75、日溜まりの庭
相変わらず、ここは患者が居るのか怪しいほどに静かだった。
「はぁ······。だからって普通、ここに連れてくるか?」
「どうせ部屋もベッドも空いてるだろ?」
もう一度、無精髭でストライプのパジャマを着た医者から溜め息が漏れる。少し離れた庭で、リリィは看護師に遊んでもらっていた。
「俺がそんな善人に見えるか?」
「知る限りじゃ中々に」
「買い被りすぎだ」
一昨日ラプスロッドに行ったことは伏せ、リリィは母親を亡くし、路頭に迷っていた所を拾ったと伝えた。拾った場所は“その辺の道中“と確認のしようがない場所にして。
彼は「はぁ······。んな猫みたいに拾ってくんなよ······」と窓向こうの庭に目を向けていた。
「他に頼れそうな人間が居ないんだ。あの娘の生活費はこっちでなんとかするから、どうにか出来ないか? ただ、あの娘が独りにならないよう置いてくれるだけでいい。俺は【職業】を手にしてから家に居ないことが多いんだ。――どうか、頼む」
こんなこと、自分でもらしくないのは分かってる。普段なら、あの場であの娘を突き放していたはずだ。実際、この二ヶ月の間に見捨てた親子も幾つかあった。心は痛まなかった。ただ、それでもあの娘――リリィを拾ってしまったのは、やはり“影“を重ねてしまったからだろう。
「んな、頭下げられてもなぁ······」
せめて、こういう命は正しく終わりを迎えてほしい――と。
そして昨日あれこれと考えた結果、この医者に預けるのが一番無事に――仮に『俺が寿命を続けられなかった』としても、彼女のその後を任せられる気がしていた。リズの事を影で進めてくれた人間だからだ。······無論、あの【聖女】にも御礼の気持ちや“適任だろう“という想いが少しも無かったわけじゃない。だが、やはり、ラプスロッドで見た一件は選択肢から省くのには充分な理由だった。
「はぁ······ったく、しょうがねぇ。どうせ看護師等も退屈な時が多い。病気とか移る可能性があるからあまり薦めたくはねぇけど、俺が居るからすぐ治るだろ。置いておくだけだぞ?」
ボサボサの頭を掻いてそう言った彼に、俺は「ありがとう。恩に切る」ともう一度頭を下げた。
これで、俺がもし明日死んだとしても大丈夫だろう······。後はあの母親だが······流石に“アレ“も一緒にという訳にはいかないか······。会いたい時だけ家に来させるか······。
これから此処に住ませようとしている事をまだ知らぬ彼女は看護師と並んで座り、興味深そうに花壇の中を覗いていた。




