74、リリィ
「パン、食べてもいい······?」
「好きにしろ。昨日もそう言ったはずだ」
娘を連れてきた昼から一日が経ち、次の朝を迎えていた。
あの昼に寝てから一度夕方に目は覚めたが、その時、娘はテーブルへ乗せた腕に右頬を付けてジッとしていた。最初は、自分の運命を呪ってでもいるのかと思ったがそうじゃなく、単純に空腹を我慢していたよう。家にある最低限の食料――パンとジャガイモのポタージュを与えると、質素なそれだけであるにもかかわらず、彼女は頬張るようにそれらを食べた。
娘の名前は『リリィ』というらしい。
歳は九つで、父親は他に女を作って逃げたそう。
彼女の青い瞳と、白のように明るい金色の髪は母譲りのもので、離れの風呂に入らせて汚れを落とせば綺麗に映えた。ふわりとしたショートの髪は年相応の陽気さがあった。顔が憂いてなければ、その辺の少女と何も変わらないだろう。
ただ······その憂いが、簡単に抜けないとは思うが。
彼女――リリィが空腹であった事は、その腹の虫が鳴ったことで判明した。それまで······いや、それでも彼女は黙って座っていた。俺も腹は減っていたため簡単な食事を作り、それをテーブルで食べながら、どうして言わなかったのか理由を問えば「おかあさんが無理をしてくれるから」だそう。路上のゴミを漁っては生き延びるような貧しい生活だったらしく、それを口にしてはいけないと、母を見ている内に思ったらしい。
皮肉なことに母親の【職業】は【分別家】で、まだ食べられる物を見極められたそうだ。そして、闇に紛れて生活をしている内に拐われてしまったのだとか。蛇足だが、そんな生活でも、不条理に叱られたり叩かれたりした事は一度もないそう(「優しいおかあさん」と涙声で言っていた)。
ともあれ、俺はこの娘を連れては来たが買ったつもりは全くなかった。そのため「腹が減ったら、この家の食べ物は好きにしろ」と言ったのだが······どうやら遠慮も簡単には抜けないらしい。お互い会って一日余りなのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが、子供がこういうものだったかと疑わしく思うほどだった。
そうして、その結果が最初の会話だ。
「今日は少し付き合え。家には元々俺の分の食料しかないし、お前の替えの服だって当然あるはずもない。それに、ここじゃない場所を探す約束だ。多少、部屋の空いた場所に心当たりはある」
かといって、そんな子育ての真似事をするつもりはないのだが。
「安心しろ。お前がそこで住む準備が出来るまでは面倒を見てやる。引っ越してからも、多少ならな」
······そう、多少だ。
俺に、この娘の明日の面倒さえ見てやれる保証など、本来、何処にもないのだから。




