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79、二度目の森で

 あの女も、40分程度なら拐うことは不可能だろう······。


 別れ際『逆じゃないと、変じゃありません?』と、着ていた白のローブと不適当な顔に関して【聖女】に“余計な一言“をもらったが、なんとかリリィを預けられた俺は、森の中を【透過】と【浮遊】を使って駆けていた。結局、黒のローブで······だが。着替えの最中さなか、仮に拐われたとしても、直接あの女を問いただせばいいだけのことだとも気付き、自分が焦っていることに溜め息を漏らした。


 ともあれ······。


 俺は【聖女】に紙袋と懐中時計を渡していた。実はあの日――寿命を意識し、ガルバスを殺して以来ずっと持っていた懐中時計だが、それを手放し、側に無いことに少し不安を覚えていた。昼にもかかわらずそう覚えたことに、改めて“自分は時間に囚われている“のだと知った。


 あの男が、こっちへ向かって20分は経っているか······?


 時折、空から森を見るが、奴の姿はまだ見当たらなかった。ガルバスの死んだ場所へ向かっているのだろうが、すれ違っていたら元も子もない。知らず知らずのうちに俺を見張っていた男であるため隠れるのも上手いと思い、空からも念入りに眺めていた。しかし、それ等全てを徒労と知るのは――、


 ガルバスを殺した場所で、男の影を見つけた時だった。


 グレーの帽子にグレーのコートを着る男は、ガルバスが死んだであろう草の上でしゃがみ、そこで何かを探るように地に手を伸ばしていた。





 また、この場所に来るとは思わなかった······。


 あの日は月明かりだったが、今は燦々(さんさん)と輝く太陽が、その現場を鮮明に照らしていた。辺りに他の人間が居ないことを確認すると木陰で【透過】を解き、開けたその空間――男の居るその場所へと草を踏み分けて歩いて行った。


「証拠は見つかったか?」


 その声と草の音で、男はすぐにこちらに気付いた。


「どうして、お前がここに居る?」


 男は一瞬目を見張るも、すぐ、鋭い眼光でこちらを見た。何故か、その睨め付けは見覚えがある気がした。


「どうしてだと思う? 何か足りない物はないか?」


 小馬鹿にしたその言葉に、男は警戒を露にした態度でそっと立ち上がる。ロングコート越しからズボン、ロングコート外ポケット、内ポケットへ順に手を当てる。そして、左の内ポケットへ手を伸ばした時、男は一度手を止め「くっ」と顔をしかめた。手帳が無いことに気付いたのだろう。


 コートの内から手を出した男は、顎を引いて静かに尋ねる。


「中は······見たのか?」

「でなきゃ、此所ここへは来ない」

「······ちっ」


 奴にとっては『一番与えてはいけない情報』を『一番の与えてはいけない男』に与えてしまったのだから、その反応も無理はなかった。俺はローブの内から手帳を取り出すと、奴に見せびらかせ、そして凍らせた。その後、ラプスロッドの女の時のよう粉々に。


「これで、あらぬ疑いは掛けられなくなった」


 男の眼光は、より一層険しくなっていた。


「まだ昼間だ。周囲に人が居ないことは確認したが、いつ来てもおかしくない。お前の書いた通り、早いところ決着を付けよう」


 俺が悠々と近付くと、男は数歩、後退あとずさった。


「そうやって、俺も殺すか?」

「そうやって?」


 俺は【浮遊】で飛び掛かれば、すぐという距離まで来て足を止めた。男も足を止めていた。


「手帳のように、だ。それとも、死刑囚のように殺すか?」

「さぁ、どうだろうな。それは俺の気分次第だ」

「ほう······。一国の王や側近、山賊の噂から姑息な奴だと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ」

「なんだ、今度は命乞いにおだてるか?」

「まさか、人殺しを煽てるものか」

「なら、何がしたい?」

「俺だって死ぬのは怖いのさ。だから、少しぐらい祈る時間が欲しいのさ」


 すると、手を軽く広げていた男はゆっくりとロングコートに手を突っ込み、ケッケッケッ、と肩を揺らして笑い始める。


 なんだ? 急に······。


 命の終わりを感じ、気が狂ったのかと思った。だが、この笑いは、何かを企んでいる時の笑いだとすぐに気付いた。しかし――、


 今更、何を企む······?


 後は、鎌を出して斬りかかれば全てが終わった。ここ二ヶ月の経験から自爆のような攻撃を受けても、すぐに俺はスキルを発動出来た。いや、そもそも自爆出来るほどの人間なら、逆に近付いてくるはずではあるが。


 すると、


「証拠は、俺のポケットの中にある」


 男は、出し抜けにそう言った。


 何を意味するのか分からなかった。

 何を言いたいのか分からなかった。


 だが、それは次の言葉で覆った。


「【職業】をもらう場所······確か『天上の間』だったか? 金で覆われた部屋の。あの転移装置は、なかなかに不思議なものだよな」


 天上の間? 転移? ············まさかっ!?


