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81、地図

 そういえば、国への出入り口が四つあるダグニス――そこで会った双子の姉(名前は確かナラだったか······)もそうだった。あの女は印を付けるスタンプを生み出すタイプ。果たしてそういった武器は複数生み出せるのか、破壊しても再生されるのか、それとも今回の場合、本物に非常に酷似した物を用意したのか定かではないが、いずれにせよ“そのどれか“だろうと思うと、奴がここまで――手帳を落とした時点から俺を誘い込んでいたのだと知り、強く歯噛みしたくなる想いだった。


 リリィに拾わせたのさえ、わざとか······。


 だがしかし、いま俺に与えられた時間は刻一刻と減っている。そんなことに後悔するのは惜しいと思った。


「いや、そんなのはもういいだろう。とっとと進めてくれ」

「クックックッ······。敵とはいえ主要は押さえている。敬服するな」


 男は手帳に目を戻す。そして、不気味なまで静かにページを捲りながら、


「まず、俺は『死神』の噂が立ち始めた頃からお前を探し始めたとだけは言っておこう。『どうしてルグニスが?』と思うかもしれないが、死刑囚の不審な死、ルグニスを中心に周辺国で起こる悪人の死を地図と照らし合わせれば、そこが“死神“の拠点だというのはすぐに分かった」

「かといって、それだけで俺に繋げたわけじゃないだろう? 短絡的過ぎる」

「そうだな。だから俺は“いつその噂が立ったか“、その頃に“周辺国で起きた大きな事件“が何だったのかを振り返ってみた。そしたら、ここ二ヶ月辺りで起きたのはたった一件。『ダグニスの王殺害』だけだった。――あぁ、これだ」


 ページを捲っていた手を止める男。それに目を通しながら、


「思えば、あれほど不審な死は他にはない。怪訝に思った俺は、王に近寄るために手を貸してくれてた“ツテ“に、あの日前後の、ルグニスから来た人間のリストを入手してもらった。あの検問で書く紙のことだ」


 紙? あぁ、あれか······。

 確か、名前と出身、入国理由を書くやつだったか······。


「あったな、そんなのも」

「あぁ。その時はまだお前の顔と名前も一致してなかったが、十数人を直接調べる内にお前の姿を見つけ、すぐに怪しいと思ったた。あのローブの話をした男が居るのは偶然か? ってな。それから詳しく調べる内、ダグニスの食堂で話した『ガルバスの死体を運んだ』というお前の発言が嘘だと知った。実際は、お前の友人ノーヴィスと衛兵の一人だったと」


 やはり、あいつの事も知ってるか······。


 しかしともあれ、ノーヴィスから“ガルバスのことに関して“漏れる可能性はあるかもしれないが、あいつは見ず知らずの人間に自分の周辺をすんなり話す性格ではないため、恐らく、その衛兵の繋がりから聞いたのだろうと思った。


 と、ここで――、


「そこで本題へ戻ろう」


 一通り見直したのか、男は手帳をパタリと閉じた。そうして、手元から“青の蛍“を飛ばしてそれを消した男は話を続けようとする。――が、まだ若干の疑問が残る俺は、口を開きかけた奴に「待て」と尋ねた。


「まだ、俺が“死神“だと確信するに至った証拠は聞いてないが?」


 これまで、こいつが俺を“死神“と結び付けるまでの経緯はいくつも挙げられた。しかし、肝心な部分が明らかではなかった。俺()()()()が“死神“という、確固たる繋がりまではこいつは話してなかった。


「少しでも穴を見つけようと必死だな。“死神“の件について今は無意味だと、俺が親切に省いてやったのに」

「だからと言って関係ないとも限らない。判断するのは俺だ」


 “蛍“を完全に飛ばし終えた男は鼻で笑うと、両手をロングコートのポケットに突っ込んだ。


 確かに、このゲーム――“ガルバスの殺害“に直接関係することではないだろう。しかし、もし言わなかった理由がそこにあるのだとしたら、聞かないわけにはいかなかった。······ただ、どう繋がったのか気になったのも、些細にあるが。


「クックックッ······そうか。お前がそう言うなら、手短に話そう。――俺はさっき“親父が世話になった“と言った。ルグニスでお前の顔と名前が一致し、特徴を覚えてから、それをあの防壁の国――ダグニスで、訪れる御者一人一人に“お前のことを知っているか?“と尋ね回った。するとどうだ。偶然にも一人の御者が覚えていた。『ちょうど王が死ぬ前頃に、こけた顔の、黒いローブを着た、痩せ型の、黒髪の若い男を乗せたことがある』とな。夜明け前に一人でそんな客は珍しいから覚えていたそうだ」


 あぁ、そうか······。


 あの日、俺が“死神“であること、それに関することを村長には口止めをしたが、御者のほうには口止めをしていなかった。その時はただ“怪しまれぬように“とだけ、鬱々とした気持ちで一杯だったため、そこまで頭が回っていなかった。


 ······くそっ。


 そして、苦々しくも『なぜ奴が、俺が“死神“だと確信したのか』。それまでに至った経緯いきさつが見えてしまった。


 それを奴は話す。


「奇しくも、その馬車は俺の故郷とダグニスを往来する馬車だった。そして、新たな繋がりを調べるために俺は故郷へ帰ったわけだが、そこで初めて、故郷が山賊に悩まされていたことを知った。軽く後悔した――が、しかしだ。ありがたいことに、それは既に解決していた。しかもそれが解決した日は······偶然にも、お前が訪れた日だ。不思議なものだな。その日、山賊小屋でたまたま火事があったんだ。焼け跡には山賊の遺体が複数。······まぁ、その火事が誰の仕業かは分かっているが······ともあれ、その前に山賊が殺されていたのは分かっている。それは“昨今の噂“からな。そして、広まっている“死神の噂“――その噂を広めた張本人こそが、そこで山賊をしていた一人だ。······ここまで言えば、もう分かるだろう?」


 やはり······。


「つまり、お前はその山賊を見つけたわけか」

「御名答だ。何処に居るか知りたいか?」


 その堂々とした、ハッタリを感じさせぬ言葉に、少しだけ畏怖いふの念を覚えた。


 こいつはたった一人の、何処に居るかも分からぬであろう、素性も大して記録がないであろう“一人の山賊“を見つけた。そんな奴を見つけられたのだから、俺に辿り着くことは容易だったのではないかと、ふと思った。


 俺は、こいつに勝てるのか······?


