確かに、俺が鎖鎌の武器を調べた時、片面だけ、一度踏まれたのか僅かに土が付いていた。月明かりの夜だったが、あの日の満月は、刃の表面の塵までくっきりと映すほどのまばゆさだったためそこは間違いないだろう。


 この辺の裏取りまで磐石ばんじゃくか······。


 直前の“錯覚“から、鬱屈さが心をジワリジワリと侵食しつつあるのを感じながらそんな事を思った。すると、


「その様子だと、鎖鎌の男については知ってるようだな」

「面識はないが、そりゃあ知って············っ!?」

「クックックッ。そうか、知ってるか」


 あぁ、くそっ······。


 直前の“あいつ等“の名が並び、鬱屈とした気持ちに引きずられ注意が散漫になっていた。そしてミスを犯した。『知ってる』と答える“くだらないミス“を。


 なにをやってる······。


 そもそも死体を発見――運ばれた日に『現場に居なかった』と証明されたばかりの俺が、鎖鎌の男を知らなくても何ら不思議ではないのに。


「まぁ、安心しろ。その日落ちていた鎖鎌――その『鎖』がガルバスの剣や鎧のように断ち斬られていた事から、ガルバスを殺した人物がそこに居たことは証明されている。つまり、お前がそこに居たことは後々、自然と繋がる」


 それでも、むしろここは「知らない」と言うべきだった。そうすれば時間が絞られることはおろか、これからの推理が不確かなものになった可能性はあるのだから。


 ······集中しろ、集中を。


 思いのほか『決別したはずの繋がり』は、俺を深く動揺させていた。そして男は、俺のそんな動揺が収まる前に、無視するように煙を吐いてから「さて」と話を戻す。


「そうしたことから、鎖鎌の男はすぐ殺されたと分かるわけだが······しかし、こいつを殺したのはお前じゃない。じゃあ誰か? それは勿論一人しかいない。そう、ガルバスだ。この舞台のもう一人の主役――ガルバスが殺したという証拠は、奴の大剣――その切っ先に付いていた血痕と傷の深さが概ね一致していたことから間違いないだろう。また“ガルバスを殺した犯人“と同一でないのは、同じ一太刀ではあるものの、傷口の荒さ、大きさ、幅、その点を照らし合わせると明白だ。第三者による線も、その点から考えにくいと言える」


 俺もその傷口は見ている。そして、あの重い鉄塊も。


 あの幅広の武器が【職業適正】のない者が片手で振り回すのが不可能なことまで知っている――特に俺には、偶然にもあの時間、あの場所に、同じ剣を『持てる者』が、同じ殺意を持って現れることなどあり得ないだろうと思った。仮に現れたとしても、恐らく死体はもう一つ増えてるだろう、とも。


 ガルバスが――あの時のアイツが、一度対峙した人間を逃がすとは思えなかった。あの時、出会ったのが俺じゃなくても、恐らくそいつは同じ目に遭っていたことだろう。ただ、


 俺は、少し運が良かっただけ······。


 そんな安堵と、あの時死んでいたほうが楽だったのではないかという何度も繰り返してきた憂いの中で、いま俺の目の前にいる男の推理は『作り上げた真実』というより、その日を俯瞰して再現する程によく出来ていると思った。


 しかし、それでも······、


 一つだけ気になることが見つかった。


 それは、あの夜ガルバスが自分で『20人は殺した』と言っていたこと。この事実だけは、グレイナも“他の二人“も知らない事実。もしかしたらこの男はこの事実に辿り着き、調べているかもしれないが、その数から、全てを把握し切れているとは到底思えなかった。


「一つ聞いていいか?」

「なんだ?」


 つまりそれは、その内の“誰かの血“である可能性が()()()ことを意味していた。20人も月明かりの夜に殺されているのだから、一人ぐらい、獣や魔物に処理された者が居ても不思議ではない――そんな虚偽が可能だということを。


「それは、本当にその男の血だったのか?」

「······何が言いたい?」


 間違っても「ガルバスが20殺してた内の一人じゃないか?」などとは絶対に言うわけにはいかない。それを知っているのは間違いなく、俺か“その事件を追ってる者“しかいないのだから。