 次の瞬間には鎌を出し、無我夢中で【浮遊】のみで飛び掛かっていた。考えもしなかったが、もし、物を転移させられるスキルがあったとしたら。もし、奴のポケットにある“証拠“を、いま別の何処かへ送り届けているのだとしたら。それだけは一刻も早く止めねばならなかった。


 証拠が何かは知らないが、もし届いてしまえば、俺の“死“に間違いなく繋がり兼ねないと思った。


 背筋の凍るような感覚が、珍しく俺を襲った。

 恐怖というものを久しく思い出した。


 奴は、最初から刺し違える覚悟で来ていた。「死ぬのが怖い」と、奴が祈りの時間を望もうとした時点で疑わなければならなかった。最大の過失だった。完全に俺のミスだ。こいつは迷わず殺すべき人間だった。少しでも興味を持ったのが間違いだった。何故、ここまで俺の手をわずらわせた奴がどんなものかと興味を持った? いや、単純に行き過ぎた力を得た故の怠慢だ。


 しかし、瞬時に浮かんだそれ等の考えも、


「【論理ロジック】」


 男が不敵に笑って、そう唱えた言葉によって全て打ち砕かれた。


 ――っ!? 何が······起きた······?


 次には、【浮遊ふゆう】で浮かんでいたはずの俺は、飛んだ勢いのまま草の上に転がり落ちていた。草や土の香りを強く感じた。


「大層よく斬れる鎌なんだろう。それなら、鉄の塊である大剣も、簡単な斬れそうだ」


 後方から男の声がした。


「どうして、という顔だな」


 男の傍らには、羽根の付いた砂時計が一つ浮いていた。


「悪いな、俺のスキル【論理ロジック】は、一時的に対象の武器と【職業】を剥奪出来るんだ」


 武器と【職業】を剥奪······?


 自分が、草に転がる前の光景が思い出されていく。


 俺は、奴に飛び掛かっていた······。そして奴が笑うと同時、振りかぶっていた鎌を振り下ろした······。だが、振り下ろした瞬間、奴が“それ“を口にした。そして············そうだ、思い出した! 


 あの時、手から柄がすり抜ける感覚。宙から落ちる感覚。突如ガクリと態勢が崩れたその最中で、一瞬、目に入った光景を思い出した。薄笑いの奴の首に刃が触れる直前で、俺の鎌は――、


 “黒い蛍“となって散っていた。


 その時、俺の【武器】と【職業】が剥奪された······?


 その“蛍“は、俺の武器が消える時の証。故に、その“剥奪“以外考えられない。そして【浮遊】の勢いのまま宙から落ちる俺の身体を、奴は半身でかわした。


 そこまで全て思い出せた。

 やっと俺は、奴の言っていることを理解しつつあった。


 そんなふざけたスキル、あってたまるか······!


 だが【透過】さえ出来ない現状が、それを真実だと教える。


 いつかガルバスに吹き飛ばされた時以来に、この地に倒れた俺は自分の足で徐に立ち上がろうとする。すると、奴は「ただ······」と続けた。


「剥奪するのは一時的。今は“保留している“と言うのが妥当だろう。そしてこれから俺は、その剥奪を永遠にするためにお前の“罪“を暴かなきゃならない」

「罪を暴く······?」

「簡単な推理ゲームだ。“ここで起きた殺人事件の犯人は誰か?“ 証拠と動機と共に、それを当てるだけのな」


 俺に関するここでの殺人。

 それは――ガルバスの殺害に関するものしかなかった。


「――っ!?」


 しかしこの瞬間、これまでどうして疑問に思わなかったのか。どうしてそれに気付かなかったのか。どうして奴が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、に衝撃を覚えた。


 ガルバスを殺したあの夜は、何度も周囲に注意をした。

 そしてあの日間違いなく、他に人は居なかった。


 なら、誰がそれを知っている······?


「お前は······何者だ······?」


 ノーヴィスから漏れたことも考えた。だが、あいつが口外するとは思えなかった。あの一件はあいつも共犯。自分自身の首を締めることに繋がることは是が非でも隠すと思えた。


 ならば、どこから······。


 そう思っていると――、


「クックックッ······。まだ分からないのか?」


 奴はポケットから左手を出し、帽子をくいっと下げた。

 すると同時、奴の帽子とコートの色が変わり始める。


 ――っ!? まさかっ······!?


 その色には、よく見覚えがあった。たった二度だが、至近距離で見たこの色合いはよく覚えていた。裕福とは言えない、“あの国“に溶け込むような煤けた土の色。


 あの時の······っ!


 思わずひどく奥歯を噛み締め、顔をしかめた。


「ダグニスと村に関しては、俺の親父が世話になった」


 目の前には、かつて王を殺しに行った際、あの薄暗い食堂で俺の左隣に居た、柴色ふしいろの衣装に身を包む、俺のローブの血を追及した、あの――髭のない褐色肌の、鋭い眼光で含み笑いをした男の姿があった。


「さぁ、決着を付けようか。イルフェース」

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