 そんな、砂漠の一粒を見つけるような作業をたった二ヶ月――それより短い期間で成し遂げたであろう男の推理に、果たして俺が欠陥を見つけられるのか、途端に暗雲が漂った。そんな男が、協会からこの場所まで俺を導くに至った用意周到さを顧みると尚更、その不安は増した。


 しかし、今は······、


「いや、必要ない。それこそ関係ない話だ」


 山賊を見つけられたとしても話は別。奴自身が言っていた、このゲームに“死神の件は関係ない“ということが、勿怪もっけの幸いにも、その不安から“負け“を覚える事を遠ざけてくれた。黒いローブや鎌。下手したら顔までの裏取りが取れていたとしても、“このゲームには“関係ないのだから。


 まだ、俺にも運はあるのだろう······。


 この辺りだけはゲームに救われたと思った。そして、俺が勝った際にはこいつに山賊の居場所を聞き、全員を消せば、いずれ噂は消えるだろうと思うと、敵愾心てきがいしんが戻りつつあった。


 ······あと、どのくらいだ?


 砂時計を見ると、四分の一ほどを消費していた。


 奴の言う通り“無駄な時間“を使ったと思った。墓穴を掘った、と。しかし、勝てば山賊の居場所まで聞け出せる可能性があるのだから、多少の収穫はあった――と前向きに考えた。


「続けてくれ。俺の『死体運び』が嘘だと知ってから、お前が本題へ入ろうとした“さっきの続き“へ」

「クックックッ······認めるんだな、嘘だと」

「隠しても仕方ない。『死体運びの日』に、俺がお前の村へ行ったことは明白なんだ。しかし、それがガルバスを殺した事実とは繋がらない。そうだろう?」


 死神だと認めるようなものだが、いいだろう······。


「······ふっ、そうだな」


 奴も明確な自白は必要ないようだった。顎を引いてこちらを見据え直す男は、静かに「続けよう」と言って、ガルバスの件へ話を戻した。


「そして、そんな紆余曲折うよきょくせつしてから、俺は今日まで様々な証拠集め、アリバイを取ることに時間を費やした。“ガルバスが殺された事件について追っている“と言って、お前の知人や周囲を尋ね、証言を集めたり、当時の状況などについて聞いたりした。そしてその内に、お前が二十歳の誕生日を迎えた日の昼過ぎ、ルグニス協会でガルバスと口論をしていた事を知った」


 誕生日······? グレイナからか······。


 協会での目撃者はもしかしたら何人か居るのかもしれないが、俺の誕生日を知っていて、ガルバス殺害の犯人探しに協力的で、様々な事について話をするであろう人間と言えば、今は“あいつ“しかいなかった。


「口論のキッカケは、お前が二十歳になったら『一緒に依頼をこなしていく』という約束を反故にされ、仲間から外されたから。そして、仲違いするお前とガルバスを止めようとリズという娘が間に入るも、それを無視してお前は協会を後に。それから家に帰ったお前は、夜まで一切外出をしなかった。『夜まで待っても返事も物音もしなかった』というグレイナの証言――正確には不平を漏らしたリズの言葉だが、そこからお前はその時眠っていたと推測できる」


 確かに、俺はその時眠っていた。

 しかしそれよりも、今は一瞬、別のことが頭を過った。


 ······そうか。あいつの手紙にはそんな意味もあったのか。


 誰も言いはしないから初めて知ったが、あの日、リズはまだ、俺とガルバスの仲を修復しようとしていたんだろうと思えた。


 少しだけ寂寥せきりょうを感じた。


「娘――リズが21時頃までそこに居たことは近所の人間、また通りすがりの人間、複数の証言から間違いないと言える。ちなみにガルバスのほうだが、彼は、夜22時までグレイナの家にり、それから『一人にしてくれ。夜風に当たってくる』と外へ出ている。その後、血塗れのお前が道中で倒れている所を発見されるのが、日付が変わって深夜1時。つまり、お前は22時から翌1時の間に外へ出て、ガルバスを殺したと言える。ただ、発見されたその時はお前も瀕死状態であったため、『ガルバス殺害』及び『鎖鎌の男殺害事件』の被害者であることになっている。――が、次はそれに触れよう。しかしその前に······」


 まるで俯瞰しているように、あの日の事実が鮮明になっていく。地図の上に置かれた駒の人物が、欠点なくあの日を再現しているようだった。そしてガルバスにグレイナ、リズ。ノーヴィスはほとんど関わってないものの、次々と並ぶ旧友の名が――その仲間達が、俺の首をじわりじわりと絞めにきているような、そんな錯覚がした。


「ここまでで、何か言いたいことはあるか?」


 鋭い眼光でこちらを睨み付ける奴は、間違いなく俺の息の根を止めに来ていた。俺が“あの日“決別した繋がりを掘り起こして。俺が知らない『真実』と共に――。

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