 そして俺は、奴から仲間を追放された身。俺でなくとも······だが、恐らく、もし追放された事を激怒し復讐するなら、あの協会で『秘密』をぶちまけるのが自然だろう。だが、俺はそうしなかった。ならば、何故そうしなかったのか? そう問われれば『後で知った』ということに必然となる。それはいつか? 協会を後にして、深夜、俺が倒れるまでの間しかない。そうすれば、その夜ガルバスに会った事が決定的となる。そしたら、後は殺した証拠だけだ。だが、凶器それもコイツを殺そうとした時、既に見られている。そこまで行ったら、もはや打つ手はないだろう。


 だから、ここで決めなくちゃいけない······。


 これは全く関係ない事柄に思えるが、俺の『殺害時間を絞る』推理だった。もし、これが通ったのなら、奴の推理が覆ったことになるだろう。


 そしたら······俺の勝ちだ······。


 勝利への道筋を見出だす中で、自分の心労が思った以上に祟っているのを感じていた。これ以上それが積もる前に決めなくちゃならないと思っていた。自分が追い詰められていく事が、こんなにも精神的にくるのだと、初めて重く――肺腑はいふを抉られるほどに強く感じた。あの山賊を殺した夜のような、忘れたはずの――乗り越えたはずの鬱々とした想いが、閉じた箱の中から漏れ出し、騒いでいるような気さえし始めていた。


 俺は、“あいつ“に救われるのか······?


 そんな不服な想いと共に、再び、手にベトリとした生温なまぬるい感覚が地の底から戻ってきた。そこで、


「ガルバスが、他の人間を殺していた線は······。もしかしたら人間以外にも······獣、魔物、何でも、それ等の血が残っていた可能性は、十二分にあるだろう?」


 渇いた唇を、なんとか震わせた。


 訥々(とつとつ)とした反論になった。

 どちらかと言えば、不安に塗れた反論だった。


 自分でも、もう一呼吸置くべきだと瞬時に思った。どうして、こんな簡単なことが上手く言えない――そう強く悔恨した。“虚言を語る“と姿から吐露しているようなものだった。事実、誰がどう見てもそう捉えられた事だろう。だが、


 しかし、それでも――、


 煙草を咥えたままそこに手を当てる男は、僅かながらも、明らかに目を見張った表情で固まっていた。信じられないことを、耳にしたかのように。


 やはり、欠点だと思えた。


 徐々に安堵が込み上げた。

 全てに解放され、喜びを覚えそうな程の安堵だった。


 だがしかし――、


「クックックッ······」


 それも一瞬だった。


「クックックックックッ···········クックックッ······」


 奴は俯きながら、静かに、今まで以上に長く、肩で笑っていた。足元から込み上げるような安堵を感じる中、俺が“これは反駁はんばくのしようがないのだろう“と改めて思った瞬間だった。


 何か、ミスをしたか······?


 真っ先に浮かんだのはそれだった。浮かぶ安堵が中途から沈み始めていた。その中で発言を振り返るも、俺がガルバスと会った事実まではどう考えても口にしてはいなかった。そして、


 致命的なことは、何も······。


 そう思った刹那だった。


「お前は、そんなことも知らないのか?」


 徐に顔を上げながら、男は静かにそう言った。

 さざめく森に掻き消されない、通る声だった。


 そして――、


 侮蔑するようにそう言った男は、その意味を口にした。


「発現した武器は一度消せば、次、使用する時“元通り綺麗に“なるんだ」

「――っ!?」


 元通り······綺麗になる······?


「例えば、協会の神官――ハーウェイルなんかが分かりやすい例だ。あの男は天上の間から出てきた者に、見本として一度槍を見せるはずだ。だが、お前はあの槍に血が付いているのを見たか? 見てないだろう。 異教徒を追い払う――殺すために何十年も槍を振るってるというのに、それはおかしいと全く思わなかったのか?」


 遠く、薄くなりつつある記憶が自然と少しずつ蘇り、それは確かに、素朴だがまっさらな聖なる槍だった――という事実を思い出させた。


 んな······ばかな······。


 事実と受け入れるしかなかった。


 どうしてそうなったのかすぐに理由を辿った。そして、原因もすぐに分かった。俺の【死神の鎌】は『全てを終わらせる』――()()()()()()()()武器だった。


 ガルバスを殺した夜から分かっていた事だった。三日月の刃が、アイツの血に塗れた時から分かっていた事だった。


 俺の武器は、()()()()()()ことを失念していた。


 そのため、俺は、殺した血が武器に残るものだと勘違いしていた。


「クックックッ、分かったか? お前は、良い反論を放ったつもりのようだが、力に溺れすぎたな。そんなのは俺が考えて反駁はんばくするまでもない」


 くっ······! 


 奴が目を見張って固まっていたのは、常識を知らない俺に言葉が出なかったのだと、屈辱と共に思った。


 そして――、


 煙を吐いて煙草を地へ投げ捨てる奴は、安堵から落とされ屈辱の底のいる俺に、追い打ちを掛けるような信じられないことを口にした。


「ついでに【職業】と【武器】についても、知らないことがあるんじゃないのか? 例えば······『制約』だとか『呪い』だとか」

「呪い······?」


 “制約“はすぐにピンと来た。

 しかし、もう一方は全く心当たりがなかった。


「呪いを知らないか。まぁ、俺がそう呼んでるだけだから仕方ない。――が、ともあれ、呪いってのは正しくは“性格の歪曲“だ。そんな馬鹿げたことがあるのかと思うかもしれないが······しかし、それは確かに実在していてな、【職業】の中にも当たりハズレがあるのさ。攻撃的になるものもあれば、全く喋らなくなるものや穏やかになるものまである。当然、“性格“が変わらない【職業】だってある。······で、これは、後々話すつもりのことだったんだが――」


 待て······。


 途端に、直感が、この先を聞いてはいけないと警鐘を鳴らした。それはゲームに対するものではなく、俺そのものに関わるものだと警告していた。


 お前は、何を言おうとしてる······?


 だが当然、奴にそんな鐘が見えもしなければ、音も聞こえはしなかった。そして奴は、顎を引いた、嘘を感じさせない鋭い眼光で真っ直ぐこちらを見て――言った。


「ガルバスは、その『呪い』と『制約』に囚われた一人だ」

「――っ!?」


 あいつ、が······?


「奴の【職業】は狂戦士。身体能力は上がりやすいが、戦闘を好む性格になる【職業】だ。しかも、1日1Lv上げないと、次のLvが上がりにくくなる呪い付き。呪いのせいで仲間についていくのがやっとになってしまったガルバスが森を徘徊していた理由は――間違いなく“それ“だ」


 鈍い衝撃が――身体を貫いた。あの夜、ガルバスに叩き飛ばされた時とは比べ物にならないほどの重い衝撃だった。


 そんな······ふざけたことが······。


 それが事実だとしたら、俺のしたことはどうなる?

 あの夜の出来事はなんだった?


 胸を掻き乱したくなるほど激しい情動が、激しくなる動悸と共に浮かんでは、それが『真実』であることを拒むように息を乱した。


 いや、ち、ちがう······。

 俺は、ただ······殺しに来たあいつを······。


 だが、頭の中では、記憶が自分の意思と反してフラッシュバックする。そして、俺の記憶はしっかりそれを覚えていた。ブルーのスクリーンに映る、ガルバスの持っていた――大剣のステータス画面を。



 ◇


 武器【狂戦士の剣】:岩をも砕く大剣


 オート発動スキル【屈強】:身体能力を底上げする。レベルによって効果が上昇。※職業【戦士・剣士・狂戦士】でないため使用不可。


 ◇



 急な、虚脱感に見舞われた。

 世界が、ぐるりと回るような眩暈がした。


 なんだ······それ······。


 また一つ明らかになった『真実』が、いよいよ“仲間達“を次々と形のある亡霊にし、目も耳を塞ぎたくなる俺の前で、冷たく責め立てるような姿をさせていた。

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